第581話 令和2年12月7日(月)「狼《いぬ》」麓たか良

「たか良も臨玲行ったら良いんじゃねえの?」


 恵がそう言ってケラケラ笑った。

 3年の教室は校舎の最上階にある。

 階段は屋上まで続いているが、施錠されていて入れない。

 その行き止まりのスペースは休み時間不良の溜まり場となっている。


 ワタシがギロリと睨むと薄笑いを浮かべていた連中は青ざめて真顔に戻った。

 だが、恵だけは変わらずニヤニヤしている。


「たか良のセーラー服姿とかチョー受けるんだけど!」


 最後まで言い切る前にワタシのゲンコツがヒットし、恵は「痛ぁ!」と自分の頭を抑えるハメになった。

 加減はしたが恵は涙目だ。


「これ以上バカになったらどうしてくれるのよ!」


「うちらより下はねーんだから心配することはねーだろ」


 ありがた迷惑なことに、ワタシたちのような連中でも入れる高校はある。

 どんなヤツらが集まってくるかは想像がつく。

 世間から見たらゴミ捨て場のような場所だろう。

 ワタシにとって興味があるのはどれだけ強い奴がいるのかだけだった。


「戦闘バカのたか良とは違うのよ」と恵が抗議するので、「顔は殴ってねーんだ。感謝しろ」とワタシは切って返す。


 ワタシを”戦闘バカ”と評す恵は”色ボケ”だ。

 別に美人という訳ではないが、男好きのする顔で常に誰かしらとつき合っている。

 彼女の妹の遥のように”戦闘バカ”と”色ボケ”を両立させる変わった奴もいるが、底辺校にいるのはだいたいどっちかなんじゃないか。


「遥は相変わらずか?」とそれとなく話題を変える。


 ここに集まっているのは勉強一色になった教室に居づらさを感じるような連中だ。

 ここであまり受験の話はしたくない。


「ここだけの話だけど……」と前振りしてから話す気満々の恵が口を開く。


「生徒会長に立候補していたイケメンいたじゃん。彼を食ったんだって。チョー受ける!」


 恵は楽しそうに妹から聞いた話をペラペラ喋った。

 哀れなものだ。

 その男のナニの形やサイズがここから全校生徒へと広まっていくのだろう。


「そんな話を聞いたら生徒会長の顔を見るたびに包茎チ○ポが浮かんでくるだろ。卒業式で吹き出したら恵のせいだぞ」


 ワタシが笑って言うと、恵は「大丈夫。辞退させたって言ってたし」と何でもないことのように話す。

 それを聞いたワタシは顔をしかめた。

 生徒会長のことなんてどうでもいい。

 誰がなろうとまったく興味はない。

 しかし、生徒会に何かあるとしゃしゃり出てくる奴がいる。


「じゃあ、久藤って奴が次の会長か?」


 久藤は遥のダチだ。

 ワタシの前ではおとなしく振る舞っていたが、その本性は日野なんかと同じでこちら側に近いように感じた。


「よく分かんないけど、それもないんだって」


 恵はあまり関心がなさそうに言った。

 ワタシだって日野のことがなければまったく関心のない話題だ。

 恵からこれ以上詳しい話を聞くのは難しいだろう。


 次の休み時間、ワタシは2年の教室に向かっていた。

 日々木から話を聞くことも考えたが、彼女の周りには休み時間のたびに人が集まり勉強会が開かれている。

 ワタシといえどもそこに顔を出すことは躊躇われた。

 受験が持つ独特の雰囲気には部外者が口を挟むことを拒むものがある。


 遥は自分の席で机に突っ伏していた。

 彼女は不良仲間とはあまりつるまない。

 休み時間はひとりでいることが多いようだ。


 近づくと起きるかと思ったが、本当に寝ているのか微動だにしない。

 ワタシはその後頭部にゲンコツを落とす。


「何しやがんだ!」と一発で起き上がった。


 ワタシの顔を見た遥は「あ」と声を上げ、「普通に起こしてください」と不快そうに呟いた。

 面を貸せと顎で教室の外へと促す。

 彼女は渋々という態度を隠さずにワタシのあとをついて来た。

 今日は暖かいせいか廊下も人が多い。

 どこで話を聞こうかと考えていたら、それに気づいた遥が「ここ、しばらく通行止め」と大声で宣言した。

 それだけで近くにいた生徒は離れていき、こちらに向かって歩いていた者は回れ右をした。


「便利だな」とワタシは笑ったが、興味なさそうに遥は「何すか」と話を急ぐ。


 縦の関係に厳しい不良の世界では本来許されない態度だが、彼女に逆らえる奴は男でもそう多くないだろう。

 小柄なワタシからは見上げるような巨体だし、元々強かったのが空手を習ってますます強くなった。

 校内で彼女に勝てるのは日野とワタシくらいだ。


「生徒会、ゴタゴタあったんだって?」


「もう生徒会には関わらない……ってこともないか。でも、アサミは生徒会長にはならないって言ってたんで、やるとしても役員続けるくらいっすね」


「辞任に追い込んだ件は解決しているのか?」


「どーなんですかね」と遥の回答は頼りないものだった。


 その顔には小難しいことは久藤に聞かないと分からないと書いてある。

 ワタシは仕方なく「久藤は?」と聞いた。

 遥に案内されて久藤のいる教室に向かう。

 2年生でワタシの顔を知る者は少ないが、前を歩く遥を避けて道が開けていく。

 1組の教室にズケズケと入っていく遥にワタシも続く。


 久藤は目立つ生徒だ。

 中学生の教室の中に高校生が紛れているような大人っぽさがある。

 そういうところは日野によく似ている。

 日野の場合は隣りに日々木がいて中和されていたが、久藤と遥が並ぶと相乗効果で悪の気配が場を充満していくようだ。


 久藤はワタシの顔を見て目礼した。

 そして決意を込めた目でワタシと正対する。


「ここで良いのか?」と聞くと「はい」とハッキリ答えた。


「私は当選者の辞退を望んだことはありませんし、真鍋さんを呼び出したのは別件でのことでした。しかし、日頃の行いが悪いせいで疑われることになってしまいました」


 ワタシだけではなく周囲で聞き耳を立てているクラスメイトにも向けて彼女は発言した。

 そして、一度目を伏せてから再び整った顔立ちをワタシに向ける。


「今日の終わりのホームルームで発表されると思いますが、次期生徒会長は田中七海さんです。私は新しい生徒会が軌道に乗るまでお手伝いをすることになりました」


 教室にどよめきが起きた。

 だが、次期生徒会長なんてワタシにはどうでもいいことだ。


「日野は?」と忌々しい思いを込めて質問する。


「お知らせしてあります」とごく自然に久藤が答えた。


 どうやら日野は関わったあとのようだ。

 こちらにまで話が来ることはなさそうでワタシは胸をなで下ろす。

 同時に何をやっているんだという思いがこみ上げてくる。

 これじゃあ日野の忠実な番犬じゃないか。

 イラついたワタシは遥に「今日ジムにつき合え。スパーリングの相手をしろ」と命令する。

 ウエイトのある遥のパンチは一撃必殺だが、当たらなければどうということはない。

 ワタシと同じ”戦闘バカ”の遥はそれまでとは違い嬉しそうな顔で尻尾を振った。




††††† 登場人物紹介 †††††


麓たか良・・・中学3年生。手がつけられない不良だったが、日野によって飼い慣らされたと一部で言われている。ボクシングジムに通っている。


小西恵・・・中学3年生。たか良の友人。ケンカの時は囃し立てるだけ。


小西遥・・・中学2年生。恵の妹。体格を生かしたパワーと容赦のなさが武器の戦闘狂。なお、彼女はセックスも格闘技か何かと勘違いしているんじゃないかと周りから思われるくらい誰とでも寝る。


久藤亜砂美・・・中学2年生。遥の親友。どん底の生活を送ったせいか周りよりもかなり大人びている。


日野可恋・・・中学3年生。”魔王”と称されているが、登校していないので下級生にとってはもはや伝説上の存在となっている。一方で、この学校の事件の裏にはすべて彼女が関わっていると考える人も。


*本日のサブタイトルは「狼と書いていぬと読む」です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る