絶望ギター

ツチノコ

第1話 DeadHeats参上!!

 8畳間の部屋に鳴り響くのは、アンプから流れ出る電子音。アンプから垂れたコードを辿れば、そこにはエレキギターがあり、演奏者である僕がいる。フレットに添えた僕の右手の指は、6本の弦を、まるで決められた未来を知っているかごとく、迷いなく、寸分違わず押さえていく。それに合わせてピックを持つ左手も、狂いなく連動して弦を弾く。何度も練習して身体が覚えている。数ある音の羅列は、僕の意思に支配され、バンドDeadHeatsの中でも一番好きな曲、青春ダイナマイトのメロディーとなる。

 DeadHeatsに出会ったのは、今から一年前、高校の新入生歓迎会のときであった。

 入学式から3日後に催されたその会に、僕は新入生として参加していた。体育館で行われたそれは、司会進行を受け持つという生徒会役員を名乗る者のあいさつから始まり、教師たちが高校生活がいかに一生の人生において重要で素晴らしいかを語り、放送部が撮影し編集したという映像が上映された。内容は、高校生活で我々が参加することになる1年間の行事の模様を、ダイジェストにまとめたものであった。体育祭に文化祭、そして卒業式。編集された映像は最近のJPOPにのせて流された。まあ、想像を裏切らない内容であった。最後に、体育館の前方の舞台の幕が上がり、この会の目玉であるという部活紹介が舞台上で行われた。

 それは、我々新入生を自分たちの部活動に迎え入れるため、数多ある部活動の中から看板を背負った先輩たちが、部の繁栄と存続をかけて行う勧誘劇であった。スポーツ部であるならば実際にプレイして見せ、文化部なら作品を発表し、それぞれ私たちはこういう目標をもって、それを実現するためにこういう活動をしているなどと説明した。中にはコントを交え、笑いの要素を取り入れることによってインパクトを出そうと、創意工夫しているところもあって、体育館の気温が、会が始まった時よりも、上がったようにおもえるほど活気に満ちた。観賞していた新入生たちには、どの部活動に入るか真剣に悩んだり、隣通しであの部活動いいねと言い合ったりしている者達が沢山いたが、興味を持たず、ただ虚ろに舞台を眺める輩たちもいた。

 僕もその一人であった。僕には集団の輪に自主的に参加するなんて無理だと思っていた。なぜなら、友達ができないからだ。それには僕の外見と性格が深く起因する。一つ分かりやすい例としていうが、僕と接した者は、皆こう思うのである。

「こいつ、オカマだろ」

と。現に僕は男にしては身長が低く、ガリガリで肌も青白いし、髪なんて肩まであるミディアムという髪型だ。わざわざ美容院で女性の様に見えるようにしてもらっている。肌にも気をつかっており、外に出るときは日焼け止めクリームをぬるし、入浴後は化粧水と乳液でお肌を整えている。にきびなど絶対あってはならない。後、これは絶対知られたくないことだけれど、下着は女性物だし、わきとあそこの毛も剃っている。なぜ、ここまで病的といえるほどに、女性のまねごとなんぞしているのは、ひとえに僕の母親達の教育方針であった。

 僕には母と呼べる人が2人いる。父の前妻、後妻とか、産みの母とは別れて、違う人に新しい母として育ててもらっているとか、そういうことではない。

 実際に過去現在において、産まれてからこれまで2人の女性に育てられたのだ。これにはあまり類をみない背景がある。母親たちは大の男嫌いで、生理的に嫌悪している。理由は2人とも過去に男性とトラブルがあって、それから男が無理になったと聞いているが、詳細は教えてくれない。僕は、どこの馬の骨とも知れない男の冷凍精子から体外受精して産まれた。我が家の家庭内での男性の排除は徹底されており、息子である僕に対しても、女性として生きるように言うのだ。だから、僕は物心つく頃から、自分は女の子なのだと思い生きてきた。母親たちの教育方針に従ったのである。今もそうだ。女の子の服しか買ってくれないから、それを着る。僕が現在持っている男物の服は学校の制服だけである。身体が必要以上に筋肉質にならないように過度なスポーツは控えてきたし、カロリー計算された与えられる食べ物しか口にしなかった。そのかいあってか知らないが、全然男の子らしくない、線の細い華奢な身体になった。

 小さい頃は良かった。まだ、幼年期というのはあまり男女の違いを意識しないので、受け入れてくれる集団があった(特に女の子たちのグループだが)。けれど、小学生の高学年になってくると皆の対応は変わってくる。保険の授業でも性に関して学習するお年頃であるから、皆、性の違いに敏感になってくる。すると、僕みたいな存在はこう思われる。

「こいつは、どっちなんだ?」

僕はからかわれ、学校での居心地がわるくなり、居場所がなくなって孤立した。前までは女子からは可愛いと言われ、ちやほやされていたが、いつしか僕を嫌悪する蔭口になった。そろって皆が口にすることは、

「男のくせに、女みたいにふるまいやがって気持ち悪い」

であった。これを受けて、母親たちも悩んだらしい。しかし、彼女たちが選んだのは僕を女として育てる教育方針の変更ではなかった。いじめのない、個人の自由を尊重してくれる、分別を弁えた頭の良い子供たちが集まりそうな、そんな偏差値の高い私立の中学校へ進学させることであった。僕は、もともと勉強が苦だとは思わない質であったので無事に受験をパスして、彼女たちが選んだ中学校に入学した。確かにそこでは、小学校の時のように僕を露骨に気味悪がる奴はそんなにいなかった。けれど、表に出さないだけで思っていることは同じだと、入学してから、はやい段階で気づいた。だから僕は、自分は変な奴なのだと認めて、他人と関わらないようにしようと心に決めた。そのせいで、時に好奇心旺盛な者が話しかけようとも、僕は自らそれを避けるようになり友達など作れなくなった。結論すると、今の僕の世間体はこうである。

「引っ込み思案で、友達が出来ない、根暗なオカマ野郎」

これには誤解などなにもない。すべて事実である。けれど、一つだけ勘違いしてほしくないのは、別に僕は性同一性障害などではないということだ。性癖は正常で、本物の女の子の身体にはものすごく興味がある。これは中学2年生の時、道端に落ちているポルノ雑誌を見つけた時に身体が反応してからである。それからというもの、僕は自分がおかれている状況を奇異に感じ始めた。僕は別に可愛いものが嫌いという訳ではない。むしろ女の子の服を着るのは好きだし、自分を可愛くすることは楽しいしわくわくする。母親たちも僕が女の子のように振る舞えば、それに違和感がなければないほど安心した。でも、僕は女性ではないのだ。男で、女性を性的に見ているのだ。身体だって、いろんなところから毛が生え出すし、濃くなっていく。いくら線が細いからって、女性よりか身体は大きくなる。僕は、家庭からも社会からも乖離していると感じた。誰ひとり、本当の僕を認めてくれる人はいないのだと。その事実は僕を徹底的に打ちのめした。

 僕が精神的に腐っている間にも、新入生歓迎会は進んでいく。そして、最後の吹奏楽部の演奏もかねた紹介が終わり、舞台の幕が下ろされる。司会進行役も締めのあいさつを口にしており、すぐにも会はお開きになると思われた。

「いやー、吹奏楽部の演奏は素晴らしかったですね。我が校の吹奏楽は他校に比べて人数も多くて、賞を取るぐらいレベルが高いんですよ。かくいう、私も生徒会をしながら吹奏楽部も入っておりまして、先ほどの演奏もトランペットを吹いていたんですけど、みなさん気づいてくれました?けっこうがんばりましたよ。ここでもう一度、吹奏楽部の入部をお待ちしておりますよ。なんて、紹介して図々しいですかね。職権乱用ですかね。あはは。他の部活動の先輩方も素敵なパフォーマンスをしてくれました。新入生のみなさんはどこの部活動に入部するか悩まれると思います。でもね、しっかり悩めばいいと思うんですよ…」

もうちょっとしたら会はお開きになると思われた。その時である。

「悩む必要なんかねえーーー!!!!新入生共、ロックだ!パンクだ!大人になんかなるんじゃねえ!バンドして暴れまわればいいんだーー!!!」

という怒声が体育館をふるわせるほどの勢いで、その場全員の耳にぶち込まれる。マイク越しの音は割れるほどで、耳に嫌なノイズが走る。続けて、そんな僕たちの身体を切り裂くようなエレキギターが鳴り響く。それにベースとドラムの力強い低音とリズムが乗っかり体内の臓器を殴打し撹拌する。一瞬で感覚器官は混乱し、僕たちは為すすべもなく、彼らのグル―ヴに巻き込まれる。一体何者だ?何が起きている?と舞台に視線をやると、降りたはずの幕が上がっていく。吹奏楽部が使用していたドラムやアンプはそのままで、部活紹介で一度も登場しなかった3人組が、舞台を我がもの顔で支配していた。制服を着ているから我が校の生徒で先輩たちだと思われるが、その登場はあまりにも無法で乱暴で、得体がしれなかった。けれど、何か、すごいことを今からやらかしてくれるんじゃないかと、皆同時に思ったはずであった。教師を除いて。

「こらー、お前たち何をさらしとんじゃー!!!今すぐそこから下りんか―!!!」

体格の良い体育教師風情の教師が口をはさんだ。すると舞台袖から、手にライオットシールドなるものを持ち、目出し帽を被った学校の制服姿の者たち(おそらく生徒)が何人も現れて、楽器をかき鳴らす3人組を中心に、誰も邪魔出来ぬようにバリケードを築いた。

ライオットシールドを隙間なく構えるその布陣に、立ち入るのは不可能に思われた。舞台が整ってしまった。そして、ライブが始まる。この日、この瞬間、僕はDeadHeatsというバンド、音町紫弦(おとまちしずる)をこんな狭量な世界で知った。それは僥倖か?それとも…。

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