令和2年8月

第453話 令和2年8月1日(土)「学校見学」****

「……あっ、んんっ」


 少女の息づかいと恥じらいを含んだ喘ぎ声が耳に心地いい。

 きめの細かい肌はみずみずしく、手に吸い付くようだ。

 まだ成熟していない胸の膨らみを優しく、時に荒々しく刺激すると、唇から漏れ出す声がさらに大きくなった。


 私は目の前の女の子の反応にだけ意識を集中させる。

 膨らみの先端を指先で軽く弾くと幼さの残る顔立ちが獣のように歪んだ。

 開いた口元に自分の唇を重ねる。

 強引に舌を差し込むと、彼女は躊躇いながらそれを受け入れた。


 このまま壊してしまいたいという思いが心の底から湧き上がる。

 このどす黒く渦巻く感情こそが私の本性だ。

 だが、いつものようにそれを押しとどめ、私は丁寧な愛撫を続けた。

 ベッドの上でこんなに反応が良い少女は貴重だ。

 たとえそれが演技であっても、私を喜ばそうと思ってしたことなら可愛いじゃないか。


 昨夜の余韻に浸っていると、「間もなく到着します」と運転手を務める同行者から声を掛けられた。

 私を乗せたセダンは鎌倉の街中を進んでいる。

 落ち着いた街並という印象があり、学校生活には適しているように感じる。

 だが、これから向かう先のOGである同行者は「コロナ以前この街は観光客で溢れかえっていました」と教えてくれた。


 伝統あるお嬢様学校と言っても正門はごく普通の造りだ。

 守衛に開けてもらい車は校内に進入する。

 緑が多く広々としている。

 しかし、すぐにたどり着いた建物は古びていて、趣があると言うよりも黴臭く寂れた印象だった。

 運転を担当した女性が先に降り、私の横のドアを開けてくれる。

 エスコートを受けて軽やかに車外に出るが、外気の蒸し暑さに不快感が襲ってきた。


 玄関ホールには3人の女性が待っていた。

 中央に立つのは若々しい感じの人で、スーツに身を固めノンフレームの眼鏡を掛けている。

 その人の指示で女性のひとりが車のキーを受け取って駐車場まで運んでくれるようだった。


 エントランスから中へ入ろうとするが、そこにはスリッパが2足並べてあった。

 安っぽいプラスチック製であり、それに履き替えろというのが明白だった。

 私はその前で足を止める。

 表情には出さないが、すぐに同行者の女性が私の意図に気づき、案内役に耳打ちした。

 その女性は即座に「申し訳御座いません。そのままでどうぞ」と頭を下げた。

 彼女の横にいる少し年配の女性は眉をひそめていたが、謝罪した女性はまったく感情を顔に出さない。

 私は躊躇うことなく黒のパンプスのまま廊下を歩き出した。


 さすがに清潔感のある屋内だが、女子高からイメージされる華やかさとは無縁だった。

 生徒が利用する区画ではないのかもしれないが、殺風景すぎる。

 案内役は新校舎の建設を予定していますと話すが、それがいつ完成するかについては口を濁した。


 応接室のような部屋に到着し、椅子に腰掛ける。

 その部屋を観察する間もなく、すぐにその奥の部屋へと招かれた。

 そこも広さだけはあるが飾り気のない部屋だった。

 目立つのは重厚な机だけで、ほかは必要最小限のものがあるだけだった。


「どうぞこちらへ」と案内されたソファは真新しいものの高級感からはほど遠い。


 私の向かいに着席したのは学園長を名乗る女性で、白髪で上品そうなお婆さんだった。

 その学園長と私、私の同行者の前に紅茶が提供され、私を案内した切れ者風の女性は学園長の背後に立った。

 学園長はこの学校の魅力を滔々と述べるが、彼女同様毒にも薬にもならないつまらない内容だ。


 これまでも何校か高校を見学している。

 私を特別扱いしてくれそうなのは良いが、それ以外にここが勝るものはなさそうだった。

 関東では名の通った伝統校だが、いかんせん最近はパッとしない。

 理事長と学園長が対立していたという噂がインターネットでも知れ渡っていたくらいだ。

 その争いに決着がつき、立て直すための新たな目玉として私を迎え入れたいと聞いている。

 だが、それに付き合う義理はない。


 春に就任したばかりの学園長の話が終わった。

 この高校は論外という評価を下したが、それを微塵も感じさせないように私は振る舞う。

 施設の見学を勧められたが、この暑さの中で広い校内を回る気はしなかった。

 体調面の不安を口実にしてそれを断り、言質を取らせない範囲で入学に前向きだと相手に伝える。


 もう二度とここに来ることはないだろうなと思いながらエントランスまで戻って来た。

 私の同行者が「車を取って来ます」とその場を離れた。

 回しておけよ、気が利かないなと思った私の耳元で「興味を惹かれなかったご様子ですね」と囁かれた。


 私はあえて驚いた顔で「そんなことは御座いません。素敵な学校だと思います」と応じる。

 眼鏡の奥の鋭い眼光が私を見据えていた。

 彼女は30代だが理事長の右腕として手腕を発揮したと、事前に同行者から聞いていた。

 学園長よりよっぽど権力を持っていそうだった。


「建物や設備などの外観はお金と時間があれば解決できますが、それよりも中身が重要です。学校で言えば人材です。教師はなんとかかき集められますが、生徒は制約が大きく困難を極めます」


 言わんとすることは理解できる。

 だからこそ広告塔として私を是非とも入学させたいのだろう。

 そう思った私に彼女は不敵な笑みを浮かべた。


「苦労はしましたが、ようやく目処が立ちました。臨玲は必ず再生します。あなたの力を借りなくても」


 それが見え透いた挑発であることは間違いない。

 こんな挑発に乗るなんて馬鹿げたことだと私も理解している。

 頑張ってくださいねとニッコリ微笑むと話はそれで終わる。

 この学校の未来なんて私にはどうでもいいことだ。


「そんなことを口にして良いのですか?}


 私は笑みを深めてそう尋ねた。

 このことが理事長の耳に入ればどうなるだろう。

 私の入学は理事長たっての希望だと聞いている。

 挑発に挑発で応じるなんて愚かなことだが、若気の至りだから仕方がない。


「私は結果だけを求めていますし、結果以外に興味はありません。こんなことで理事長の不興を買いこの職を失ったとしても、理事長が私に釣り合う人物ではなかったと証明するだけです」


 彼女は気位の高さを私に示した。

 私が興味を引くのは昔から人だった。

 関心を持つと、その人の一挙手一投足にまで目が向く。

 身体の動きも心の動きも飽きるまで観察し続けた。

 それがあるからいまの私があった。


「退屈させないと約束してもらえますか?」


 私の問い掛けに彼女は「ええ、もちろん」と即答した。

 彼女は自信を持って「約束を違えたら、どんな罰でも受けますよ。どんな命令でも聞きますよ」と滑らかに言葉を紡いだ。

 歳上すぎて恋愛対象にはならないが、私の中の嗜虐心はむくむくと湧き上がる。

 とはいえ、彼女の約束が違えることはないだろう。

 そんな確信が私の心を満たしていた。

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