第3話 出会いの前触れ

 曲が終わりを告げた時、体育館は拍手喝采に包まれた。

 その場にいる生徒達は皆、顔を上気させて、舞台上の3人に惜しげもない賞賛を送る。それとは反対に、顔をいらつきに染め、表情を般若のようにしている男がいた。体育教師風情の男である。

 ライブを辞めさせようと、目出し帽の生徒たちと押し合いしていた男は、彼らを止めるのは自分だけの実力だけでは無理だと悟ったのか、諦めて、舞台で好き勝手している彼らに背を向けていた。そして、男は考えていた。奴らの演奏をやめさせるには、あとは奴らが諦めてもらうしか手はないと。ならば、観客を退場させれば奴らも白けて、物言わず抵抗もせずに撤退するのではないか。男はそうひらめいたらしい。

 男は、教師達に耳打ちをする。そのうち数人の教師は体育館を出ていく。その後、男は演奏に聴き惚れて無我夢中でジャンプしていたある生徒に近付く。

 その生徒、今は、歌い手以外に持っていないマイクを、自分が持っていることに優越感やら責任感を抱いているのか、やたらと熱っぽい口調で皆の声を代弁しようかごとく「素晴らしい、ブラボー」とわめき散らしていた。司会進行役を務めた生徒会役員であった。

 男は彼からマイクを奪い取る。

 そして、僕達新入生を前に、ライオットシールドの前では何にも出来なかった大きな身体を誇示して、周りの喧騒に負けじとマイクを使って大声を張り上げた。それと同じくして、外から、さきほど消えた教師たちに混じって、会が始まった当初はいなかった教師陣たちがぞろぞろ集まってきていた。

「お前ら、解散だ!今すぐ自分達の教室に戻れ!居残ろうなど考えるなよ。入学早々、我々に目をつけられたくはなかろうが!」

 盛り上がっていた新入生たちだったが、男の言うとおり、さすがに入学して日も立ってないのに、反抗して悪目立ちするのには気が引けた模様である。

 皆、その場を後にするため重たい足を動かし始める。不承不承の体で文句を言い合いながらも、ずっと会を見守っていた担任に誘導され、教室に収まるはこびとなった。新入生たちが教師に従い、体育館を後にしていくのを認めた演奏者たちは、これ以上のライブは蛇足だと思ったのか、目出し帽の生徒たちと目配せして撤収を開始した。それを見て、体育教師風情の男は舞台裏に逃げた彼らに向けて声をあげる。

「ふん、無駄だ。舞台裏の出入り口にはすべて外から鍵をかけておる。中からじゃ鍵を開け閉め出来はしない。お前らは袋のねずみだ。ここへ正面突破しようにも、我ら教師陣が盾になろう。それを押し倒してまで脱出するなんぞ生徒であるお前らには無理だろう。教師に怪我をさせれば、警察ざたにして、最悪退学処分だ。おとなしく出てこい。」

 けれど、男が想像できたであろう事態にはならなかった。

 なんと彼らは、舞台裏にある階段を上り、体育館の上部にあるキャットウォークに姿を現したかと思うと、そのまま窓を開けて体育館の外に飛び出したのである。そこからはまるで忍者のように、体育館の屋根づたいに逃げていき、屋根と隣接する別の校舎の2階の窓から、その中へと避難したのだ。

 この見事な逃走劇には、体育教師風情の男もびっくりして茫然と、開いた口をふさげないでいた。ざわざわと体育館を出ていた僕達も、その光景に一瞬だまり、すぐにまた拍手喝采となった。新入生歓迎館はそうして、幕を閉じた。

 もちろん、演奏した3人組は顔を出していたので、その日のうちに教師に拘束され、後日、全校生徒の前で謝罪させられていた。それとペナルティーとして、生徒が通常しない雑事を押しつけられたらしい。あとは、お咎めなしだとか。学校側としては、まあ、人にけがをさせたわけでもなし、授業妨害といっても、レクリエーション目的の新入生歓迎会での振る舞いであって、一応バンドも学校の同好会みたいな扱いだし、といった諸々をくんでの判断らしい。それを受けても、なんともゆるい学校である。

 あの日以来、一年生の間で、彼ら3人組は大いに話題となった。友達のいない僕でも、ある程度のうわさが耳に入るほどである。それによれば、彼らは清風高校2年生の先輩で、清風高校の名物バンドらしい。

 ヴォーカルでエレキギターを弾いていた女性が、音町紫弦(おとまちしずる)。

 エレキベースを担当していたのが猪原悟志(いのはらさとし)。

 ドラムを叩いていたのが海原真(かいはらまこと)。

 彼ら「Dead Heats」というバンドは、彼らがこの高校に入学してから間もなく結成されたそう。なんと、結成してから一カ月後には近所の小さな箱で初ライブを成功。その後も精力的にライブを重ねて、現在では県外の箱からも出演のオファーがくるそうだ。一番の魅力は音町紫弦の歌声と、創るオリジナル曲で、校内にはファンが沢山いるらしく、あの日、目出し帽をかぶっていた生徒たちはファンクラブの会員であろうと言われた。

 そう、このバンドで一番目立つのは、なんといっても彼女、音町紫弦である。彼女には嘘か真か、あらゆる伝説が残されている。

 いわく、隣町の暴走族達の抗争を、アコギ一本持って、ラブ&ピースを歌いあげて止めたとか。

 いわく、一か月間、旅に出ると書き残し、行方不明になって校内や近所でさわぎになったことがあった。結果的には、遠い県の警察が彼女を保護したのだが、その時警官が目にしたのは、ギターを弾き語りしながら物乞いをする彼女だった。前に置いたギターケースにはものすごい小銭と札がはいっていたそうで、聞けばそれを各地で行い、得た収入で地元の上手い飯を食べたり、高級旅館やホテルに泊まったりと、リッチな旅行をしていたそうな。

 いわく、髪を真っ赤に染めて通学したさい、教師にとめられ注意を受けた。それだけなら彼女は動じない。予想どおりである。しかし、続いてその教師に「お前、全然似合ってないぞ」と言われたそうな。権力に屈しない彼女であったが、その場でバリカンを使って、教師の制止をものともせず、ウィ~ンと頭をまるめた。バリカンは隣にいたドラムの海原真がもっていたらしい。

 いわく、いわく、いわく…。

 彼女の伝説(ほとんどは奇行)を挙げだせばきりがない。今回の新歓のゲリラライブも伝説の一つとなった。


 Dead Heatsに当てられて、バンド活動に興味を持った僕は、あのライブから数日後、エレキギターを始めた。ドラム、ベースではなくギターを選んだのは、なんにも持っていない僕でも、ギターを通して音町さんに近付けると思ったからで、それが、彼女と仲良くなりたいという思いからか、それとも、彼女のようになりたいという思いからか、それはどっちか分からなかった。そんなの説明できないし、とりあえずこの感情は「尊敬」なのだと思うことにした。

 エレキギターを購入するにあたっては、まず、ちーちゃんにねだった。僕は2人いる母達をそれぞれ、ちーちゃん、さっちゃん、と呼んでいた。

「ともちゃんが物を欲しがるなんて珍しいわね。」

と、ちーちゃんは最初に驚いた。そして「ギターって男の子っぽくない?」と顔に難色を示した。僕はそれだけで、「あーやっぱり無理かあ。買ってもらうのは諦めようかなあ。」と、自分の意思を押しださず引き下がろうとしたのだが、

「今時はガールズバンドってものがはやってて、ギターを弾く女の子も昔よりは結構いるんですって。」

と、まさかのまさか、さっちゃんがフォローをしてくれた。意見や価値観の違いが皆無といっていい2人であったので、これには驚いた。けれども予定調和と言うか、ちーちゃんはさっちゃんが言うなら間違いないという風に納得した。そうして、ギターを買ってもらえることになった。僕はこの世のガールズバンドに感謝した。

 ギターを購入できるとこまでこぎつけたのだが、いざ調べてみると、ギターといえど、その種類はたくさんあり、どれを買えばよいか分からなかった。母達にはどうせ買うならいいやつを買いなさいと言われたが、どれをもってよいのか判断がつかない。ならば音町さんと同じギターが欲しいと思ったが、彼女が何のギターを使っているか分からない。そのときちょうど、彼女がアメリカの「Sex Heads」というパンクバンドの大ファンであると知った。その日、急いで学校から帰宅した僕は、着替えて楽器屋に行った。

 そこは、清風高校の最寄り駅近くの繁華街にある、大きな楽器屋であった。

 店に入ってすぐ、店員をつかまえた僕はSex Headsのギターが欲しい、と言った。

「Sex Headsが好きなのかい?譲ちゃん、若いのに良い趣味してるじゃねか。じゃあ、このサイモンモデルのギターなんておすすめだよ。これは、2枚目のアルバムでサイモンが使用したギターを再現したものだよ。特別にまけてやる。そうすりゃ、値段も譲ちゃんの手が出せねえほどでもないと思うぜ。」

 店員はSex Headsが好きなのか、同好の士を見つけたかのように、嬉々として商品を持ってきてくれた。

 譲ちゃん、なんて呼ばれるのは、私服で外に出れば、よくそういう風に言われるので慣れていた。それよりも、「サイモンって誰?」と、多分Sex Headsのギタリストかなんかとは推測できるが、それを知らなかったことに、恥ずかしい気持ちになった。僕は店員が持つギターを受け取る。

「試奏してみな」

 店員は僕に椅子をすすめ、渡してくれたエレキギターにコードを差し込み、大きなスピーカーみたいなものと繋げた。

 どう、弾けばいいのか分からず店員を見ると、これを使いな、とピックを渡してくれた。僕は、あのライブを、音町さんの演奏姿を脳裏に浮かべて、あの時の彼女のように、思いっきりピックで弦を弾いた。



―――――――鋭いナイフのような和音が僕の身体を突き抜ける

――――――僕の体内にある全てを、その一陣の風は持っていく

―――――空っぽになった体内に宿るのは、押さえることの出来ないマグマ

――――それがどんどん噴き上がる

―――体内にエネルギーが溢れた時、僕の意識は未知の領域へ変動する

――精神も感覚も完全となって僕は解放される

―音速で



 弦の振幅が狭まり、音は余韻を残して消えていく。

 熱が冷めていく。あのライブの時にもった熱とは違った。

 そう、さっきの熱は僕の手で生みだしたものだ。熱量は比べ物にならないけど、それは優しく温かかった。

 その後も、繰り返し弦を弾く。音町さんのようには全く弾けない。手をどう動かせばよいかわからない。もっと、ちがう音を出して、あの熱を感じたかった。僕はもどかしかった。それが伝わったのか、店員は僕に簡単なコードを教えてくれた。指が痛くて、上手く押さえられないけれど、コードを使い分けて弾くと、ぷっつり切れるが断片的なメロディーとなる。コードを3つ覚えれば、それだけで曲が弾けるぜ、と店員は言った。

 僕はギターを購入して、楽器屋を後にした。

 その日から、ただひたすら弾いた。Sex Headsの楽譜を手に入れてはギターパートを暗記するほど練習した。Dead Heatsのライブには全て顔を出し、自主制作CDなども購入して、音町さんのギターを耳コピして弾いた。

 そして、一年の歳月がたった。

 僕はSex HeadsのギターもDead Heatsのギターも全て弾けるようになっていた。



 今日も自室の8畳間で、日課となったギターの練習をこなしていた。

 青春ダイナマイトを弾きながら、久しぶりにあの日のゲリラライブを鮮明に思い出したせいか、大音量で思いっきりこいつを弾きたくなった僕は、ギターを買った、あの大きな楽器屋の練習スタジオに行こうと支度した。

 

 その先で、信じられない出会いがあるとは知らずに。

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