第506話 令和2年9月23日(水)「ニンジャへの道」キャシー・フランクリン
ついに!
ついに、カレンに勝った!
勝った! 勝った! 勝った!
あのカレンに勝ったのだ!
ワタシがどれほど嬉しかったか分かるだろうか。
本当なら世界中に叫びたいほどの喜びだった。
あのカレンに勝ったのだから。
反則勝ちだったが、内容でも圧倒していた。
カレンが完敗を認めたほどだ。
サキコも素晴らしいと褒めてくれた。
マイから作戦を教えてもらっていた。
打倒カレンの。
ワタシが強くなるための。
これまでワタシは自分の強さを示すため、圧倒的な力を見せつけるために最初からガンガン攻撃していた。
攻撃こそがすべてだと考えていた。
だが、マイから言われたのだ。
王者は相手の攻撃を受け止めて、それでもまったく動じずに立ち続けるものだと。
「あなたは
実際に効果はあった。
カレンの攻撃を受け切るのは余裕だった。
いや余裕というのは言い過ぎだが、攻撃していないのに相手を追い詰めている感覚はあった。
最後は我慢しきれずにこちらから仕掛けたが、ほぼ作戦通りに戦うことができた。
その結果が偉大な勝利だ。
戦ったあと、カレンはいままでに見たことがないほど消耗していた。
ワタシはあと100戦はできる。
もはやカレンを恐れる必要はない。
カレンともっと戦い、もっと勝利を味わいたかったが、その一戦のあとは観戦していたオッサンたちに稽古をつけてもらった。
朝稽古に参加している人たちで、カレンよりもさらに強い連中だ。
久しぶりに身動きできなくなるまで戦い、疲れ果てたワタシはサキコに車で家まで送ってもらった。
夜にマイから祝福の電話があって大声を出して飛び上がってしまい、ママから怒られたがそれほど嬉しかったのだ。
ワタシは空手のチャンピオンになり、格闘技の王者になり、そして、最強のニンジャになる。
そう握り拳を固めたところで思い出した。
カレンと交わした約束のことを。
カレンから忍術を教えてもらうという約束を。
そういう訳で、今日はカレンのマンションにやって来た。
冬にワタシがインフルエンザを持ち込んだと疑われ、それ以来出入り禁止となっていた。
だが、マスクと格好いいフェイスマスクを着けることで入室が認められた。
『カレン、約束だ! 忍術を教えろ!』
もうカレンを怖がる必要はない。
ワタシは胸を張って堂々と告げる。
『約束だものね』と微笑んだカレンはワタシをダイニングのテーブルに案内した。
カレンの隣りにはジャンパースカートを可愛く着たヒーナがいて、ニコニコ笑っている。
カレンはいつものようにスポーツウェア姿で、席に着いたワタシにガラスのコップに入れたジュースを出してくれる。
ちなみにワタシはタンクトップにジーンズという服装だ。
『キャシーは忍者になりたいのよね?』とカレンに聞かれて、ワタシは頷いた。
日本に来たからにはニンジャにならなくては。
ニンジャになれると聞いたからこんな遠い国までやって来たのだ。
『残念なことに、キャシーは忍者にはなれないわ』
『な、なんだって! ど、どうしてだ?』
ワタシはカレンの言葉に取り乱した。
そんなことがあってたまるものか。
『忍者の仕事は何か知っている? フィクションの世界では戦闘ばかりしているけど、実際は情報収集などの諜報活動をするものなの』
『諜報活動?』とワタシが聞き返すと、カレンは『そう、インテリジェンス。つまり、知性が求められる職業なのよ』と答えた。
ワタシは勉強ができない。
頭が悪いことは自分でもよく分かっている。
顔をしかめたワタシにカレンは追い討ちをかける。
『忍者になるには優れた肉体だけではなく、大学を優秀な成績で卒業するくらいの知性が必要なの』
『カ、カレンもニンジャなんじゃないのか?』と聞くとそれまで黙って話を聞いていたヒーナが『カレンは中学生だけど大学生以上の学力の持ち主なのよ』と教えてくれた。
ワタシの姉のリサもカレンの頭の良さを褒めていた。
リサはワタシと違い勉強が凄くできて両親からも期待されている。
『いますぐは無理でも、これから勉強をすればキャシーが忍者になることはできるんじゃない』とヒーナが慰めてくれる。
ワタシは首を横に振る。
ワタシにできるとは思えない。
『忍術も数学や科学の知識が必要なのよ』
カレンの言葉にワタシは息が止められた気分だった。
昨日の勝利の喜びが吹っ飛ぶほどの衝撃だ。
『でもね、約束だから時間は掛かるけど責任を持ってキャシーに忍術を教えるわ』
『カレン!』とワタシはテーブルを乗り越えて抱きつこうとしたが、カレンは『止まれ!』と鋭い声で警告を出した。
『忍者になりたいのなら私を師匠と思いなさい。良いわね?』とカレンに言われ、ワタシは頷いて『忍術を教えてくれ!』と訴えた。
『どんな忍術を覚えたいの?』
『そうだなあ……、分身の術が使いたいぞ!』
いろいろと頭に浮かんだが、やはりいちばんはソレだろう。
分身できればもう誰を相手にしても負けることはなくなる。
それに、分身に学校に行ってもらったり、勉強してもらったり、家の手伝いをやってもらったりできればもの凄く良い!
『分かったわ』とカレンはニコリと頷いた。
ワタシはワクワクしてカレンの次の言葉を待った。
早く、早く忍術を教えて欲しい!
『先ほども言ったように忍術を使うにはもの凄く高度な計算や科学的知識が必要なのよ。だけど、キャシーでも使えるように私は努力するわ。でも、せめて中学生レベルの数学や科学の知識は身につけておいて欲しいのよ』
カレンは真剣な顔でそう言った。
中学生レベル……。
『あと、忍術の極意は巻物に記されているの。英訳してあげることはできるけど、理解するためにはもう少し英語の勉強が必要だと思うわ』
『本当に、本当にそれだけ勉強すれば分身の術が使えるようになるのか?』
ワタシの質問にカレンは『もちろんよ』と即答した。
ワタシは『本当に、本当だな?』と念を押す。
『必要なら誓約書でもなんでも書いてあげるわよ』
そう言って微笑んだカレンはワタシの手元にあるまだ少しジュースの入ったコップを指差して『ちょっと貸して』と自分の手元に引き寄せた。
そして、ヒーナからハンカチを1枚借りてワタシに見せる。
『普通のハンカチよね?』と聞かれたのでワタシは手に取って良く見た。
本当にただのハンカチのようだった。
カレンはワタシからそれを受け取るとワタシのコップにそのハンカチをかぶせた。
『これが私の得意な忍術よ』と言ったカレンはコップの形に盛り上がったハンカチを上から押さえつける。
すると、どうだ。
なんと、カレンの手に押されてハンカチはストンとテーブルに広がり、コップが消えてしまったのだ!
『なんてこと! 神様!』とワタシは口走る。
カレンは微笑みながら『便利なのよ、これ』とワタシに言った。
その目は笑っているようで笑っていない。
『モノだけでなくヒトも消せるの』
さすが忍者だ。
こんなことができるなんて!
『勉強する! ワタシも忍術が使いたい! ニンジャになりたいぞ!』
ワタシはカレンから新しい約束を取り付けた。
インターナショナルスクールでそこそこの成績を残せば忍術を教えてもらえるという新たな約束を。
忍術のことはあまりベラベラ話してはいけないと言われたが、家族やマイたちになら大丈夫なのだそうだ。
この興奮をみんなに伝えなくては!
そして、『絶対に分身の術を覚えるぞ!』と気合を込めた。
カレンを倒すという大いなる目標を果たしたいま、新たな目標がワタシの前に現れたのだ。
そして、いつかニンジャに……。
††††† 登場人物紹介 †††††
キャシー・フランクリン・・・G8。15歳。インターナショナルスクールでG8をもう1年繰り返すことになった。昨夏来日してから空手を習い、組み手の選手として成長を続けている。
日野可恋・・・中学3年生。空手・形の選手。小学生の頃まだ病弱だった時期に手品に興味を持ち、一時期のめり込むように覚えた。相手の視線を別のところに注目させる手法はいろいろと役立っている。
日々木陽稲・・・中学3年生。可恋と同居中の美少女。ふたりの英語での会話をハラハラしながら聞いていたが、笑顔を浮かべてキャシーに悟らせないくらいのことはできる。
三谷早紀子・・・可恋が所属する道場の師範代。昨夏キャシーが家族より先行して来日した時にホームステイさせた。アメリカで空手の指導経験があり、英語も堪能。
* * *
「大丈夫なの? あんな約束をして」
「ひぃなが心配をすることはないよ」
「だって……」
「分身の術は無理だけど、キャシーなら忍術のような芸当のひとつやふたつはやってのけるでしょ」
「それで納得するかな?」
「相手を丸め込むのもインテリジェンスのひとつよ」
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