第499話 令和2年9月16日(水)「進路」澤田愛梨
「まだ志望校を決めていないの?」
呆れ顔でそう言ったのは高月だ。
昼休みに担任の藤原先生から呼び出しを受けた。
戻って来たボクに「何かあったの?」と興味津々という態度を隠さずに高月が尋ねてきた。
ボクが志望校のことで相談していると話すと、こんな反応が返ってきたのだ。
「いや、決めてはいるよ。ただ、迷うことがあって……」
高月に話したところでどうしようもないと思うが、そう口にしてしまう。
天才のボクが他人に頼るなんてあり得ない。
だが、困っているのは確かで、ひとりでは解決の糸口を見つけられそうになかった。
「臨玲?」
高月に図星を指されてボクは鼻白む。
やはり言うんじゃなかったと後悔した。
臨玲とは関東圏では有名な女子高だ。
「そこまでして日々木さんと一緒にいたいの?」と面白がるように彼女はボクを見て笑った。
「そんなんじゃないよ」
「まるでストーカーね。全然相手にしてもらえないのにつきまとうなんて」
「そ、そんなんじゃないよ!」とボクは声を荒らげる。
「臨玲がボクに相応しいんじゃないかって思っただけだよ!」
いまは人気が落ち目だとはいえ天下の臨玲だ。
知名度は抜群で、お嬢様学校として知らない人がいないくらいだ。
考えてみれば、天才のボクが活躍するのにこれ以上適切な舞台はないのではないか。
「ふーん」と高月はまったくボクの言葉を信じていない。
「それが本当だとして、貴女が臨玲ね……。ただの庶民が通えるところじゃないのよ?」
「た、ただの庶民ってなんだよ。ボクは……」という抗議を遮り、「よっぽどのお金持ちじゃないと、人権もないらしいよ」と高月は怖いことを言った。
「なんだよ、それ」
「言葉通りよ。私は貴女と違って名だたる高校の情報収集は怠っていないのよ」
高月は自慢げに鼻で笑う。
可愛いのでそんなポーズも良く似合う。
ボクにとっては憎たらしいだけだったが。
「高校無償化で入学自体は誰でも無理をすればできるようになった。でも、貧乏人は学校の格を落とすから無視されたり汚物扱いされたりするんですって」
高月はなぜか楽しそうに話す。
ボクは「うちは貧乏じゃない」と反論するが、「公立中学出身ってだけで肩身が狭いそうよ。寄付金の額で教師の態度が変わるらしいから、そこで挽回できれば別なんでしょうけど」と高月に言い返された。
「それなら日々木さんは……」とボクは不安を口にする。
「彼女はお祖父さんがお金持ちなんだって。服とかもの凄くたくさん持っているって去年の文化祭の時に噂になっていたし」
ボクは他人の噂話に興味がなかったので、そういう情報は知らなかった。
だが、あれだけの美少女だ。
高貴な出自と言われても決して疑わないだろう。
「日野さんのマンションも凄いと評判ね。これは2年の時に一緒だったクラスメイトの女子の多くが証言しているから間違いないみたい」
日野の話はどうでもよかったが、ボクは思わず顔をしかめてしまう。
学校の前に立つ高級マンションであることはボクも知っていた。
日々木さんがなぜかそこで日野とふたりで暮らしていることも知らない者はいないだろう。
「やめておいた方がいいよ」と忠告されるとかえって反発する気持ちがムクムクと湧いてくる。
藤原先生からも残念そうな顔で「常識の通じない世界だから」と反対された。
私立の高校は独特のルールや常識に支配されていることがあるという。
外部の目が届きにくく、内輪だけで成立する環境だからだそうだ。
臨玲の場合はお金であるとか親の社会的地位であるとかによって生徒のポジションが決まる。
本人の優秀さは評価されない。
それは時として教師からの扱いにも及ぶらしい。
「周りの嫉妬が嫌だから実力を隠していたんでしょ? 臨玲なら、周りから蔑みの視線を向けられる。貴女、それに耐えられる?」
そう言った時の高月の顔は驚くほど真剣だった。
だが、すぐさまニヤリと笑い「そんな中で貴女がどう過ごすかとても興味深いなぁ。『臨玲の愛梨ちゃん』って観察日記を貴女のクラスメイトにつけてもらえないかお願いしたいくらいだわ」とボクをからかった。
「フン」と鼻を鳴らし、ボクは自分の席に戻る。
ボクは天才だ。
できないことは何もない。
周りの目を気にしてそれを隠していたが、日々木さんとの運命の出逢いを果たし隠す必要を感じなくなった。
もっと自分をアピールしたいと思ったが、これまであまり機会がなかった。
前回の試験では直前にやる気を出したので十分に力を発揮できなかったし、運動会でもリレーに出られなかった。
高校で再び一般人に紛れて過ごすことにするのか。
それとも、ボクの実力を存分に知らしめる場所を求めるのか。
こんなに自分の気持ちが揺れ動いたことは初めてだった。
ロングホームルームでは来週の修学旅行の班ごとに集まって話し合いが行われた。
1泊2日に短縮された修学旅行のキャンプで行う、後日発表する研究テーマを決めろだなんて煩わしいことだ。
同じ班の津野さんは「怜南、決めて」と丸投げしていた。
ボクも高月が決めてくれたらいいなくらいの気持ちでいた。
「私が決めていいの? なら、愛梨ちゃんの自意識過剰について研究発表しようか」
「なんだよ、それ」とボクは憤慨する。
キャンプなんだから自然観察だとか、料理やキャンプ生活のあれこれだとかを発表するんじゃないのか。
そんなボクの気持ちをせせら笑うように「ほかと一緒じゃつまんないでしょ」と高月は話す。
「だいたい自意識過剰じゃないから」
「えー、自覚ないの?」と目を丸くする高月をボクは睨みつけた。
「じゃあ、そうね。中学生の意識調査ってどう?」と高月が提案する。
「キャンプと関係ないじゃない」
「都会っ子の中学生が自然の中に来てどう感じたかインタビューして回るのよ。これなら日々木さんと話すきっかけができるわよ?」
高月はニヤニヤとこちらを見る。
その笑顔が癪に障ったが、悪いアイディアではないかもしれない。
「アンケートを書いてもらうので良くない?」と尋ねると、「直接聞くから本音を聞き出せるのよ」と高月は言い、「男子は私と心花で回るから、女子はよろしく」と仕切られてしまった。
まあ、いいか。
津野さんとのお喋りに夢中になる高月を見ながらボクはそう思った。
それに……。
藤原先生の言葉を思い出す。
「どうしても臨玲に行きたいのなら日野さんに相談してみると良いわ」
運動会に参加した彼女は修学旅行にも来るそうだ。
授業には一度も出て来ないのに。
話すとしたらその時……。
ボクはそう思いながら長く息を吐いた。
††††† 登場人物紹介 †††††
澤田愛梨・・・3年1組。自称天才で、実際に学力や運動能力はかなり高い。家庭の経済力は中の上。能力を隠す生き方をしていたので私立中学への受験はしなかった。
高月怜南・・・3年1組。外見が良く男子からの人気が高い。学力も優秀。小学生時代はある意味やりたい放題で、中学受験には興味がなかった。
津野
日々木陽稲・・・3年1組。美少女にしていまや学力もトップクラス。中学受験はしたが緊張して実力を発揮できなかった。それがトラウマになっていたが可恋によってある程度改善された模様。
日野可恋・・・3年1組。ほぼ独学で大学生レベルの学力を有している。体質の問題もあって私立中学受験は行わなかった。
藤原みどり・・・3年1組担任。国語担当。学生時代は優等生。彼女の頃にはいまと同程度の中学受験率だったが、そのことについて固く口を閉ざしている。(好きな男子ができてそれに気を取られて勉強が疎かになり本命に落ちただとか、滑り止めに行くより彼と同じ地元中学に行きたいと駄々をこねただとか、その彼に中学生になって告白したらあっさり振られただとか、そんなことは決してないからね!)
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