32.アンコール

 最高のステージだった。確かに昂宗は確信している。

 しかし、不完全燃焼だった。未だに興奮は収まらない。できるならばいつまでも、いな穂とステージに立っていたかった。魂を叫んでいたかった。

 どれだけ願っても、あのステージはもう2度と戻ってこない。すでに次の組のものだ。せめてもの抵抗と思い、昂宗はステージ袖の端に座り込んだのだった。

 いな穂はどう思っているのだろうか。昂宗はこのもどかしさをいな穂と共有したくて、隣を見た。

 さっきまで昂宗だけを捉えていたいな穂の双眼は、キョロキョロと宙を舞っている。気づいてほしくて、昂宗は手を強く握った。それでもいな穂は相変わらず落ち着かないように周りを見回している。

 いな穂が見つめるのは、スタッフたち。次の組の演奏は始まっているはずなのに、依然として慌ただしく走り回っている。いな穂の瞳はどこか期待するような色を帯びていた。

 昂宗は諦めて天井を見上げた。少し高い天井。大きくため息をついてから、立ち上がろうと力を入れた。しかし、上手く力が入らない。なぜだか足が動かなかった。

 そんなことをしていると、演奏しているはずの16時台4組目がステージから引き返してきた。そしてひとりのスタッフがステージの方から何かを叫んだ。瞬間、スタッフたちの視線が、昂宗といな穂に集まった。

 昂宗がいな穂の方をみると、彼女はパアァッと顔を輝かせた。

≪いな穂:ほんとに!?≫

 いな穂は昂宗を見た。そして立ち上がり、昂宗のことも張り上げた。ステージの方に歩いていくいな穂に引きずられるようにして、昂宗も後に続く。

「どういうこと!?」

 スタッフからギターを受け取りながら、昂宗は訊いた。

≪いな穂:アンコールだ!!≫

 いな穂は振り返って言った。

 それを聞いて昂宗は一瞬息をのんでから、ガッツポーズを決めた。いな穂と目が合う。いな穂と昂宗は通じ合った。


「『まだまだ、終わらせてたまるかよ(ないんだから)!!』」

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