第13話 俺は青春小説の主人公になりたい
「どうだった? 荒巻さんとのデートは」
月曜日になって、カフェテリア。
カフェラテを飲みながら足を組む金沢は、俺に問いかける。
俺は、きっぱり、はっきり、言った。
「俺さ……頑張ったよ。めちゃくちゃ。できる精一杯を出したね。そう言い切れる」
「あらそう」
あらそう? 相変わらず、冷たいなぁ金沢は。
まあいい。これはあくまで前振り。
「でもやっぱ、まだまだだわ」
「なにが?」
「俺はリア充になりきれない」
事実。
俺はリア充になりきれない!
彼女ができた=リア充になれる、と思ったら大ウソだ。
性格がリア充じゃない奴は、どんな状況でもリア充になれない!
「だってめちゃくちゃ疲れた。楽しかったっていうより、どっと疲れた。疲労困憊。女の子と二人っきりって、こんなに疲れるんだな。それに訳わからんこと言ってた気がする。終始」
「訳わかんないこと言ってるのはいつものことでしょう」
「そうなんだけどさ! なんか、自然に、相手のこと褒められないんだよな……」
「じゃあ、どうするつもり? 別れるの?」
「いや、それはしないけど」
俺は真顔で即答する。
金沢は眉間に皺を寄せた。
「なによ! 面倒ね! 続けるんだったら文句言わないでよ!」
「だって、俺に告白してくれる女子なんてこの先一生現れないかもしれないんだぜ!? 諦めたらそこで試合終了ですよ!」
ここで恋愛に終止符を打てば、俺は永遠に恋愛不適合者だ。
それは嫌だ。ようやく掴んだ幸せの切符を一日で手放すほど、俺は馬鹿じゃない。
「でも、詐欺だったらどうするのよ。その調査のために昨日のデートはあったんだけど、その件に関してはどうなの?」
「あー……それはない気がする」
「なんで?」
楓ちゃんの、真剣な眼差し。
俺の過去を知る、その発言。
「楓ちゃんは、ウソを吐いてないよ。絶対。だから、これ以上は調査しなくていい。心配してくれてありがと」
「……」
俺が感謝を述べるとは思っていなかったのか、金沢はいささか拍子ぬけした表情だった。
「まあ、名城がそう言うんだったら、それでいいけど……あとで騙されたって泣きつかれても知らないわよ?」
「それはないから安心してくれ」
「凄い自信ね。でも……ちょっと困るわ、それは」
「え?」
「……いえ。こっちの話よ」
そう。
詐欺かどうかの問題は解決した。と思う。
問題は、そこじゃない。
問題は楓ちゃんにあるのではなく、俺自身にあるのだ。
「で、だ。金沢。今後についてなんだが……」
「あら。なに?」
こんな女に頼むのは、本当に間違ってる。
でも、この女以外、頼めそうな人がいないんだ。
俺は両手をぱんっと顔の前で合わせて、懇願した。
「俺を、青春系ラノベのイケイケ主人公にしてくれないか!?」
「……は?」
「俺は青春系ライトノベルの主人公が大嫌いだ! 簡単に女と仲良くなる! なんか自然に口説く! そういう奴大っ嫌い! でもそれは、リア充が羨ましいのと嫉妬と憎しみによるせいなんだ! 本当はなれるんだったら俺は今すぐにでも青春系主人公になりたいんだよ! だからさ!」
俺は、楓ちゃんという美少女と、釣り合う人間にはなれないかもしれない。
でも!
「――――俺はせめて、『普通』に恋愛できる男になりたいんだ!」
これが切実な願いだ。
ここで楓ちゃんと恋愛できなかったら、俺は一生恋愛できない人間というレッテルが貼られる。
そんなの、嫌だ!
俺だって、青春したい! したいんだ! 本当は!
「うーん。そうねー……」
「ダメか!? ダメなのか!?」
「そ、そこまで懇願してくれるなら、デートの練習をするくらいなら、してあげてもいいわよ? まぁ、私のお願い聞いてくれたら、だけど」
「お願い?」
嫌なワードが出てきた。
女のお願いほど、嫌なワードはない。
「さあて、なにをしてもらおうかしら……そうだ!」
金沢は思いついたのか、にんまりと嫌な笑みを浮かべて、俺に言った。
「ど・げ・ざ♡ してくれる?」
「…………」
いや、分かってたよ! コイツが嫌な女だってこと! 知ってた! 分かってた!
でも、俺は今のままじゃ、恋愛できない残念な男だし。
せっかく振ってきたチャンスを棒に振るなんて、できないし。
「~~っ。しますよ! はいはいしますよ!」
俺は席を立って、床に正座する。もうこうなったら、なんでもします。
俺は、ゆっくりと土下座をした。
「お願いします。力を貸してください」
すると、金沢が席を立つ音がした。
「よっこいせっと」
ずしっ。土下座する俺の背中の上に、金沢がのっかってくる。重い重い重い!
「お前……本当に性格悪いな……!」
「あら? そんなこと言うなら、名城のこと助けなくていいのかしら?」
「すいませんでした!」
「ふふ。それでよろしい」
金沢は一向にどく気配がない。
あの、金沢がどいてくれないと、土下座の姿勢のまま動けないんですけど!
あー、もういいや。お前がその気なら、もう!
いくらだって土下座してやるよ!
俺は言った。
「ところでさ、なんでお前、掃きだめ委員なんてやってんの?」
「ああ、それはね」
金沢は俺の背中の上で足を組んで、偉そうに言った。
「――――秘密」
「……なんじゃそれっ」
答える気はないってわけね。はいはい、分かりました。
で、もういいだろ?
いい加減、どいてくれません?
俺たちはセカイ不適合者だから、青春系はNGです。 @simizuichigo
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