若い頃に描いた音楽の夢は、今は壁に飾られて永遠の眠りについていた。


「クソったれ上司の尻拭いになんで僕が休日出勤しなくちゃいけないんだ」

「まあまあ。そのクソ上司のケツ蹴っ飛ばせるぐらい偉くなれよ、旦那さま」


 郊外の小さなアパート、その一室に僕は先輩……今はお嫁さんとなった彼女と暮らしていた。


「当然。でもやっぱりあのタバコ吸うだけのハゲが僕の上司なのは納得いかないけどね」


 先輩の作った朝ごはんを出来る限り味わいつつ急いで掻き込み、仕事に備える。

 あれから僕は彼女を幸せにするという目標のために、なんとか就職出来たんだ人材派遣会社のIT部門で必死で働いていた。


 そこに夢は無くとも、人は生きる。


 現実は夢で飯を食わせてはくれないから。


「よし、ごちそうさま!それじゃあ行ってきますよ、先輩」

「もう先輩はやめてくれよ、ボクはお嫁さんだぜ?」


 夢がなくても頑張る理由なんて山ほどあるということに気付くのが、きっと大人になる、分別が付くということなのだろう。

 夢を諦めることではなくて、夢との付き合い方が変わる。きっと、それだけの事。


「行ってらっしゃい、旦那さま」


 手を振る彼女と、飾られたギターに毎朝行ってきますを告げる度に、これまで歩いてきた道を振り返るような、そんな気持ちにさせられる。

 だから、諦めた夢に掛ける言葉はさようならではない。


「行ってきます!」

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青春が終わっても。 暁 夜明 @akatsuki_yoake

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