第435話 令和2年7月14日(火)「学級委員」日々木陽稲
昨年の1学期。
学級委員だった可恋はクラスをまとめ定期テスト前に勉強する雰囲気を作り上げた。
キャンプでの活躍もあって、この時期には彼女の思い通りに教室内を仕切るようになっていた。
わたしは彼女の隣りでその手腕を見ていた。
わたしが学級委員になったいま、同じことをやろうとしてもうまくできないでいた。
学校に来ていない可恋は、もう受験生なのだから他人が作ったムードに頼るのではなく生徒ひとりひとりが自分自身の力で勉強に向き合うべきだと話している。
彼女らしい正論だが、今年は異常事態だ。
先のことは見通せず、不安が例年以上に大きい。
長期の休校で生活のリズムが崩れた生徒の多くは7月に入ってから授業の密度が上がったことへの対応に苦しんでいる。
進級の時期にあんなことがあったのだから、受験生という自覚に欠ける3年生だって少なくない。
学級委員として昨年の可恋のように手助けしたい。
その切なる気持ちは同じグループのメンバーにさえ届かない。
陸上部のエースである都古ちゃんは大会の中止や延期が相次ぐ中でもなんとか推薦が得られそうだと安心している。
本当に大丈夫かなんて分からないのだからもう少し真剣に勉強に取り組んだ方が良いと忠告しているが、あまり耳を貸してくれない。
ダンス部の山本さんや恵藤さんもまだ受験生という意識が低いようだ。
テスト後に行われるダンス部のオーディションが気になるのか、この前の土日は自主練に費やしたそうだ。
教室内で休み時間に熱心にノートを広げているのは岡山さんくらいで、男子も女子も普段の光景とあまり変わり映えがしない。
2学期以降になれば変わるのだろうが、少しでも早く意識を変えた方がいいのにとわたしの方が焦ってしまう。
「3組はみんな勉強するモードに入っているって言っていたよ」
「彩花が頑張っているみたいだな」
「小鳩ちゃんが試験の要点を書いたプリントを作ったからってくれたぞ」
わたしの発言に山本さんや都古ちゃんが情報を教えてくれた。
都古ちゃんに至ってはもらったプリントを鞄から出して見せてくれる。
昨年のゴールデンウィーク前後に話題になった可恋のノートほどではないにしても、よくまとまったプリントだった。
3組の学級委員は松田さんだ。
昨年度の後半に2年1組の学級委員を可恋から引き継ぎ、テスト前に可恋のサポートを受けながらクラスメイトたちのやる気を引き出していた。
その経験が生きているのだろう。
わたしだって手をこまねいていた訳ではない。
岡山さんに協力を仰いだが、彼女はライバルを助けるつもりはないとハッキリ言って断った。
津野さん、高山さん、川端さんにも声を掛けたが反応は芳しくなかった。
男子の一部が今週に入ってやる気を見せるようになったが、自分たちでやるからとわたしはほとんど関わっていない。
「男子は日々木さんに教えてもらうのは抵抗があるんじゃない」とは山本さんの弁だ。
そんなプライドにこだわっても仕方がないと思うのだが、中学生男子には難しいんじゃないかと彼女は笑っていた。
こういう時に幼い外見は不利だ。
ちょっとしたお願いなら聞いてもらいやすいが、可恋のように人を動かすことは向いていない。
「……そもそもクラスの一体感を作ることから始めなきゃね」
2年の時のクラスはとてもまとまりがあった。
グループの壁があまりなく、男女の垣根も低かった。
試験前だけでなく、学校行事でもクラス一丸となって事に当たった。
文化祭のファッションショーが大成功に終わったのも、男子の頑張りがあったからだ。
いまのクラスも険悪な雰囲気はない。
オンラインホームルームで顔を合わせていたこともあって学校が再開された当初は良い感じにまとまりそうだった。
しかし、分散登校が続きその影響がいまも残っているように感じる。
学校行事もほとんどなく、生徒たちがバラバラなままだという印象は拭えない。
「こんなもんじゃないの?」
山本さんがそう言い、ほかのふたりも頷いている。
彼女たち3人は2年生の時に4組で同じクラスだった。
かなりまとまりのあるクラスだったと外からは見えていたが、1組と比べると差があったのかもしれない。
「去年のクラスは特別だったのかな……」とわたしは思わず呟いた。
可恋の考えが浸透した夏以降の2年1組は本当に風通しが良かった。
あれを同じように再現するのはわたしの力ではできない。
わたしなりのやり方でできることを目指さないといけない。
「陽稲ちゃんが目指すクラスってどんなの?」と都古ちゃんに問われ、わたしは腕を組んで考え込む。
挙げようと思えばいろいろ出て来る。
いじめや喧嘩がないのは大前提として、みんなが前向きでやる気に満ち、困った時には助け合い、誰もが自由に発言できるようなクラス。
ただこれだけの人数が同じ思いという訳にはいかないだろう。
総論には賛成でも各論になると反対意見が噴出するものだ。
結局、声が大きい人の意見が通りやすくなるのが学校だし……。
「できれば、みんなが笑顔で過ごせる場所でありたいよね」
「受験生だと難しいよね」と恵藤さんが指摘したように、こんな単純なスローガンでさえ実現は容易ではない。
受験生はやらなければならないことが多い。
その重圧だけでも大変なのに、激しい競争にもさらされている。
「大変だからこそ、心安まる場所が必要だと思うの」
学校や塾で勉強に追い立てられ、家でも親から勉強しろと口うるさく言われたら辛い。
ライバルであっても共に受験を戦う仲間という意識で励まし合うことができれば。
教室が、やる気を引き出し気持ちをリフレッシュできる場所であればと願う。
わたしがそう口にすると、「陸上でも強いライバルがいるから自分が高められるってあるもんな」と都古ちゃんが言った。
ダンス部のふたりもその言葉に納得しているようだった。
勉強はともかく、クラスをまとめることには協力してくれると言う3人に「いまは、勉強をする姿勢を見せることがクラスのために必要なのよ」とわたしは力説した。
隗より始めよ。
休み時間に4人で勉強することに同意してもらった。
それがクラスのほかの子たちに広がるかは分からない。
それでも、可恋のようにできない以上わたしはわたしのやり方をするだけだ。
††††† 登場人物紹介 †††††
日々木陽稲・・・3年1組。先生に言われたことをこなすだけでなく、昨年度の可恋のような学級委員を目指している。
宇野都古・・・3年1組。陸上部のエース。1年の時に陽稲と同じクラスで仲が良かった。
山本早也佳・・・3年1組。ダンス部。学校の成績は可もなし不可もなし。
恵藤和奏・・・3年1組。ダンス部。勉強はそれなりに時間を掛けているのに成績は下位。
日野可恋・・・3年1組。独学の方が遥かに効率が良いので感染のリスクを負ってまで学校に行く必要はないかと考えている。
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