第452話 令和2年7月31日(金)「ダンス部の伝統」辻あかり

 ダンス部には伝統がない。

 創部してまだ1年経っていないのだから当然だ。

 だから、何をするにしても生徒自身で考えながらやらないといけない。


「1年はどんな感じ?」


 ダンス部は練習と練習の合間の休憩が多い。

 その時に頭の中を整理したり、他の部員と意見交換をしたりする。

 それもまた貴重な練習の一部だ。


「1班のふたりはもうAチームでやれそう」


 あたしの質問にほのかが淡々と答える。

 今日は彼女に1年の様子を見てもらっていた。


「あのふたりは入部したての頃のあかりより上だね。当時の私や藤谷ほどではないけど」


 ほのかの評価は嬉しくもあり、ヤバさを感じるものでもあった。

 今後のダンス部のために優秀な部員はひとりでも多く欲しいところだが、自分より上手い後輩の存在は先輩として辛いものがある。

 負けてはいられないのだが、練習以外にも部の雑用が多く、ほのかとの自主練のお蔭でなんとか練習についていけている状態だ。


「2班も順調やと思うんよ」と答えたのは琥珀だ。


 彼女は1年の2班担当なので現状をよく分かっている。

 あたし以上に練習する時間の確保が難しい琥珀はAチーム入りを辞退して後輩の指導に重心を移していた。


「2年はマネージャーがおらんし、裏方をする子が必要やと思うんよ」というのがその理由だった。


「1年は部員数が多いからマネージャーをやりたい子がいないか何人かに打診してみたいね」とあたしは提案して部長たちの許可も取り付けてある。


 マネージャー候補のいる3班については、「岡部先生が楽しく身体を動かすところからやっているので、まだダンスの形にはなっていない」というのがほのかの評だ。

 岡部先生は現在2年女子の体育を受け持っている。

 1年の時から授業を受けているが、生徒を楽しませることがとても上手だ。

 しかも個別にちょうど良い目標を与えてくれるので達成感があった。

 ダンス部では基礎的なところしか指導してくれないが、入部したての1年生には最適だろう。


「とりあえず各班のリーダーを決めて練習後に報告してもらおうと思っているんだけど」


 部活が再開されて1ヶ月が経つ。

 新入部員にとってはまだそこまでの時間は経過していないが、少しずつ部の一員として役割を担って欲しいと考えていた。


「そやね。人数も多いし、リーダー格の子を早めに取り込んでおきたいところやね」と琥珀が賛成し、ほのかも頷いた。


「1班のふたりは確定として……」と言ってあたしは琥珀を見る。


「2班やと晴海さんと紺野さんかな。いいコンビやと思うんよ」


 あたしはふたりの顔を思い浮かべて了承する。

 そして、「3班はどうかな?」と尋ねると、「沖本さんやね。人数増やすにしても彼女に聞いてみた方がええんと違うかな」と琥珀はさすがによく見ている。

 あたしはほのかと琥珀を通してこのメンバーに今日の練習後に残ってもらうよう伝えた。


 狭い部室に2年生3人と1年生5人、それに面白そうだからと部長と副部長が残って10人が集まった。

 それだけでかなり密集した状況だ。


 部長は笑顔で「こいつが次期部長だからしっかり言うことを聞くように」と声を掛けて部屋の隅っこに引っ込んだ。

 こんな風に紹介されるのは初めてなので緊張する。


「えーっと、2年の辻あかりです。1年は人数が多いこともあって上の目が行き届かないかもしれません。そこで1年生部員同士で団結して欲しいと思っています」


 あたしは1年生部員たちの顔を見回す。

 どの顔も真剣だった。


「ダンス部は生徒主導で運営しています。創部して1年経たない中でもいろいろありましたが、仲間同士で支え合い退部ゼロでここまで来ました。それが目標という訳ではありませんが、互いに助け合う伝統を作りたいと思っています」


 それはおそらく部長たちが目指した形ではない。

 笠井部長は実力優先を掲げ、競争を部の基本方針とした。

 あたしはそれを引き継ぎつつ、同時に手を取り合う部活にしたかった。

 それは理想論かもしれないけど……。


 1年生のうち4人は納得するような表情だったが、ひとりだけ何か言いたそうな顔をしていた。

 あたしはその目を見つめ、「言いたいことがあったらどうぞ」と声を掛けた。


「コレハ日本ノ部活動ノヤリ方ナノカ……デスカ?」


「どこでも同じではありません。うちの学校でもソフトテニス部はもっと個人主義的というか、自分のやりたいようにやるという感じでした。あたしはダンス部に移ったから成長できたと思っているので、このやり方で進めていきたいです」


 目の前の少女――劉さんの日本語の理解力がどれくらいなのかよく分からないので、伝わったかどうか顔色をうかがいながらできるだけゆっくりと話した。

 彼女はじっくりと考え込んでから口を開いた。


「ワタシハダンスガ楽シイデス。ダンスノ練習ニ集中シタイデス」


 彼女の言いたいことはよく分かる。

 何と答えようか思案していると彼女はさらに言葉を続けた。


「デモ、須賀サンニ言ワレマシタ。部ヘノ貢献ガ必要ダト。ワタシハ考エマシタ。部活動ハ一方的ニ受ケルサービスデハナイ?」


「うん。スポーツクラブみたいなものとは違うと思う。ダンス部は先生から教えてもらう部活じゃない。部員が自分たちで目標を立て、そのための練習も自分たちで考え、みんなで協力してやり遂げてきたんだ」


 そういう努力を部長たちがやってくれたからいまのダンス部がある。

 あたしは振り向いて隅で見守る部長の顔を見た。

 目元が笑っている。

 あたしは安心して前に向き直り、劉さんと目を合わす。


「自分の練習時間を削ってでも後輩たちのために懸命に頑張ってくれた先輩たちがいる。そのお蔭で後輩は頑張ることができた。今度はあたしたちが後輩をサポートしていく。だから、あなたたちには仲間を、新たにできる後輩を支えて欲しい。それがダンス部の伝統だと思うから」


 劉さんは「ソレガ日本ノスタイルナノデスカ?」と尋ねた。

 ほかの1年生たちは感極まったような顔をしているし、これで説得できると思っていただけにあたしは言葉に詰まった。


「そうやで。日本には郷に入っては郷に従うゆう言葉もあるんよ。つまり、日本では日本のやり方でやってってことや」と琥珀がフォローする。


「自分ひとりの力では技術の上達は難しいと思う。仲間と協力し合った方が効率的に向上できると私は思うようになった」とほのかがそっぽを向いたまま話した。


「どうかな?」とあたしはおずおずと切り出す。


 これで嫌だと言われたら例外を認めよう。

 藤谷さんの例もあるので、絶対に部の運営に関わらなければならないという訳ではない。

 ダンスが楽しいという子を放り出すことはしたくなかった。


 劉さんは突然英語らしき言葉をまくし立てた。

 あたしは呆気に取られてしまう。

 琥珀とほのかの顔を見たが、ふたりとも首を横に振った。


 副部長が「英語を話すんだ」と口にして、「アメリカデ育ッタデス」と劉さんがようやく日本語を使った。

 沖本さん以外の1年生も驚いた顔をしたので知らなかったのだろう。


「ワカリマシタ。努力シマス」と劉さんが告げて、あたしはホッと一安心した。


 そのあたしの肩を部長がポンと叩いた。

 言葉には出さないが、励まされたようでもあり、認めてもらったようでもあった。

 あたしには部長のようなカリスマはない。

 ダンスの腕もたいしたことはない。

 それでも、このダンス部のために頑張ろう。

 あたしのできることを精一杯やりきろう。

 部長の姿を見ながらあたしはそう決意した。




††††† 登場人物紹介 †††††


辻あかり・・・中学2年生。ダンス部。元ソフトテニス部で、笠井先輩を慕って新設されたダンス部に移った。


秋田ほのか・・・中学2年生。ダンス部。2年生部員の中では1、2を争う実力を誇る。口の悪さから孤立しかけたが、あかりと仲良くなって部の中核にを担うように。


島田琥珀・・・中学2年生。ダンス部。塾や習い事などが多く自主練の時間が取れなくてずっとBチームだった。休校中に練習して先のオーディションでは結果を残したが、今後のことを考えて1年生のサポートを優先することにした。


恵藤奏颯そよぎ・・・中学1年生。ダンス部。姉は3年生部員の和奏。姉と異なりオープンな性格かつ運動神経も良い。3年生部員の早也佳に憧れている。


可馨クゥシン・・・中学1年生。ダンス部。中国国籍だが生まれ育ちはアメリカ。3年半前に来日し、3ヶ国語を話せる。


晴海若葉・・・中学1年生。ダンス部。小学生の時に公園で行われていたダンス部の練習を見て憧れた。奏颯と仲が良い。


紺野若葉・・・中学1年生。ダンス部。しっかり者。若葉と同名なのでコンちゃんと呼ばれている。


沖本さつき・・・中学1年生。ダンス部。誰とでも仲良くなれる性格の持ち主。小学生時代に可馨と友だちになり、可馨はそれまで通っていたインターナショナルスクールではなく彼女と同じ中学校へ進学することを希望した。


笠井優奈・・・中学3年生。ダンス部部長。ソフトテニス部に所属していたが生温い部のやり方に納得できずダンス部を立ち上げた。


須賀彩花・・・中学3年生。ダンス部副部長。その優しさゆえに下級生からの信頼は厚い。


岡部イ沙美・・・ダンス部顧問。体育教師。まだ教師歴2年目だが生徒からの人気は高い。

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