第573話 令和2年11月29日(日)「変態女と女子中学生」近藤未来

 第三波の到来がしきりにニュースで報道されているというのに、日曜日のハンバーガーショップは若者で溢れていた。

 この光景をテレビで見たら眉をひそめていただろう。

 だが、いま私はその非難されるべき若者のひとりになってしまっている。


「意外と暇なのね。工藤も友だちいないんじゃない?」


 四人掛けのシートの斜め前に座る女子高生に向かって私は揶揄するように言った。

 彼女はまったく動揺する素振りを見せず、「未来じゃあるまいし」と微笑む。


「生徒会だって休日はたいてい休みだし、いまは友だちと遊びに行くのも気まずかったりするのよ」


 前回会った時よりめかし込んだ工藤はそう説明すると器用にマスクの下にシェイクのストローを差し込んで飲む。

 ラフな服装でも周囲の目を引く彼女だが、今日はこれからデートだと言われても納得するような装いで現れた。

 マスクも見栄えの良い布製で、そういうところまでオシャレに気を使うのは女子高生の常識だという顔をしている。


 私は不織布のマスクを左手で少し持ち上げて右手でポテトを口元に運ぶ。

 この場所を指定したのは私だ。

 工藤としてはもう少し落ち着いた場所が良かったのかもしれない。

 なぜなら最愛の後輩のために用意した集まりだから。


「小鳩姫、考え直さない? うちの高校に来てくれたら、お姉さんが手取り足取り教えてあげるわ」


 工藤は自分の隣りに座る中学時代の後輩に熱い視線を向けた。

 後輩の方はそんな工藤の態度に慣れているのか、相手にすることなく黙々とポテトに手を伸ばしている。


「教えるって何をよ」と私が代わりにツッコむと、「女の喜び」と工藤は即答した。


 私は思わず周囲をキョロキョロ見回す。

 かなり大きな声だったが誰にも聞かれてはいないようだ。

 前に来た時も思ったが、若者たちは自分のことに夢中で周りの様子など一切気にしていないようだった。


 私の目の前に座る山田小鳩は工藤の言葉の意図が理解できなかったのかキョトンとした顔をしている。

 工藤はそれを見て実践で教えたくてたまらないという変態めいた表情になっていた。

 美人が台無しである。


 今日は山田小鳩の受験を応援するという名目で呼び出された。

 彼女は私の高校を受験する。

 すでに亜砂美からその話を聞いていくつかアドバイスをしていた。

 だから断ろうとしたのだが、工藤が彼女に会う口実が欲しかったようで強引に承諾させられた。


「私より優秀だからこれ以上アドバイスなんていらないんじゃない」


 秀才タイプの私と違い、抜群の記憶力を誇る彼女は天才タイプだ。

 勉強面での不安は本人も感じていないようだった。

 従って体調管理や精神的な面くらいしか忠告を与える必要性がなかった。


「何か聞きたいことはある?」とそれでも役割を果たすために直接山田に尋ねる。


「久藤さんは如何お過ごしでしょうか?」と彼女は自分のことではなく私と一緒に暮らす後輩の名前を口にした。


「明後日に向けていろいろ考えているようね」


 次の火曜日に生徒会長選挙がある。

 それに向けて画策しているようだ。

 私としては彼女が生徒会長になろうがなるまいが興味はなかった。

 生徒会に入るように命じたのは山田や日野といった異才の情報が欲しかったからだ。

 彼女たちが卒業したあとの中学に興味をそそられるものはなかった。


 工藤が事情を問うような視線を投げ掛けてくるので、面倒だと思いながらも説明を施す。

 対立候補が現れたことや、かなり接戦になりそうなことをだ。


「小鳩姫は久藤さんに勝って欲しいのね?」


 工藤の質問に山田は小さく頷いた。

 生徒会で一緒に過ごした期間は短いが、それでも仲間意識ができたのかもしれない。


 私と初めて会った時、小学生の亜砂美はコミュニケーションに難を抱えていた。

 両親の離婚や生活環境の変化などが人付き合いの下手さを更に悪化させていたようだ。

 友だちのいない私が友だちの作り方を教えることはできなかった。

 そこで、本などで得られた知識を使い他者をコントロールする方法を彼女に教えた。

 それを利用してクラスの頂点に立つよう彼女を唆したのだ。


 この実験は大成功を収めた。

 私の指示が良かったというより、亜砂美が私の想像以上に優秀だったからだ。

 唯一対等な関係を築いた小西遥を除いて、亜砂美は同級生たちをうまく支配下に置いた。

 日々の生活のストレスや不安をそこにぶつけることで解消していた。

 ぶつけられた側にとっては迷惑な話だが、そうせずにいられないほど亜砂美の環境は苛烈だった。


 近藤家に引き取られて、ストレスや不安はある程度緩和されたようだ。

 だが、いきなり彼女の性格や振る舞いが変わる訳ではない。

 中学2年生になってもカーストの頂点に君臨し、クラスメイトを敵か味方かに選り分けていた。

 そんな彼女にも少しずつ変化は訪れているのだろう。

 目の前の少女が亜砂美を応援したいと思うのは変わった証であるように私には見えた。


 工藤は口を出すかどうか迷っている顔をしている。

 元生徒会長の工藤なら何か奥の手があるのかもしれない。

 工藤には山田を喜ばせたいという思いがあるのだろう。

 私はそんな工藤に「手出しは必要ない」とキッパリ言った。


「どうしてよ。負けたら小鳩姫が悲しむじゃない」


「あの子を見ていたら、時には失敗も必要かなって思うのよ」


 工藤は納得いかない顔をしているが、山田は私の言葉に考え込む顔つきとなった。

 私は手に持ったシェイクをズズズーっと音を立てて啜ると、空になったコップをトレイの上に置く。


「私は失敗なんて絶対にしたくないけどね」と肩をすくめたあと、「工藤のように振られても振られてもめげずに向かっていく姿勢も大切なのかなって」と私は自分の考えを述べる。


「何よ。振られてなんかいないわよ」と工藤は不満を隠さない。


「相手にされていないじゃない」と指摘するが、「そんなことないわよ」と聞く耳を持たない。


 それでも亜砂美の件は手を引くことにしたのか工藤は山田の方へ向き直ると話題を変えた。

 その顔には艶めかしい微笑みが貼りついている。


「そうだ。小鳩姫が無事に高校合格したら、わたしの大切なものをあげるわね」


 山田は何か答えようとしているが、マスク越しに小声で言ってもよく聞こえない。

 特徴ある言い回しをするから尚更だ。

 おそらく恐縮して断ろうとしているのだろうが、「遠慮することないのよ~」と工藤に抱きつかれ何も言い返せなくなった。

 ご愁傷様である。


 帰り際には工藤が「受験のお守り」と言って山田に小さな包みを渡していた。

 工藤は得意満面な顔で「もの凄く御利益あるのよ」と誇っている。

 私は何となく嫌な予感がして「変なものが入っているんじゃないでしょうね」と問い詰めると、私の態度を意に介さずに「ふふふ、ひ・み・つ」と工藤ははにかんでいた。


 顔をしかめた私は「捨てた方がいいよ」と忠告しようとしたが、山田も嬉しそうだったので口を閉ざす。

 ウブな中学生相手にやり過ぎな感じの変態女のことは忘れることにして、私は山田にひと言だけ伝えた。


「もし落選したらその時は励ましてあげて欲しい」


 山田は私を見て真剣な顔で頷いた。




††††† 登場人物紹介 †††††


近藤未来・・・高校1年生。県下でトップの進学校に通う。両親の離婚後躾の厳しい祖父母の下で暮らしていて、一日も早く家を出たいと願っている。


工藤悠里・・・高校1年生。山田小鳩の前の代の生徒会長。人前では優等生を演じているが、可愛い女の子が好きな変態。小鳩には慕われつつもセクハラだと非難もされている。


山田小鳩・・・中学3年生。生徒会長。教師の勧めで未来が進学した高校への受験を決めた。コミュニケーションスキルは未熟だが頭脳は明晰。


久藤亜砂美・・・中学2年生。両親の離婚後ボロアパートで極貧生活を送っていた。知り合いの孫娘である未来に勉強のサポートを受け、性的な関係も持つようになった。今年の2月末から近藤家に引き取られている。現在生徒会役員で2日後に行われる生徒会長選挙への立候補を決めている。

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