第500話 令和2年9月17日(木)「会議」久藤亜砂美

「それでは会議を始めます」


 放課後の会議室に集まった面々に向けて原田さんがそう宣言した。

 今日は3年生が不在なので、2年生6人が顔を突き合わせている。


 運動会が終わり、3年生の修学旅行や中間テストを挟んで来月末に文化祭が開かれる。

 生徒会として関与するのは文化祭のみなので、運動会が終わった直後からここに向けて一斉に動き始めた。

 現執行部での学校行事もこれが最後となる。


 運動会同様文化祭も新しい生活様式に則ったやり方が模索されている。

 中学なので飲食系の催しはもともとなかったが、合唱などは感染防止策が試行錯誤されているところだ。

 3年生は修学旅行がこの時期に延期されたこともあって各クラス展示企画となってしまった。

 1、2年生はいま何をするか頭を悩ませているところだが、一般公開がないので盛り上がりには欠ける印象だ。

 そんな中で目玉となるのがこの会議で話し合われるファッションショーのイベントだった。


 当初は手芸部の企画だったが、部員数が少なく単独での開催は困難だった。

 そこで、ダンス部や生徒会、さらに2年2組のクラス企画とも兼ね合わせることで実現への道を開いた。

 生徒会としては文化祭を盛り上げるために協力を惜しまないという建前で参加することになった。

 現実は日野先輩や日々木先輩の圧力によって生徒会長を動かしたといったところだが。


 クラスの協力を取り付けた原田さんが現在の進捗を説明する。

 昨年のノウハウがあるので一点を除いてとても順調だと話すが、その顔色はあまり良くない。


「最大の、というより唯一の問題は衣装集めなんだよね」


 モデル役はダンス部と生徒会から出すことになっている。

 ダンス部から参加する生徒はウォーキングもすぐにマスターするだろう。

 生徒会の方は私、ハルカ、鈴木さんは問題ないと思われる。

 あとのメンバーはかなり不安だが、無様な歩き方をしても本人が恥をかくだけで済むはずだ。


 舞台については昨年のものがあり、飾り付けその他を2年2組が担うことになっている。

 2組の文化祭実行委員である鳥居さんが原田さんの隣りに控えていて、クラスの活動は大丈夫だと請け負った。


「衣装をレンタルだけで賄うのは予算的に厳しいわね」


 寄り合い所帯での企画だけに予算は比較的潤沢だ。

 とはいえそこは公立の中学校なので、潤沢といってもたかが知れている。

 私は生徒会代表としてこのイベントの予算管理を任されていた。


「みんなが持っている良い服、高い服を集めただけじゃパッとしないと思うんだよね。もっと凄いと思わせるものがないと盛り上がらないっていうか……」


 腕を組んで考え込む原田さんに対して、「インパクト重視ならいっそ水着にするとか」と辻さんがアイディアを出す。

 もちろん即座に秋田さんが「それを着て人前に出ていくのは私たちなのよ」と窘めていた。


「コンセプトはコロナ下のファッションだけど、マスク以外にも統一感のある要素を入れた方が良いんじゃないの?」


 私の提案に原田さんはこちらを向いて「例えば?」と尋ねた。

 私は顔をしかめて「それを考えるのが手芸部の仕事でしょ」と突き放す。


「うーん、そうなんだけどね……」と原田さんは頭を抱えた。


「昨年はデート用のコーディネートだったんだから、今年もそれでいいんじゃない。いちばん関心が高そうなんだし」


 仕方なく私が口を開く。

 このままでは埒が明きそうにない。

 そもそも会議なのにまともに発言するのは原田さんと私だけだ。

 ハルカはまったく興味がなさそうだし、鳥居さんもクラスのこと以外は原田さんに任せ切っている。

 ダンス部のふたりはひそひそと自分たちで会話をするだけで、ファッションショーのことはほとんど他人事という感じだった。


「去年とまったく同じっていうのは……」と渋る原田さんに「マスクを着けるっていう違いがあるのだからいいじゃない」と私は苛立った。


「ダンス部のふたりはどう思うの?」


 私が話を振ると、「デートか……」と呟いてふたりは顔を見合わせた。

 辻さんが「ほのかはどんなのが着たい」と小声で囁き、秋田さんは顔を赤らめている。

 イチャイチャしているだけのように見えて、私は「意見を聞いているの」と尖った声を出した。


「あー、まあ、いいんじゃない?」と辻さんが答え、秋田さんも頷いた。


「ああ言っているわよ」と私は原田さんに向き直る。


 文化祭まで1ヶ月以上あるとはいえ、連休や定期テストがあって油断をすれば時間が足りなくなりそうだ。

 ファッションショーが失敗しても構わないと言いたいところだが、私が生徒会に入って初めて全面的に任された案件だ。

 私も舞台に立つ以上あまり無様なものにはしたくない。


「今日は日々木先輩が来ていないし、もう少しだけ考えさせて」


 多数決でも取ろうかと考えていたところで原田さんがようやく口を開いた。

 3年生は修学旅行に向けた準備に忙しく、生徒会室に住んでいるのかと思うくらいいつもいる生徒会長すら今週はほとんど姿を見せない。

 放課後にロングホームルームのようなものを連日行っているそうだ。


 私はこれ見よがしに溜息を吐くと、「皺寄せは自分たちで処理することね」と彼女の希望を受け入れた。

 無理やり決めたところであとでひっくり返されてはたまらない。

 彼女ひとりの意見なら撥ねつけられても、先輩の意見と言われれば受け入れざるをえない。


 その後も衣装の集め方について意見を出し合い、今日の会議は終了した。

 私がハルカと部屋から出ようとすると、原田さんに声を掛けられた。


「久藤さんが意見を出してくれるから助かるよ」


 1年生の時は対立することが多かった。

 いや、対立というより力関係は一方的で、彼女は蟷螂の斧を振りかざしている感じだった。

 それでも諦めずに刃向かってくる彼女のことが私は嫌いだった。

 向こうはそんな私以上にこちらを嫌っていただろう。


「私が黙っていたら会議が進まないでしょう」


 私に取り入ろうという下心が彼女にあれば扱いやすいが、そういうものは感じられない。

 計算のない真っ直ぐさが私の苦手とするところだった。

 だから、馴れ合う気にはなれない。


「あかりたちが色ボケでいつも以上に使えないからね」と彼女は苦笑する。


「そうね。私たちばかりが苦労するのは割に合わないわね。ダンス部にはもっと踊ってもらわないと」


「そうだよね。頭を使わないなら労働で補ってもらわないとね」


 珍しく意見が一致した。

 共犯者的な含み笑いで視線を交わす。


 ……仕事をサボる奴らに災いあれ。




††††† 登場人物紹介 †††††


久藤亜砂美・・・2年1組。生徒会役員。昨年の文化祭では準備を朱雀らほかのクラスメイトたちに押しつけ仕事をサボっていた。


小西遥・・・2年4組。生徒会の正式メンバーではないが親友のアサミと一緒にいることが許されている。2年生の中では最強の不良。


原田朱雀・・・2年2組。手芸部部長。久藤、小西、原田、鳥居の4人は1年3組のクラスメイトで、久藤グループに支配された教室内に居場所がない状態だった。昨年ファッションショーを主催した日々木先輩に憧れ、今年はプロデューサーとして開催を目指す。


鳥居千種・・・2年2組。手芸部副部長。朱雀の親友。普段は中二病っぽい発言を行うが、普通の会話もこなせる。


辻あかり・・・2年5組。ダンス部部長。朱雀とはバレンタインの一件以来友人関係。亜砂美とはほのかの件で対立関係にある。ただし、ふたりの世界に浸っていて亜砂美のことなどどうでもいいという話も。


秋田ほのか・・・2年1組。運動会の練習中のトラブルで亜砂美に借りを作った。更に、彼女にいろいろ言われたことでダンス部を辞めるかどうかというところまで追い詰められた。それは乗り越えたものの亜砂美に対しては強く出られない状況になっている。

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