第572話 令和2年11月28日(土)「マイペース」島田琥珀
「ほのかがいなくて寂しいん?」とわたしがからかうと、あかりは否定することなく「いつも一緒だからね」と答えた。
このバカップルめと思いつつも、そんな反応をされたらからかったわたしが悪いみたいに見えて対応に困ってしまう。
今日のダンス部の練習が終わり、ほとんどの生徒は帰宅した。
部室に残っているのはわたしとあかりだけだ。
ほのかは現在別のグループのリーダーを務めていて、今日は練習後にミーティングをするそうだ。
あかりはほのかを待っていて、わたしは何となく帰りそびれていた。
「習い事を辞めようかと思うんよ」
わたしが話題を変えると、あかりは驚いて声を上げた。
あかりの「ダンス部のために?」という質問に「3年になると受験勉強がメインになるから……」とわたしは答えた。
ホッとした顔をするあかりに、「でも、ダンス部のためでもあるんよ」と言葉を続ける。
「いつまでも片手間やと無理って思うようになったから……」
ダンス部は部員が自主的に運営している。
そこが普通の中学校の部活とは大きく違うところだ。
副部長として自分がそこに主体的に関わっていく面白さを知った。
教わるだけの習い事にはない楽しさを感じるようになった。
受験勉強が本格的になる前に習い事を減らすつもりでいたが、それを早めようかと最近思っている。
「琥珀に負担を掛けてばかりでごめん」
部長のあかりがそう言って頭を下げた。
こういう素直さが彼女の魅力だ。
「気にせんといて。自分で考えて決めたことやから」
わたしは相手の負担にならないように軽い口調で微笑んでみせた。
あかりもそんなわたしの気持ちが通じたのか、微笑みを浮かべて頷いた。
「じゃあ、悩んでいるのはそのことじゃないんだ?」
「え! うち、悩んでいるように見える?」と彼女の指摘にわたしは飛び上がるほど驚いた。
あかりは鈍いという訳ではないが、そんなに鋭いという印象も持たない。
そのあかりに指摘されるということはかなり態度に出ていたのかもしれない。
「用もないのに残ったりしないよね」とあかりは自分の考えの根拠を示した。
「それに、さっきから何か言いたそうだったし」
あかりとのつき合いは1年になる。
わたしは友だちとは広く浅くつき合っているので、いまや彼女はわたしの中で一二を争うほど親しい友人となった。
結構わたしのことを理解してくれているようだ。
「たいしたことやないんよ」
「あたしやほのかに言いにくかったら先輩に相談したら?」
「須賀先輩にはこの前相談したばかりやしなあ……」
わたしの言葉にあかりは腕を組んで考え込む。
相談先の相談に乗り気になったようだ。
「2年で琥珀が相談できそうな相手ってあまり浮かばないよね」
相談されることは多いが、相談することは苦手だった。
それでもダンス部のことなら先輩に相談しようと思うが、プライベートだと躊躇してしまう。
まして同学年だとそれだけ頼りになると感じる子が見当たらない。
「久藤さんとか?」とあかりが挙げた名前に「敵やん」とわたしは即答する。
「あとは、そうだなあ……。朱雀ちゃんはどう?」
「原田さん?」と聞き返すと、「うん。あたしは時々相談しているよ。部の規模は違うけど、部長歴はあっちの方が長いし」とあかりが笑った。
わたしとはあまり接点がなかったが、あかりはファッションショーの準備でよく顔を合わせていた。
ちょっと変わった子という評価が定着しているが、周りの声に左右されないところはいまどきの中学生らしくなくて好感が持てた。
「原田さんかあ……」とぼんやり天井を見上げながら呟くと、あかりは自分のスマホを取り出して操作し始めた。
「まだ相談するって決めた訳じゃ……」と言い訳したのに、「いま時間あるって」とあかりは強引に話を進めた。
原田さんの電話番号をわたしに教えると、「ほのかの様子を見てくるよ」とあかりは部室を出て行った。
ひとり残されたわたしはひとつ息を吐く。
どうしようかと思ったが、相手が待ってくれているのなら電話をしない訳にもいかないだろう。
『ごめんな。迷惑やない?』
『いいよ、いいよ。気にしないで。琥珀ちゃんの期待に応えられるかどうかは分からないけどね』
それでもわたしが相談を躊躇うと、『親友のちーちゃん、鳥居千種以外には秘密は漏らさないから心配しないで。ちーちゃんも口は堅いから』と先回りして不安を取り除く。
少なくとも考えなしの相手ではないと分かり、わたしは重い口を開いた。
『うち、親友が欲しいんよ』
原田さんと鳥居さんも仲が良くて有名だが、ダンス部のおしどり夫婦ことあかりとほのかも負けていない。
そのふたりと間近に接していてそういう想いが強くなった。
ほかの例――七海と真央なんかだとちょっと依存が強くてどうだろうと感じてしまうのに、あかりとほのかの場合は互いのプラスになっている気がする。
あかりがいなければほのかはいまも一匹狼みたいだっただろうし、あかりも自信を持って部長を務めることはできなかっただろう。
須賀先輩と田辺先輩との関係など理想的な友人関係を見ていて羨ましくなったのだ。
そういうことをつらつら話す。
原田さんは余計な口を挟まず、わたしの気持ちをしっかり聞いてくれた。
もっとマイペースな人かと思っていたが、そうでもないようだ。
わたしが思いの丈を話し終えると、ひと呼吸置いて彼女が『よし!』と声を上げた。
何ごとかと思ってわたしは彼女の言葉を待つ。
『合コン、いや、婚活……、うーん、お見合い、うん、お見合いパーティーをしよう!』
『ごめん、何を言いたいのか分からへんのやけど……』
『だから、親友が欲しい子が集まってお見合いパーティーをしよう!』
『えーっと、原田さん……』
『クリスマスまでに彼氏作るみたいな話は聞くけど、親友作るぞみたいな話ってないじゃない。でも、進学みたいな大きな変化がないとなかなか出逢いってないよね。そこで、そういう機会を作ってみたらどうかなって思ったのよ』
でも、親友なんてそんな簡単にできるものだろうか。
わたしが言葉を探す間も彼女はまくし立てた。
『このご時世だからオンラインでやろう。だったら参加者以外は誰が参加したか分かんないから口止めもできるしね』
『ちょ、ちょっと待って!』
『クリスマスまでに親友を作ろう! ってことで人を集めるよ。大丈夫。任せて!』
『いや、そんな……』
『親友も恋人も似たようなものじゃない。できる時はできるよ。前向きに行こう!』
……原田朱雀はマイペース過ぎた。
とてもわたしの手に負えそうにない。
『詳しいことが決まったらまた説明するね。大船に乗った気持ちで待っていて!』
そう言うと彼女は電話を切った。
わたしは大海に放り出された小舟のように途方に暮れた。
††††† 登場人物紹介 †††††
島田琥珀・・・中学2年生。ダンス部副部長。「彼氏? 中学生男子って小学生からまったく成長してへんやんか」
辻あかり・・・中学2年生。ダンス部部長。「彼氏? いまはほのかがいるから……」
原田朱雀・・・中学2年生。手芸部部長。「彼氏? 手芸が得意なら歓迎するよ! え? つき合う? 誰と? わたしと? ちーちゃんがOKって言ったら考えるね」
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