第565話 令和2年11月21日(土)「前部長の仕事」笠井優奈

「ダンス部のピンチにアタシが出て行かない訳にはいかないだろ?」


 したり顔でそう言うと、彩花は苦笑を浮かべて肩をすくめた。

 彼女の「わたしたちは引退したんだから口を出さないって言っていたのに」という抗議に対する回答だったが、納得半分不満半分といった感じか。

 一方、綾乃は「それでどんな話をしたの?」と興味深そうな顔で続きを促す。


 昨日ダンス部のミーティングにアタシが顔を出したとLINEで伝えると詳しい話が聞きたいと彩花から返事かあった。

 それに応じる形で塾帰りのふたりと近くの公園でこうして会うことにした。

 今日も好天で気温も高く過ごしやすい1日だった。

 こんな日を勉強で費やすのは残念だが、受験まで時間が切迫してきたのでそうも言ってはいられない。


 夕方になって少しばかり肌寒くなってきた。

 そのせいか彩花と綾乃はピッタリ寄り添い互いをカイロ代わりにしているようだ。

 そんなふたりを前にすると、余計に寒さが身に沁みる。

 もう少し厚着にしてきた方が良かったかなと思いながら、アタシは昨日のミーティングの内容をふたりに語った。


 1年生部員の反乱の話は事前に彩花から聞いていた。

 副部長の琥珀からほのかを通じてミーティングを行うと連絡があり、おそらく何か起きた時のためにアタシに出席して欲しいのだろうと推測した。

 そこでミーティングの冒頭、先制パンチに前部長としての苦言を呈したのだ。


「ダンス部はまだ創部1年の出来たての部活だ。だから伝統はない。何もかも手探りでやっていくしかないんだ。それなのに責任を部長に押しつけすぎなんじゃないか」


 最初にアタシが目を向けたのは2年生の部員たちだ。

 それぞれ与えられた仕事はキチンとこなしていると聞くが、それだけで自分の役割は終わりだと考えているようだった。


「ダンス部は部員の自主性がベースだ。自主性とは他人任せにするんじゃなく、自分のこととして行動することだ。違うか?」


 2年生の多くが視線を落とす。

 彼女たちの自主性を育てられなかったのは3年生の責任だとも思うが、いまはそれを棚に上げる。


「意見を出しても部長たちが応じないのなら文句を言うのも分かるけど、何も行動せずに文句を垂れるのは違うだろ」


 アタシの一喝に部員たちは静まりかえった。

 陸上部が熱心に練習しているグラウンドの片隅でジャージ姿の女子の一団が座り込んでいる。

 外部からだとお通夜のように見えたかもしれない。


「次に1年生」


 そう言って部員たちを見下ろすと、ビクッと怯える顔が目に入った。

 しかし、中にはこちらに挑発的な目を向けてくる1年生もいる。

 アタシはそんな視線に不敵な笑みで応えながら、ゆっくりと口を開いた。


「1年はリスペクトが足りない」


 アタシのその言葉にさらに剣呑な空気が増していく。

 だが、それを楽しむかのように言葉を続ける。


「別に先輩を敬えという話じゃない。自分たちのために頑張ってくれていることに対して敬意を払えって話だ」


 アタシはそこでひと呼吸置いて部員たちを見渡す。

 それからひとりひとりに語り掛けるように話す。


「先輩だからやってくれて当たり前だなんて思うな。自分たちのためにどれだけの労力と時間を割いてくれているのか考えたことはあるか? 先週あった1年生だけの集会の時だって試験勉強の時間を削って注意しに行っているんだぞ」


 これも自分を棚に上げた発言だ。

 アタシの場合先生たちに多大な迷惑を掛けた。

 特に3月の休校中にルールに反して部活動を続けたことは非難されても仕方がない。


「……と、ここまでが精神論の話だ。こんな話をしても実行に移すヤツなんて、これだけ部員がいてもひとりいるかどうかだろうし」とアタシはニヤリと笑った。


「何よ、それ」とツッコミを入れたのは、昨日の話を黙って聞いていた彩花だ。


「だって日野が精神論はクソの役にも立たないって言うからさ」


 昨日ミーティングがあることを聞いてからアタシは日野に連絡を入れた。

 事は重大だ。

 立っている者は親でも使えという言葉だってある。

 アタシは何を話すべきか相談し、いくつかアドバイスを受けた。

 日野はこんな言い方はしなかったが、言わんとすることはこれで間違いない。


「結局は日野さん頼みなのね」と彩花は言うもののそこに非難の色合いは含まれていなかった。


「まあ仕方ないさ。それよりもそのあとがさ……」とアタシは昨日のミーティングの話に戻した。


「1年はやる気があるんだからどんどん仕事を割り当てよう。2年にはその監督役を務めてもらう」


 アタシの提案は気まずい雰囲気で迎えられた。

 改革だなんだと騒いでいるのはごく一部で、ほとんどの部員にとって負担が増えることは好ましいことではない。


「とはいえこれだけ部員が多いんだからいままでの仕事量ならあっという間にやってしまうかもしれないよな。そこでだ。新しい仕事を大量に与えよう」


 ここまでは予想の範囲内という感じで話を聞いていた部長や副部長たちも驚きの顔になった。

 部内をまとめるためには目標が必要だと言われたのは1年前だ。

 その時掲げた全国大会出場はコロナ禍によって開催が中止となり、いまは有名無実と化している。


「まずは1ヶ月後。クリスマスイベントとして校内でダンスの演技を披露してもらう。ショボいものだったら許さないからな」


 顔を上げる生徒が増えた。

 現金なものだ。

 イベントと聞くと目を輝かせる部員が多い。


「それと並行して動画の方もやってもらう。何か考えていたんだろ?」と部長のあかりに視線を送ると、「まだ計画段階ですが……」と言葉を濁した。


「だったら企画立案もやる気のあるヤツに振ればいい。部長は最終チェックだけよろしく頼む」とアタシが言うと、あかりは素直に「分かりました」と応じた。


「卒業式でも新作のダンスをやってもらうぞ。3年の元部員を感動させるようなヤツをな」と思い切りハードルを上げてやるとあかりは青い顔をしていた。


 そのあかりがアタシに代わって部員たちの前に立ち、急に増えた目標にどう対処するか話し合いを始めた。

 これでアタシの出番は終わりだ。

 近づいてきた琥珀が小さな声で「ありがとうございました」と頭を下げる。

 アタシは「あとは頼む」とその肩をポンと叩いた。




††††† 登場人物紹介 †††††


笠井優奈・・・中学3年生。ダンス部前部長。部を創部した、グイグイ引っ張るタイプの部長だった。カリスマがあった。


須賀彩花・・・中学3年生。ダンス部前副部長。ダンス部を上から引っ張ったのが優奈なら下から支えたのが彩花だった。


田辺綾乃・・・中学3年生。ダンス部前マネージャー。ダンス部では黒衣に徹していたが、その仕事振りは引退したあとに高く評価された。


辻あかり・・・中学2年生。ダンス部2代目部長。優奈を慕ってソフトテニス部から転部した。リーダーシップに欠けていることは自覚している。


島田琥珀・・・中学2年生。ダンス部副部長。コミュニケーション能力が高く、部内の調整役を受け持っていた。だが、多忙なこともありそれを十分に果たせていない。


秋田ほのか・・・中学2年生。ダンス部副部長。ダンスの実力はあるがコミュニケーションは苦手。


日野可恋・・・中学3年生。ダンス部創設に関わった。その後も優奈や彩花の相談に乗る形で協力している。


 * * *


「ちょっと大変すぎなんじゃない?」と彩花が後輩たちを心配している。


「大丈夫だろ。あれだけ人数もいるんだし」とアタシは気楽に答えた。


「多いとかえって揉めたりしそう」と綾乃も不安げだ。


「いざとなったらまたアタシが……」と言い掛けたところを、「優奈はそんなことしている場合じゃないでしょ!」と彩花に窘められた。


「受験、大丈夫なの?」と彩花に言われ、綾乃も問い掛けるような視線を投げ掛けてくる。


 アタシは後頭部をガシガシとかいて「なんとかなるっしょ」と答える。

 なかなか受験に対して気持ちが乗らなかったアタシも最近は腰を据えて机に向かうようになった。

 安全圏にはほど遠いが、ダンスで鍛えた集中力を発揮して巻き返すしかない。


 3人の中でもっとも余裕がありそうなのは彩花だが、「余裕があるなんて思っちゃうと絶対に失敗するから」と彼女は気を引き締めている。

 こういう慎重さは彩花らしい。


 アタシは「もう卒業か……」とポツリと呟く。

 実際にはまだ4ヶ月近く先の話なのに、どんどんとそれが迫ってくる感覚が強い。

 彩花たちと話し始めた時はまだ明るかった空はすっかり夕闇に包まれていた。


「信じるしかないよな」


 それはダンス部に対しても、自分の受験に対しても向けられた言葉だった。

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