第571話 令和2年11月27日(金)「ガキ」恵藤奏颯
身体を動かさないからグラウンドはムチャクチャ寒く感じる。
アタシはお腹の前あたりで両肘を抱えながら、ほかのダンス部員たちが躍動する姿を眺めていた。
ダンス部の改革が始まって1週間。
部内全体を統括するようなポジションを任されたのは期待の表れだと思った。
三連休の頃はダンス部をこんな風にしたいといろいろ思いを巡らせていた。
しかし、いくつもの壁がアタシの前に立ちはだかった。
最初の問題は練習する時間が取れないことだった。
アタシはまだ直接ほかの部員を指導してはいないが、顧問の岡部先生について指導のやり方を学んでいるところだ。
つまり、部活中は自分の練習ができずにほかの部員たちの練習を指をくわえて見ていなければならない。
それについて部長に不満を零すと、「自主練で頑張るしかないよね」と言われた。
部活中に先輩の指導を受けながら練習するのとひとりで自主練をするのとでは効率が違う。
部長は副部長のほのか先輩と自主練をしているからそんなことが言えるのだろう。
ライバルである
各グループから上がってくる話を聞くこともアタシの役割だった。
オーディション担当からはイベント前の早い時期に一度本格的なオーディションを行いたいと提案された。
練習メニュー担当からはしばらく練習の量を減らして欲しいと言われ、逆にイベント担当からはもっと練習の量を増やす必要があると言われた。
動画用ダンス担当からも自主練の課題を見直したいという話が出ている。
調整しろと言われたってこんなのできる訳がない。
「こんな練習で間に合うんですか?」
BチームやCチームの練習を目の当たりにするとついそんな不安が口を衝いて出てしまう。
岡部先生は「できることをひとつひとつ増やすことが近道」なんて言うが、まどろっこしく感じてしまう。
もっと本気で練習しろよと言いたくなるのを口に出さないように努めないとヤバいくらいだ。
実際にみっちゃんからは不満が態度に出ていると指摘されている。
ひとりひとりに事情があってみんながAチームのように練習に取り組めないことは話を聞いて頭では分かっているつもりだ。
だが、頭で分かっていても、自分の練習時間を割いてこうしてつき合っているのだからもう少し頑張れよと思ってしまうのは止められなかった。
「
練習が終わってすぐ可馨がスマホを手にアタシのところへやって来た。
彼女はクリスマスイベントの振り付けを任されてこのところもの凄くやる気に満ちている。
「難易度が高すぎるんじゃない?」と彼女が示した動画を見てアタシは感想を漏らす。
「さつきモソウ言ウガ、高イLevelヲ目指スベキダト思ワナイカ?」
先週までなら一も二もなく同意していただろう。
頑張って高みを目指してこそ充実感を得られると。
しかし、アタシは頭を軽く振ると、「無理。時間も能力も足りない」と突き放した。
「奏颯、オ前ハソンナ奴ジャナカッタダロウ。OpenデPositiveナ奴ダッタジャナイカ!」
可馨がなじるように言ったことにアタシはカッとなる。
溜まっていた鬱憤がこれでもかと噴き出し、「可馨こそ現実を見ろよ。ガキじゃないんだから!」と声を荒らげた。
ふたりの諍いに周囲の注目が集まった。
遠巻きに人の輪ができる中で、可馨とアタシは口論を続けた。
議論ではなく、「分カラズ屋」だの「小学生かよ」だの完全に口げんかだ。
すぐにさつきやコンちゃんが割って入ってきた。
「ふたりとも熱くなりすぎやん」
「水、ぶっかけた方がいい?」
若葉が「風邪引くから」とコンちゃんを宥めている。
可馨は「奏颯ガ話ヲ聞コウトモシナイ」とさつきに泣きつきた。
しかし、アタシが「これ以上クリスマスイベントのダンスの難易度を上げるなんて言われたって誰も聞かないよな」と周囲に同調を求めると、みんなは納得する顔を見せた。
「ほら。みんなも同じ意見だってよ」と勝ち誇った顔で可馨に言うと、「ミンナハ関係ナイ。奏颯ガ話ヲ聞カナイコトガ問題ナンダ!」と彼女は譲ろうとしない。
「部長が話を聞いてくれないって怒っとったの、奏颯やん」とさつきに指摘され、アタシは奥歯を噛んだ。
「だって、あれは……」
可馨の罵りの言葉が英語や中国語らしいものばかりになり、「ちょっと落ち着こ」とさつきが肩に手を置いてどこかへ連れて行った。
それをきっかけに野次馬の部員たちもアタシの周囲から離れて行く。
「あー、クソっ」とアタシは右手のこぶしをギュッと握る。
「みんな、もう少し大人にならないとね」とコンちゃんが醒めた目で呟いた。
「何だよ、それ」とアタシが突っかかると、「自分のイライラを他人に当たって解消しないってこと」と彼女は心臓を抉るような言葉を吐いた。
「可馨もイライラしていたの?」と驚いた顔で若葉が尋ねた。
「イベント担当の中で賛同者がいなかったから奏颯に話を持って来たんでしょ」とコンちゃんが自分の推測を口にする。
そう言えば可馨もさつきの反対があったことを窺わせていた。
イベント担当になって楽しんでいるだけだと思っていたが、彼女もそれなりに苦労しているのかもしれない。
アタシはそこまで思い至らなかったが、それをしろとコンちゃんは言っているのだ。
「アタシもガキだってことか」と自嘲すると、コンちゃんも「中学生での1年の違いがいかに大きいか痛感しているところ」と自嘲気味に語った。
「奏颯はおっぱいだけはもう大人って感じなのに」
その場の空気をぶった切って若葉がそう冗談を飛ばした。
アタシがコンちゃんに「殴っていいか?」と問い掛けると、「これは仕方ないわね」と頷いた。
それを聞いた若葉は「え、なんで? ジョークだよ! あ、暴力反対!」と子どものように逃げ惑う。
アタシとコンちゃんは顔を見合わせて肩をすくめた。
粋がったところでまだまだアタシたちはガキなんだろう。
辺りは薄暗く、いまにも雨が降り出しそうだ。
「可馨の頭は冷めたかな」とアタシが言うと、「さつきが一緒だから大丈夫でしょ」とコンちゃんが応じる。
クリスマスイベントまでの残り時間を考えるとケンカをしている場合ではない。
ダンスの練習もしなくちゃいけないし、統括の仕事はやるべきことが山積みだ。
ひとりじゃとてもできそうにない。
「もう怒っていないから、若葉、可馨を探してきて」とアタシは声を掛ける。
ひとりじゃできなくても。
††††† 登場人物紹介 †††††
恵藤
劉
沖本さつき・・・中学1年生。ダンス部。関西出身。小学生時代からの可馨の親友。
紺野若葉・・・中学1年生。ダンス部。部内ではコンちゃんと呼ばれている。奏颯とは中学で知り合ったが、互いに一目置く関係に。
晴海若葉・・・中学1年生。ダンス部。奏颯やコンちゃんと仲が良い。
岡部
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