第425話 令和2年7月4日(土)「休日練習」恵藤奏颯
初めての休日練習にテンションが上がっていた。
ダンス部に入部して4日目。
今日は午後からグラウンドで練習が予定されていた。
天候はあいにくの曇り空。
いまにも降り出しそうな雨雲が上空を覆っている。
風が強く、黒雲がもの凄いスピードで流れていく。
1年生は恐る恐るという感じでグラウンドに出たが、上級生はキビキビと行動しているように見えた。
「少しくらいの雨なら続けるけど、雷が鳴ったら中止にするからすぐに避難してね」
副部長が優しく声を掛けてくれた。
仮入部した多くの新入部員が緊張した顔で頷いている。
時間になると顧問の岡部先生が1年生に改めて基礎トレーニングのやり方から指導してくれた。
本当は上級生に交じって練習したかった。
少なくともアタシはわか
3年生の実姉は鈍臭いので、よく運動部に入ったものだと驚いた。
その練習を見よう見まねでやってみると、姉よりも上手く踊ることができた。
わか姉はBチームとはいえ辞めずにいまも部活を続けている。
「定期試験後にAチームの選抜テストを行うから、それまでは我慢してね」とわか姉の親友である早也佳さん――もとい早也佳先輩に言われている。
姉と違って格好良くて素敵な人だ。
先輩に言われたら従うしかない。
基礎トレはすでに教わっているので、先輩たちの練習が気になって見てしまう。
すると、顧問から「練習中は集中しましょう」と注意を受けた。
それに対して不満が顔に出てしまい、コンちゃんから「そよぎ!」と咎めるような声を掛けられた。
「すみません」と頭を下げると、「みんなの前でやって見せてもらえる?」と顧問からリクエストされた。
アタシは意気揚々と前へ出て、トレーニングをやってみせる。
どうよという顔で先生を見ると、若い顧問は柔らかな笑顔を返してくれた。
しかし、すぐにアタシの鼻はへし折られた。
「いまのように膝が内向きだとケガに繋がります」とアタシの足の向きを修正する。
「これでやってみて」「もう少し後ろに重心をかけて」「スピードはそれでいいけど、最後まで同じリズムを保つようにね」などとアタシの動きに合わせて次々と微調整を入れる。
「人間の身体は楽をしようとするから、鍛える時は常にポイントを意識しないと徐々に体勢が悪くなってしまうの。だからどんなに慣れた人でも集中が欠かせないのよ」
確かに修正されたあとの方が負荷が大きくなったように感じる。
しかし、みんなの前で恥をかかされたようで気分は良くない。
「上級生もダンスはもちろんこうした基礎トレだって互いにチェックをし合って常に確認しているのよ。1年生はまずはしっかり型を身につけましょう。
そんな風に言われたら、嬉しそうな顔で「はい!」って返事をしてしまうよね。
アタシは顧問にうまく乗せられたと思ったけど、嫌な気はしなかった。
今日は上級生全員と同じくらいの数の1年生が練習に参加している。
見渡すとスクワットすら満足にできていない生徒がちらほらいた。
1年生女子の間でダンス部が1番人気だと言われている。
練習が楽そうだという意見が多い。
部活の練習中だけ見れば、それは間違いではないだろう。
部活再開初日から見学ではなく練習に参加しているが、肩すかしを食った気分だった。
ただわか姉がいるアタシはそれが自主練前提で成り立っていることを知っている。
あくまで自主練なので強制ではないものの、実力優先という方針があるダンス部で自主練をせずにAチームに選ばれるのはほぼ不可能だろう。
ほかにも、先輩が優しそうだとか格好良いだとか言われている。
この点でソフトテニス部より優位に立っている。
部長はオシャレだし、アイドル顔負けって感じの先輩もいる。
早也佳先輩も競争率が高そうだ。
あと、例年より部活希望者が多いという話も耳にした。
分散登校があったり学校行事がなかったりした影響でクラスにまとまりがない。
同じクラスの一員という意識ができにくくなっている。
それなのに、長期休暇中に友だちと自由に会えなかったので人との繋がりには飢えている。
だから部活で仲間意識を高めたいという思いが1年生の間に広がっているのかもしれない。
ダンス部は仲が良さそうな雰囲気が伝わってくるので、それも人気の理由だろう。
今日の練習に参加していない入部希望者もまだまだいるそうだ。
だが、ダンス部の現実を知れば人数は絞られていくだろう。
アタシとしても若葉やコンちゃんのようにやる気のある子は歓迎だが、人数ばかり増えても……と思ってしまう。
顧問から当面は基礎トレとダンスの基礎の練習を繰り返すと言われ、アタシはまた顔をしかめてしまう。
それが大事なことや、人数を絞る一環だろうと分かっていても、やっぱり先輩たちのような華麗なダンスを一刻も早く踊りたかった。
だから休憩時間に若葉たちの前で「早くダンスがしたい!」と大声を出してしまった。
「元気がいいな。カウント取るから踊ってみて!」
声の方を振り返ると、部長が笑ってこちらを見ていた。
同じような体操服姿なのにとても存在感がある。
アタシは慌てて姿勢を正す。
部長の横には早也佳先輩やわか姉がいた。
「ほら、ワン、ツー、スリー、フォー……」と部長は手拍子を打つ。
アタシは頭が真っ白になった。
それでも最近先輩たちが踊っているダンスを真似して動く。
早也佳先輩が「お、いいね」と喜んでくれた。
しかし、緊張もあって動きはバラバラだ。
わか姉よりも下手なダンスを踊っている自覚があった。
「そよぎはもっとできる子なんだよ」と普段おどおどしているわか姉が庇ってくれた。
「いきなりでこれだけ踊れたらたいしたもんだよ」と部長はアタシの背中をポンポンと叩き、「でも、まだ人前で踊るには早いよな。もっと頑張れ!」と励ましてくれた。
3人が戻って行くと若葉が駆け寄り、「凄いね」と楽しそうに声を掛けてきた。
コンちゃんは「羨ましい」と言ったあと、「ほかの子たちに妬まれそうだよね」と周囲を見回した。
アタシの場合姉が部員なのでいじめの心配はしていないが、妬まれるのは避けられないだろう。
そんな覚悟をしていると、「もう1回踊ってみてくれる?」と寄って来た子がいた。
更に、「途中のこの動きだけど……」と振り付けについて質問してくる子もいた。
ダンスが好きだということが分かるキラキラした目をしていた。
「よし。踊れる子は一緒に踊ろうよ」とアタシは声を掛けた。
若葉たちを始め5、6人がやる気に満ちた表情になっている。
ちらっと顧問の方を見ると、穏やかな目をこちらに向けていた。
そろそろ休憩時間は終わりのはずだけど、踊り終わるまで待ってくれるのかな。
そんなことを考えながら、自分でカウントを取る。
それに合わせてほかの子たちも動く。
……楽しい。
下手くそなミスだらけのダンスなのに、みんなで踊ると一体感に包まれる気がした。
楽しいよ、これ。
アタシは心の底から湧き上がるものを感じる。
こんなの知ったらたとえ下手でもやめられないよね。
わか姉の心情に触れた気がした。
姉が何を考えているかなんていつもはまったく気にすることはない。
それが、いまは……。
††††† 登場人物紹介 †††††
恵藤
晴海若葉・・・中学1年生。ダンス初心者だが意欲は高い。
紺野若葉・・・中学1年生。晴海若葉と同じ名前であるため「コンちゃん」と呼ばれている。
山本早也佳・・・中学3年生。役職はないがダンス部の中心メンバーのひとり。
恵藤
笠井優奈・・・中学3年生。ダンス部部長。
岡部
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