エピローグ
また変な夢を見た。
目を開けると、ぼくの耳を塞いでいるMuneがいる。きっとあの時の続きだ。
昂宗は動くことも、話すこともできない。
Muneは一度大きく頷いてから笑い、そっと昂宗の耳から手を離した。
そして一歩下がり、Muneは何かをいった。しかし、聞き取れなかった。
聞き返そうにも声が出ない。もうMuneの姿はなかった。
目を開くと知らない場所だった。強いアルコールの匂いが鼻を刺す。下半身にはずっしりとした重み。誰かのいびきが地鳴りのように響いている。とても眠いが、二度寝を決めこむことは無理そうだ。
ぼくは眉間にしわを寄せながらゆっくりと起き上がる。すると額からなにかが落ちた。額のサイズまで小さく折りたたまれたタオルだった。ぼくの頭を冷やすためのものだったのだろうが、すでに乾ききっている。ボーッとしていると後頭部が少し痛いことに気が付いた。そうだ、大きなたんこぶができたんだった。これは昨日のステージの最後でひっくり返った時にできたものだ。ぼくはアンコール曲をやり切ったあと、軽い貧血で倒れてしまった。興奮しっぱなしで、呼吸も忘れて暴れまわっていればさもありなん。幸い大事には至らず、意識は数秒で戻った。念のためといってスタッフに救護室に連れていかれたが、少し横になればすぐに治った。
昨日は大学祭が終わったあと、大学祭実行委員会の打ち上げに招待された。それから2次会として、いな穂、知大さん、牧野先輩に加えて数人の委員と笹委員長の下宿先に行った。だからきっとここは笹委員長の部屋だ。いまいち断定できないのは、それから先はなにも覚えていないからだ。思い出さない方がいい気もする。
ぼくは、ソファの下に転がっていた新しい紙コップを取り出す。暗闇で見えないが、机の上には何本か2リットルのペットボトルがある。適当に注いで一口飲んだ。水だった。よかった。
喉が潤ったところで、恐る恐る「あ、あー」と声出し確認をする。日頃からちょくちょく話していたおかげで、調子は悪くない。咳払いをしながら何度か繰り返しているうちに思い出してきた。ぼくはこんな声だった。
今は何時だろうと思ってポケットを探るが、スマホは入っていなかった。遮光カーテンの隙間からほんのり明かりが漏れている。下半身が重く立ち上がれないので、座ったまま手を伸ばしてカーテンを開ける。見えたのはうすぼんやりとした空の色。だいたい6時頃だと当たりを付けた。
差し込んだ微かな光で室内を見渡す。床にはそこら中にビールやチューハイの缶が転がっている。どうりで酒臭いわけだ。
昂宗はソファの上で寝ていた。すぐ前の机の下で知大さんと牧野先輩が倒れこんで寝ている。その他にもいくつかの人影が見える。
そして昂宗の下半身が重い理由はいな穂だった。昂宗の太ももを枕にして寝ていた。昂宗の看病でもしてくれていたのだろうか。額のタオルはそういうことだろう。そして寝落ちした、と。
いな穂はソファに腰掛けながら上半身をひねり、うつ伏せになるようにしてぼくの腿に頬をのせている。実に器用な寝方だけれど、見ているこっちが辛くなってくる。ぼくはいな穂にソファを譲ってあげることにした。
いな穂を起こさないように下半身を抜き取ろうとする。が、失敗した。起こしてしまった。
「……昂宗君、おはよう」
いつものようにゆっくりとした口調ではっきりといった。
「おはよう」
挨拶を返した。
「なにしてるの?」
「いや、ぼくはもう目が覚めちゃったから、いな穂をソファに寝かせてあげようと思って」
「あ、そう……じゃなくて! 大丈夫なの?!」
「大丈夫だよ。ほら」
ぼくは、両腕で力こぶを作って見せた。
「どう?」
「うん、昂宗君、細いんだからそんなの見せられてもなんもわかんないよね、って……へ?」
いな穂はいまさら気が付いたようだった。口元を手で覆う。薄暗い中でもはっきりとわかるくらい、瞳は潤みだした。
「そこは喜んでよ、ねえ?」
ぼくは茶化すように笑う。いな穂はまだ声が出ないようだった。
「ねえ、いな穂ちゃん」
ぼくは、精一杯かっこつけて、自信満々にいう。
「僕のために歌ってくれない? 君のためにギターを弾くからさ」
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