第498話 令和2年9月15日(火)「新部長」島田琥珀

「今日からダンス部の部長となった辻あかりです。改めてよろしくお願いします」


 大勢の部員の前であかりが一礼した。

 今日の放課後は多目的室を使ってダンス部のミーティングが行われている。

 あかりは部員たちの拍手が鳴り止むまで頭を下げていた。


 そのあかりがゆっくりと上体を上げる。

 その顔は自信に満ち溢れていた。

 1年前の頼りなさげな少女とは別人のようだ。

 彼女を見ていると、人は変わるんだという当たり前の事実に気づく。

 当たり前なのになかなか気づきにくい事実に。


 続いて、わたしが前に出る。

 軽く頭を下げてから居並ぶ部員たちの顔を見る。

 マスクをしている女の子たちの視線が一斉にわたしに向けられていた。

 ……なんだか怖いな。

 見知った顔ばかりなのに、一瞬そう感じた。


「副部長の島田琥珀です。ダンス部のためにより一層頑張りますのでよろしゅうな」


 最後を関西弁のイントネーションで発言するとようやく部員たちの顔に笑みが浮かんだ。

 わたしもニッコリ微笑み、「部長が頼りない思うたら、うちに相談してな。部長の尻をうちがビシバシ叩いたるさかいに」と発言すると、今度は笑い声も上がった。

 あかりはわたしを見ながらニヤリと笑っている。

 たいした余裕だ。


 わたしはお辞儀をしてから自分の席に戻る。

 入れ替わりに前に出たのはほのかだ。

 ぎこちない動きで、かなり緊張しているのがこちらにまで伝わってくる。


「えーっと……、私も副部長になりました。2年1組の秋田ほのか……です。よろしくお願いします」


 わたしは習い事や塾に通い、学級委員にも就いているためかなり多忙だ。

 そこで、ほのかにも副部長として役割を分担してもらうことにした。

 あかりは藤谷さんを除く2年生部員全員に何らかの役職を担当してもらう予定だと言って、わたしの提案に賛成してくれた。

 ほのかはあまり気乗りしていない様子だったが、あかりに頼まれると断らなかった。


 それだけで自分の席に戻ろうとするほのかに、「もう少し何か言うてえな」とわたしがツッコむ。

 あかりはあとで部長として所信を語る予定だが、ほかのメンバーはこのタイミングでしか話す機会がない。

 笑いを取れとは言わないが、せめてひと言アピールするべきだろう。


 わたしをジロリと睨んだほのかは、今度はあかりに視線を向けた。

 あかりが笑顔でひとつ頷くと、渋々といった態度で挨拶したポジションに戻った。


「私は時々、というか結構、キツいことを口走ることがあります。上手くなって欲しいと思ってなんですが、自分でも良くないと分かっています。変えようとはしていますが……」


 そこでボソボソと話していたほのかの言葉が止まる。

 言い過ぎてのトラブルは先の運動会の創作ダンスでも起きた。

 もともと口が悪く、他人を見下すような発言が多かった。

 あかりの影響で少しずつ改善されてきたが、それでもたまに出てしまう。


 部員たちは息を潜めて彼女の言葉の続きを待っている。

 頭の中が真っ白になったらしい彼女にどう助け船を出してあげようかとわたしが思い悩む間もなくあかりが動いた。

 あかりは音もなくほのかに近づくと、彼女の肩に手を置いてみんなに向かって声を掛けた。


「あたしたちはまだまだ未熟です。ほのかだけでなくあたしも、ほかの2年生部員も上に立つことには慣れていません。1年生にガッカリさせてしまうことがあるかもしれません」


 そこまで一気に言うと、一度チラッとほのかに視線を送った。

 そして、あかりはもう一度部員たちに向き直る。


「これからあたしたちは一生懸命”先輩”と呼ばれることに恥じないように頑張っていきます。何か問題が起きたらダンス部全体で解決しますから、みなさんも協力してください」


 あかりが深く頭を下げると、ほのかもあとを追って頭を下げた。

 部員たちから拍手が起きる。

 先ほどよりも大きな拍手が。


 その後は細々な担当が発表されていった。

 3人の1年生マネージャーも紹介された。

 1年生の部員数が多いので、ダンス部はかなりの大所帯となっている。

 練習の準備ひとつを取っても様々な仕事があり、3人のマネージャーだけではこなしきれない。

 これまでは適当にやってきたことも今回の世代交代を機にルール化していくことになった。

 1年生部員を班分けし、マネージャーの下に準備の手伝いをするなどがそうだ。

 細部はこれから詰めていく必要があるが、これでダンス部も随分変わるだろう。


 今後の予定などの連絡が終わると、ミーティングの最後にあかりが再び前に立つ。

 新部長の決意表明だ。

 さすがにあかりの顔も強張っている。


 今年度は1年生の入部が7月にずれ込んだため、3年生部員と新入部員との接触はかなり限られていた。

 これは意図的なもので、新しい部長や副部長が前任者と比較されずに済むための配慮だった。

 このダンス部を作り上げた初代部長や副部長は偉大だ。

 とてもではないがわたしたちじゃ真似できない。

 1年生部員に事あるごとに比べられたのではやっていけそうにない。


 そんな配慮のお蔭でわたしも少しは余裕があったのだが、決意表明となるとほかの2年生部員の視線にもさらされる。

 部長としてのリーダーシップとなると、どうしても笠井先輩を意識してしまうことになる。


「あたしは笠井部長に憧れてダンス部に入りました」


 よく通る声であかりが話し始めた。

 ここにいる誰もが彼女の言葉に真剣に耳を傾けている。


「部長はすべての部員に目を配りつつ実力優先だと断言していました。学年に関係なく実力のある子を優先しながら、それでも団結してまとまるダンス部を作り上げました」


 あかりは笠井先輩と同じく元ソフトテニス部だ。

 あかりによるとソフトテニス部は練習している子が白い目で見られるような環境だったらしい。

 それに嫌気がさして先輩はダンス部を作ったと聞いている。


「大会があってそれに向かって団結するのならできるかもしれませんが、そういうのなしにやってのけた部長は凄いと思っています。自分ならどうするか考えても、まったくできるとは思えません」


 危機はあったが退部者を出さずに創部1年を乗り切った。

 一応、全国大会出場を目標に掲げていたものの、わたしたちにとってそれは漠然としたものだった。

 結局、大会は中止となり、いまも大会のことはあまり頭にはない。


「部長の思いを引き継ぎたいと思っていますが、同じことを目指すのはあたしには無理です」


 ここまでは1年生に向けてというより2年生部員に向けての言葉だっただろう。

 笠井部長の方針に従っていたわたしたちは、新しい部長のやり方に気持ちを切り替える必要があるのだ。


「そこで考えたのが、ダンス部への貢献というものです。上手くなることは非常に大きなダンス部への貢献ですが、それ以外にもいろいろな形で貢献できることはあると思います」


 ダンス部への貢献。

 それは副部長だった須賀先輩が1年生の可馨クゥシンちゃんに伝えた言葉だった。


「あたしも考え始めたばかりで分からないことがいっぱいです。何が部への貢献となるのか、ひとりひとり違う考え方があるでしょう。そうしたことを一緒に考えていくこともダンス部の活動の一環だと思います。自分のためにやるべきこと、仲間のためにできること。それがダンスであり、部活動なんじゃないでしょうか」


 あかりは笠井部長と違いダンスの実力で引っ張って行くタイプではない。

 きっかけは副部長の言葉だったが、おそらく自分がダンス部に貢献できることは何か相当考えたに違いない。


 運動会の創作ダンスでもあかりのクラスはユニークな試みをした。

 クラスメイトの大半にシンプルなダンスを踊ってもらい、それを利用することで主力メンバーのダンスを印象的にした。


 ダンスはソロでもできる。

 だが、人が増えることでできることも増えていく。

 仲間がいるから頑張れたり、成長できたりする。

 それをもっとも実感しているのがあかりだろう。


 あかりの発言に対して戸惑った顔が多く見られた。

 ほのかをサポートした時のような盛大な拍手は起きなかった。

 1年生だけでなく2年生の中にも理念が浸透するのに時間が掛かるだろう。

 それでも、あかりならやってのけそうだ。

 わたしもついているのだしね。




††††† 登場人物紹介 †††††


島田琥珀・・・2年1組。ダンス部副部長。関西弁を操りコミュ力は高い。生徒主導の部の運営に興味を惹かれて部活を続けている。


辻あかり・・・2年5組。ダンス部新部長。笠井前部長と大坂なおみ選手に憧れている。


秋田ほのか・・・2年1組。ダンス部副部長。新エースの期待がかかるが、コミュニケーションは苦手。


笠井優奈・・・3年4組。元ダンス部部長。運動会のダンスでやり遂げた感がありしばらくは余韻に浸りたい気分。


須賀彩花・・・3年3組。元ダンス部副部長。早速受験に気持ちを切り替えた。ただしダンス部へのサポートは必要な限り続ける予定。

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