第459話 令和2年8月7日(金)「魔王の手先」矢口まつり

 朱雀ちゃんが大きな大きな溜息を吐いた。

 いつも絶好調というのは言い過ぎだが、前向きで意欲旺盛な彼女にしては珍しい光景だ。

 原因ははっきりしている。


「すーちゃんは勇者パーティのメンバーを集めようとしているのに、1年生からは魔王の手先だって思われているものね」


 千種ちゃんがダメ押しする。

 7月に部活が解禁されて以降、新入部員勧誘に精力を傾けているのに、とうとうひとりも入らないまま夏休みを迎えてしまった。

 毎日休み時間にわたしと千種ちゃんは朱雀ちゃんに引きずられて1年生の教室に向かった。

 そこで朱雀ちゃんは声を掛けまくった。

 それだけやっても、というか、そういう押しの強さが敬遠されてこの結果に至ったのだと思う。


 同学年なら笑って済ますことも先輩後輩の間だとパワハラっぽくなってしまう。

 朱雀ちゃんの多少の強引さは魅力でもあるのだけど、1年生には理解されなかった。

 手芸部が全校生徒のマスクを作って配布したというアピールも、大変な部活というマイナスの印象を持たれたようだ。

 本当なら千種ちゃんやわたしがもっとサポートできれば良かった。

 でも、千種ちゃんは相変わらずの喋り方で聞いている1年生は呆然としてしまうし、わたしに至っては見知らぬ1年生の前に立つと緊張して言葉が出て来なかった。


「廃部の危機って訳じゃないから焦らない方がいいんじゃないかな」


「甘い! 甘いよ、まつりちゃん」


 わたしの言葉に朱雀ちゃんが大声で反応する。

 彼女はわたしを指さし「このままじゃファッションショーができないのよ!」と声を張り上げた。


 夏休み初日。

 今日は部員3人が朱雀ちゃんの自宅に集まっている。

 朝から暑かったが、彼女の部屋は冷房が効いていて人心地ついたところだった。

 そんなわたしの心をかき乱すように朱雀ちゃんは吠える。


「昨年の文化祭で見た日々木先輩のファッションショー。いまも瞼を閉じるとはっきり思い出せる……。あの再現こそが手芸部の使命だと信じて頑張ってきたのに、人手もお金も全然足りなくてもはや風前の灯火!」


 朱雀ちゃんは立ち上がってお芝居のように長口上を振るった。

 思い出すくだりでは上を見上げ、胸に手を当てた。

 最後は拳を握り締めて力を込めてみせた。

 そんな力説ぶりに口を開けてポカンとしていると、「人手が足りないと服を集めるのも難しいのよ!」と彼女は頭を抱え出す。


 舞台などは昨年のものが流用できるそうだが、足りないのはモデルと衣装だ。

 昨年はモデルのウォーキングの練習を1学期のうちから始めていたらしい。

 それだけでも出遅れているのに、まったく目処がついていないのが衣装だった。


「レポートによると、昨年利用した衣装の大半は日々木先輩と松田さんという人が提供したものを借りたそうなの。普通の中学生の一張羅を持ち寄ったってあんなに豪勢なファッションショーはできないのよ」


 参考用に渡された、昨年度の文化祭で行われたファッションショーの詳細なレポートのコピーが朱雀ちゃんの手元にある。

 日野先輩が作ったもので、具体的にどんな準備をしたかが事細かに書かれていた。

 わたしたちは手芸部なので服作りは無理でもちょっとした細工で見映えを良くすることはできると朱雀ちゃんは考えていた。

 しかし、現状はスタートラインから一歩も前に進んでいない。

 朱雀ちゃんが危機感を抱くのももっともな話だ。


「手伝うと言ってくれる子はいるけど、主力となって動いてくれる人があと何人かいないとわたしたちだけではキャパオーバーなのよね……」


 ファッションショーは手芸部だけの力ではとても無理で、最初から有志の協力を前提としていた。

 だが、それにしても中核を担う手芸部がこのふたりプラス頼りないわたしだけでは大変なのは目に見えている。


「日々木先輩に頼るというのは……」とわたしが弱音を吐くと、「受験生だからねぇ……」と朱雀ちゃんは肩を落とした。


 協力をしてもらうにしても先輩に負担は掛けたくないというのが朱雀ちゃんの思いだ。

 その気持ちはよく分かるだけに、わたしはどうすればいいのか途方に暮れてしまった。


「勇者は……」とそれまで黙っていた千種ちゃんが口を開いた。


「魔王を打ち倒すのは自分のパーティでないとダメなのかな?」


 わたしは言っている意味が分からずキョトンとしてしまったが、朱雀ちゃんは即座に「打倒魔王が目的なら手段は何でもいいんじゃない」と答えた。

 千種ちゃんはひとつ頷くと、「手芸部のことは忘れよう」と言い出した。

 わたしは頭に疑問符が浮かび、朱雀ちゃんも千種ちゃんの方を見て続きの言葉を待っている。

 それなのに千種ちゃんは言いたいことを言ったというスッキリした顔で手元のスマホに目を向けた。


「ちーちゃん、それだけじゃ分かんないよ」と朱雀ちゃんが促して、再び千種ちゃんが顔を上げる。


 なぜ分からないのかという顔つきで千種ちゃんは「2年2組の出し物としてファッションショーをするの」と説明した。

 それを聞いた朱雀ちゃんはカーペットの上に胡座をかいて座り、腕を組んで考え込み始めた。


 確かにクラスの出し物にすれば人手は確保しやすい。

 とはいえ課題は多い。


「クラスのみんなが賛成してくれるかな? 男子が手伝ってくれるかどうかも不安だよね。あと、クラス外の協力は難しくなる?」


 思いついたことをわたしが口にすると、「そこは勇者の仕事」と千種ちゃんは朱雀ちゃんに丸投げする。

 昔からこのふたりの関係は、朱雀ちゃんの思いつきを千種ちゃんが具体化し、朱雀ちゃんの行動力でなんとかしてしまうというものだったようだ。

 漠然とどうしていいか分からない状況よりは問題点がハッキリしたかもしれない。


「2年2組、手芸部、ダンス部の共同企画って形にできないかな。生徒会にお願いしてみようか?」


 それまでとは違い吹っ切れた顔で朱雀ちゃんが言った。

 すかさず千種ちゃんが「女神様の御神託をお願いするのがいいかも」とアドバイスする。

 少し考えてから朱雀ちゃんは「そうだね」と頷いた。


 朱雀ちゃんが日々木先輩にメールを送ると、しばらくして日野先輩から返信があった。

 そこには動き出すのが遅いというお叱りの言葉と、原田朱雀総合プロデューサーの下に2年2組、生徒会、手芸部、ダンス部を置く形でのファッションショー実行計画の提案が記されていた。

 日々木先輩が非常に乗り気なので夏休み中に主要メンバーを集めた会合を開くようにとの指示も添えてある。


「本当に魔王の手先だね」と口に出してから、わたしは慌てて朱雀ちゃんを見た。


「女神様のためなら魔王の軍門に下るくらいなんでもないわ」


 朱雀ちゃんの鼻息が荒い。

 この方が彼女らしくていい。

 千種ちゃんもわたしと同じ思いなのか温かい目で朱雀ちゃんを見ていた。


「ちーちゃんは大変だと思うけど、衣装を担当して。わたしもサポートするから」


 朱雀ちゃんが千種ちゃんと視線を交わし合う。

 ふたりの信頼の厚さが伝わってくる。


「まつりちゃんはモデル担当ね。頑張ってね」


 いきなり大役を振られ、わたしは「え、え、えー!」と慌てふためくことしかできなかった。




††††† 登場人物紹介 †††††


矢口まつり・・・2年2組。手芸部。昨年手芸部が創部された際に朱雀によって強引に入部させられた。朱雀の行動力の高さに憧れている。


原田朱雀・・・2年2組。手芸部部長。1年生ながら手芸部を創部した。その時協力してくれた日々木先輩を女神様と慕っている。一斉休校のあと手芸部として布マスク作りに励み全校生徒に配布するという実績を残したが、新入部員の確保に苦しんでいる。


鳥居千種・・・2年2組。手芸部副部長。朱雀の幼なじみ。可愛い外見なのに発言が厨二っぽくて周囲からは浮いている。朱雀を勇者に見立て、”魔王”日野先輩を討伐に向かうマンガをクラスメイトと描いている。可恋が魔王と呼ばれるようになった元凶のひとり。


日々木陽稲・・・3年1組。ファッションに興味があり将来の夢はファッションデザイナーという美少女。手芸部のことを気にかけている。現在可恋と暮らしている。


日野可恋・・・3年1組。昨年度手芸部やダンス部の創部に手を貸した。現2年生に”怖い先輩”という呼ばれ方が広まっているが、意図的にそれを黙認していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る