薄い街へ
安良巻祐介
いつものバス停から、いつもの番号のバスに乗ったはずなのに、なぜかいつもの行き先へは向かわずに、途中から見たこともない山道を走り始めた。
不思議なことに、疑念は沸いても抗議をする気にならず、そのまま席に座ったままぼんやりと車窓を眺めていたら、山道はいつの間にか、紫色に霞んだ抽象画のような街の風景に変わって、バスはそのメイン・ストリートを走っているらしい。
道には、薄い紫の、飴の棒のようなものが一定の間隔ごとに立っていて、微かな、低い音楽のようなものが、そこらに流れている。
そこでまた気づいたのは、バスの駆動音の一切が聞こえなくなっていることで、ブレーキの音も、排気ガスのプシュプシュ言う音も、全くしないのである。車体はただ静かに、滑るように道の上を走っている。
何だ、本当はこんな風に走れるのか。普段、やかましく、また煙たい走り方をしているのは、きっと場所に合わせて仕方なくやっているのだろう。…
そのうち、誰が押すでもないのにポーンと降車チャイムが鳴って、終点の知らせをした。
バスは、記念碑のような、紫の巨大な硝子板の前に停車した。
運転手から降りるようにジェスチュアで伝えられ、言われるがまま降車口へ向かったが、その時に、声が出なくなっていることに気が付いた。
どうやら自分たちも、本来不必要なものをあたかも必要であるかのようにして、今まで生きていたらしい。
服や、鞄や、ペンや、宝石や、身に着けているものの全てが、青と紫の淡色の系統に変わっているのも、その一環であることが、自然と知られた。
窓の外から流れ込んでくる低い音楽に合わせ、踊るように降車ステップを踏んでゆくと、我々はぞろぞろと碑の前に集まった。
私も、僕も、俺も、男も女も、皆、穏やかな顔をしている。
元々は、それぞれ、ばらばらの考え方をしていたはずだが、今はもう、以前からそうだったように、みんな同じ気持ちをして、境界線を感じない。
バスを降りた運転手も、その中に加わって一緒になった後、私たちは碑の前に規則正しく行列した。
あの音楽が、窓の中だけでなく、たくさんの体の中に流れ込んでくる。
それぞれの体が、全く同じ波形で安らかに震え始め、ゆっくりと透き通って、飴のように柔らかく伸びていった。
薄い街へ 安良巻祐介 @aramaki88
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