第4話

4.それでも未来は続いていく


 先輩と夕暮れの街をぶらぶらと歩く。先輩どこかを目指しているようでどこも目指していない歩き方が楽しくなってきたようだ。

「でも、いざ手放してスッキリしたら中身も空っぽになっちゃった感じですね」

 これまで荒んでいた理由を無くしても、急に立ち直れる物でも無いのが人間だ。

「もちろん、中身は用意しているさ!キミだけのための一品物をね!」

 楽しみにしてくれよ?と先輩は嬉しそうに笑う。歩く足に少し弾みが出たように感じた。

 先輩は繋いだ手を大きく振って歩く。先輩は目的地を決めたようで、今度はまっすぐにそこを目指しているらしい。はしゃぐと転びますよ、と言ったが転びそうになったらキミが支えてくれよ、と手を強く握り返されて、どうにも諦めて一緒に手を振って歩いてしまった。



「目的地にとうちゃーく!!」

 そう言って足を止めた此処は、駅から少し外れた住宅街の中にある小さな公園だった。今時の公園らしく遊具も全て撤去され、ただの空き地と何ら変わらない。

「ここが目的地なんですか?」

 さすがに意図がわからず問いかける。景色だって周りの一軒家やアパートばかりのここに何があるんだろうか。

「や、ははは、ぶっちゃけ特に何も無いのは見ての通りなんだけどさ。人混みでする話でも無いかと思ってね」

 ぶっちゃけた後目的地だなんて言ったことが恥ずかしくなったのか、照れ臭そうに先輩は頭を掻いた。

「夢を、マイナスもあっただろうけれどそれでもある意味での生きがいを置いてきてしまったキミに、新しい生きがいをあげようじゃないか」

 にこにこと笑って、こちらを見る。凛とした顔立ちのくせに、笑うとひどく童顔になる彼女の顔はまさしく愛嬌の暴力だった。


 昔は直視しては照れ、不意に触れれば紅潮し、香りがすれば鼻腔がくすぐったく感じたものだが、今となっては慣れとは怖いものだ。好んで中心に立とうとはしなかったが、元々人との距離が極端に近い人なのだ、彼女は。

「はいはい。それで、何ですか?腕はともかくとして、今なら先輩とバンドでも、なんなら野球チーム組むのだって……」

 だから、そんないつもの笑顔に朱みが差した瞬間、僕はほんの少し停止してしまった。

 くるりと一回転した彼女の髪から香る甘い匂いが、止まった僕の鼻先を擽る。


「ボクのために生きてはくれないか?」


「は?」

 声に出してしまった。どういうことだろうか。まるで……。

「あー!そんな顔して女の子の告白をスルーしようとする!怒るぞ!?」

 そう、まるで、いや、まさに告白だった。

「えっ……と、急すぎて何が何だか。告白ですか?」

「おいおい、自分から勢いで告白って言うのはいいけど、冷静に返されると笑えるぐらい照れるな……たはは」

 朱みが頬だけではなく、耳の先まで染めて行く。ゆでダコのようだ、と思ったが、叱られそうなのでイチゴのようだと思い直すことにした。

「まあ、なんだ、そういう事だよ。何かがむしゃらになれるものがあった方がカッコいいじゃないか。だから、ボクのためにたくさん稼いで楽させるって目標はどうだい?」

 先輩は必死に照れて喋り続ける。僕だって恋愛には奥手だったが、長らく人を寄せ付けないでいたせいかその言葉は淡々と受け取っていた。

「ATMになるには稼ぎが少ないもんで。臓物も空っぽなんで楽させる稼ぎはないですよ?」

「キミはやっぱりバカだな、今から必死に勉強してでも金持ち目指そうぜ?」

 くくく、と喉を鳴らし目を細めて笑うのもあどけなさのあるお姉さんといった具合で、とても微笑ましい。

 そんな表情が、一瞬曇る。

「で、だ。その……返事はどうなのか、聞かせてもらってもいいかな」

「僕は……」


「手繋いでて少し緊張したりとかはしても、自分の気持ちっていう愛とか、恋とか、そういうのは未だ、というよりはもう、分かんないかもしれないです。少しばかり、気持ちが鈍ってて」


 多分、これからもっと時間をかけないと僕はそれらをハッキリとは取り戻せないのだろう。

「そうか。そうだな。昔は子犬みたいに後ろついてきてたくせに、今じゃ淡々としたもんだったからな」

 先輩が言う。閉じた目が少し寂しそうに震えているのが分かる。

「それでもね、先輩」

「ん?」

 瞳の内からこぼれない程度の涙が滲んだ眼もとがこちらを真っ直ぐとみる。この人は、きっと沢山の人を幸せに導こうと頑張ったんだろう。それならば、今度は僕の番だ。

「それでも先輩のために、生きてみたいです。きっと、先輩を幸せにすることが出来たら、僕も幸せになれると思うから」


――貴方が幸せであることが、これからの僕の望みであれるように。


「ん、じゃあ、頼んだ。幸せにしてくれよ?」

「はい、先輩」

 差し出された手を取る。もう鼓動は早くならなかったが、何もない公園の真ん中で、何かが確かに胸には宿っていた。


 こうして、付き合い始めた僕たちは今、5度目の春を迎えようとしていた。

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