第544話 令和2年10月31日(土)「波乱のダンス部ミーティング」秋田ほのか

 無事に練習が終わり、私たちはグラウンドから体育館へ移動した。

 これからダンス部は部員全員によるミーティングを行う。

 教室だと密になりそうなので体育館を使用することが多い。

 ダンス部はそれほどの大所帯となっている。

 ミーティングは昨日のダンスイベントの総括と今後の日程の発表が主な目的だった。


 琥珀の監視があるので部活中は移動の間もあかりと手を繋いだり腕を組んだりしないが、今日はこのあとふたりで遊びに行く予定だった。

 例年のような盛り上がりに欠けるとはいえ今日はハロウィンだから街中もそういう雰囲気になっているだろう。

 私は鼻歌交じりにあかりの側をついて回る。

 ミーティングでも私は彼女のすぐ隣りに立つ。


「いくつかミスはありましたが、全体としては良かったと思います」


 ばらけて座る部員を前に部長のあかりがそう言ったあと、わたしと琥珀が問題点を挙げていく。

 わたしがダンスの技術面、琥珀がイベントの運営面を担当する。

 細かいことを言い出すと切りがない。

 全体として共有して欲しいところをいくつか指摘して終わりだ。


 副部長ふたりが口を閉ざすと、あとは部長がスケジュール等を伝えるだけだ。

 ミーティング後のあかりとのデートに私の気持ちは傾きかけていた。

 ニヤけたくなるのを顔を出さないように努めていると、あかりが「1年生はどう思った?」と質問した。

 1年生部員にとって初めて自分たちが主体的に関わったイベントだ。

 感じるところはあっただろう。

 それを直接聞いておくのは悪いことではない。

 何人かを指名して感想を聞いて終わりになると予想していたが、あかりの問い掛けに手を挙げる1年生がいた。

 恵藤奏颯そよぎだ。

 あかりから指名された彼女はその場で立ち上がる。

 視線を集めても堂々としていて、スタイルの良さが際立つ。

 恵藤は1年生部員のリーダー格なので率先して発言したいのだろうと私はぼんやり考えていた。

 その発言を聞くまでは。


「1年生の数が多すぎると思います」


 その言葉の意味を理解するまで体育館は静寂に包まれた。

 やがて部員の間にざわめきが起きていく。


「……どういうこと?」とようやくあかりが彼女の真意を問い質そうとした。


 1年生は胸を張り部長のあかりを正面に見据えている。

 むしろあかりの方が及び腰といった印象だった。


「自主練習をしていない部員がいます。1年の話し合いの場では発言しないのにあとで文句を言うのもそういう人たちです。ただでさえマネージャーの負担が大きいのですから、人数を絞った方が良いと思います」


 私たち2年生が反応するより早く、ひとりの1年生が手を挙げた。

 あかりがその子の方を見て頷くと、彼女は立ち上がる。


「今回は学年別でしたが、実力別にチーム分けすれば問題ないんじゃないですか?」


 その少女、紺野若葉は恵藤奏颯に挑むような顔を向けた。

 恵藤は紺野に向き直ると、「でも、人数多すぎでしょ。わか姉や早也佳先輩に聞いてみたけどBチームでもイベントには参加させてたって言うし、そういう人たちがいるとダンスの質が低下するって昨日見て分かったでしょ?」と真っ向から反論した。


 座っていた子のひとりが手を挙げ、あかりの承諾を得ずに立ち上がると、「そやけど、ダンスが好きでダンス部に入部するって本人の自由やないん? 下手やから辞めろって乱暴な意見やない?」と恵藤に向かって問う。

 その沖本さつきの横にいた劉可馨クゥシンは挙手せずに立って、「Managerノ負担ト言ウノナラ、Managerハ全員A-Teamトシテ、B-TeamハManager無シトスルノハドウカ? ソレガ実力主義ジャナイカ?」と提案した。


 琥珀から1年生が白熱した議論を繰り広げていると聞いてはいたが見たのはこれが初めてだ。

 最近は学年別に分かれて練習することが多かったし、練習中はさすがにこのような議論は行われなかった。

 ミーティングも連絡事項の確認がほとんどで、私たちが決めたことを報告して終わりだった。


「それだと真面目にやっているBチームの子が割りを食うよね」とマネージャーの小倉が立ち上がって言うと、「新たにCチームを作るのは?」と紺野が発言する。


 ほかにも数人の1年生が立ち上がると自分の意見を述べ始めた。

 ほとんどの2年生がそれをポカンと口を開けて眺める中で、議論に加わったのは琥珀だった。


「もともとダンス部は実力優先を掲げてスタートしたんやけど、うちら2年生は誰も脱落させずに頑張ろうって空気もあったんよ。両立は難しいんやけど、少人数やからこれまでやってこれたと思うんよ」


「ダンス部とダンス同好会に分けるとか?」と沖本が言うとすぐに「それは学校が許可しないだろうね」と紺野がツッコむ。


「自分たちのことなのに意見を言わないでいる人なんてダンス部に必要ないじゃん」と恵藤は蔑んだ視線をまだ座ったままの1年生に投げかけた。


 すかさず「挑発は良くない」「人格攻撃」「意見ヲ言ワナイノモ自由」「奏颯ちゃんはすぐ熱くなるんやから」と周りから次々とダメ出しされて恵藤は「言い過ぎだった」と頭を下げた。

 顧問の岡部先生は口出しせず、暖かな眼差しを彼女たちに向けていた。


 私はどうしていいか分からないといった顔をしているあかりをチラッと見る。

 彼女はこういう議論が得意ではないので、ここは私の出番だろう。

 以前の私ならAチームのみの少数精鋭で十分だと発言しただろうが、立場が変われば考えも変わる。


「恵藤の言いたいことは理解できる」と私は発言した。


 1年生から恐れられているからか一瞬で彼女たちの視線が私に集まった。

 つい敬称をつけ忘れたが、そういうことの積み重ねで怖がられるのかもしれない。

 言い直すのもアレなので、私は言葉を続ける。


「だけど、練習をしない人、意見を言わない人がなぜそうするのか考えた? ひとくくりにしてしまうけど、ひとりひとり理由が違うと考えたことはある?」


 私も以前はひとくくりにして考えていた。

 下手な人はダンス部にいらないと。

 だが、先輩たちから指導を受け、少し考えを改めた。

 その時に言われたことのひとつがひとりひとりに目を向けることだった。


「1年は人数が多いから大変だと思う。けど、まずはどんな思いでダンス部に入り、何を目指し、どんな意見を持っているのか聞いて回ることが必要なんじゃないか」


 1年前ならあかりは自分の意見なんて口に出せなかっただろう。

 いまだってこういう時は頼りない。

 それでも押しも押されもせぬダンス部の部長だ。


「さすが副部長。ええこと言うね」と琥珀が笑い、「ダンス部やとダンスが上手い人の声が大きくなりがちや。1年の議論は凄いな思うけど誰もができることやあらへん。そこのところは分かってあげて」と恵藤を優しく諭す。


「そうやって好感度上げるんだな」と琥珀に言うと、「飴と鞭やから」と笑顔で返された。


 結局ミーティングは時間を大幅にオーバーして終了した。

 恵藤たちは1年でたっぷり話し合うと意気込んでいる。

 なんだか青春という感じでほんの少しだけ羨ましくなる。

 デートの時間は短くなったが、「どうしようかと思ったよ。助かった。ほのか、ありがとう!」とあかりが抱きついてきてくれたので、今日の1年には感謝している。




††††† 登場人物紹介 †††††


秋田ほのか・・・中学2年生。ダンス部副部長。ツンデレ率がツン9:デレ1からツン0:デレ10になっていたが、琥珀に言われてツン2:デレ8くらいまでは戻った。本人曰く、「デレてない!」


辻あかり・・・中学2年生。ダンス部部長。責任感はあるが、頭を使うことは副部長のふたりに任せすぎ。


島田琥珀・・・中学2年生。ダンス部副部長。ただでさえ多忙なのにほのかが使い物にならない時期は本当に大変だった。笑顔の裏には安堵の気持ちが。


恵藤奏颯そよぎ・・・中学1年生。ダンス部。姉は3年生で元ダンス部の和奏わかな。ダンスの実力は可馨と並んで1年生トップ。リーダーシップも高く次期部長と期待されている。


紺野若葉・・・中学1年生。ダンス部。コンちゃんと呼ばれている。奏颯に反対意見を述べることで議論を活発化させようとすることがある。


沖本さつき・・・中学1年生。ダンス部。関西出身。コミュニケーション能力はかなり高い。


可馨クゥシン・・・中学1年生。ダンス部。アメリカ育ちの中国人。


小倉美稀・・・中学1年生。ダンス部マネージャー。みっちゃんと呼ばれている。マネージャーのまとめ役。

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