第413話 令和2年6月22日(月)「心花グループ」川端さくら

 久しぶりに心花みはなと顔を合わせた。

 考えてみれば彼女とは1年からずっと同じクラスで同じグループに所属し仲良くしてきたのに学校の外で会うことは少なかった。

 特にふたりきりで会うなんて機会は皆無だった。


 LINEでのやり取りは毎日のようにしている。

 休校中は彼女の愚痴を聞くのが日課のような感じだったが、分散登校が始まってからはそういう愚痴もめっきり減った。

 元気がなく、こちらが話題を振っても食いつきが悪い。

 ビデオチャットでも上の空という感じの時がある。


 自分が女王様であることを信じて疑わないような性格だった心花もこの最終学年のクラスでは勝手が違うようだ。

 分散登校でわたしと異なるグループになり、ほとんど誰とも会話できなかったと聞いている。


 通常登校となった初日の今日、最初の休み時間にわたしの声掛けで心花の周りにクラスメイトが集まった。

 過去2年も同じ心花グループだった莉子。

 1年の時に同じクラスで、当時はあまり絡まなかった大橋さんと、その友だちの中崎さん。

 そして、なぜか怜南。

 ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべている。


「これからよろしくね」とわたしが言っても誰からも返事がない。


「心花よ。さくらと莉子は分かるから、あとの人、名前教えて」


 傲慢な上から目線だが、彼女が言うと様になっている。

 とはいえ、気を悪くして速攻で抜けられても困る。

 恐る恐る様子をうかがうと、大橋さんと中崎さんは平気そうだった。

 怜南は面白がっているようだ。


「大橋有加。こっちの子は中崎結衣。名前で呼んでくれて構わないから」


 有加の紹介に結衣は少しだけ嫌そうな顔をした。

 ふたりはどこにでもいるような普通の女の子で、以前ならグループに入れるかどうか悩んだだろうがいまはそんなことは言っていられない。


「怜南です。さっちゃんとは幼なじみです」


 その愛称で呼ぶなと何度言っても止めてくれない。

 わたしは苦り切った顔で怜南を睨んだ。

 彼女は可愛いし頭も良い。

 グループの箔付けには最適だが、小学生時代の性格の悪さが改善されたとは思えないだけに心配の種でもあった。


 心花は3人にだけ自己紹介をさせたが、わたしも挨拶くらいはしておかないとと思い、「川端さくら。さくらと呼んでね。くれぐれも他の呼び方をしないように」と念を押した。

 そして、わたしたちの話に関心がないのかよそ見をしている莉子に、「ほら、莉子」と声を掛ける。


「あー、莉子でーす。よろー」とおざなりな挨拶をした莉子は「じゃーまたねー」と男子の輪の中に入っていった。


 彼女はいつもこんな調子だ。

 女子だけで行動する時には心花のグループに参加するがそれ以外では自分の欲望を優先させる。

 ほかの女子からは嫌われているが、心花が許しているのでこれからもこんな態度を取り続けるだろう。


 莉子が去り、白けた空気が漂う。

 まだこれといった共通の話題がないだけに、わたしも咄嗟に言葉が出て来ない。


「あっちの方が楽しそうね」と心花が言った。


 その視線の先には日々木さんがいた。

 その周囲に宇野さん、山本さん、恵藤さんがいて話が弾んでいるようだった。

 日々木さんは言わずもがなだが、陸上部のエースの宇野さんやダンス部の山本さんは存在感があり華やかな印象を受ける。

 クラスの中心に居続けた心花にとってその座を奪われることは耐えがたいことなのかもしれない。


「こちらはこちらで盛り上がればいいんじゃない?」と言ったのは怜南だ。


「そうだね」とわたしはその言葉に飛びつく。


 心花は不満そうにわたしと怜南を見た。

 その視線は盛り上げてみせろと言っている。

 わたしは焦って話題を探すが、怜南はどこ吹く風といった表情で「そう言えば、渡部さんは誘わなかったの?」とわたしに質問した。


「声は掛けたけど、迷っているみたいで……」と答える。


 不良の麓さんは別として、日々木さんのグループに含まれない女子全員を勧誘した。

 澤田さんにはキッパリと断られ、渡部さんは言葉を濁した。

 岡山さんも勉強優先で女子のグループとは距離を置きたいと言った。

 そう説明すると、「岡山さんって勉強してますアピールは凄いのに成績はそこそこって感じよね」と怜南が指摘する。

 そして、「さっちゃんの成績も知っているよ。小学生の頃はたいしたことなかったのに、いまは私と変わらないみたいね」と余計なことを言う。


「怜南こそ小学生の頃はクラストップって感じだったのに、わたしと同じなら成績落ちたんじゃないの」とわたしは棘を含ませる。


「そうなのよー。だから、勉強教えてね、さっちゃん」とかわい子ぶって頼まれ、わたしは苦虫を噛みつぶしたような顔になった。


 わたしをからかって喜んでいる怜南から視線を背け、心花を見るとかなりむっつりした表情だった。

 他人の噂話にはあまり興味がなく、勉強の話なんてもっての外というのが心花だ。

 受験生になったのだからまったくしないで済ませられるとは思わないが、彼女が喜ぶ話題を提供しないとと焦る。


「暇な時は何してる? テレビとか動画とか? 何か面白いものある?」


 矢継ぎ早に質問しても誰も答えてくれない。

 心花は不快さを隠そうとしていないし、怜南はわたしをニヤニヤ眺めている。

 有加と結衣は顔を見合わせて黙ったままだ。


「とりあえず親睦を深めるために今度みんなでカラオケでも行こうか。あ、カラオケはまずいかな? どこか行きたいところある?」


 必死に言葉を紡いでも反応は芳しくない。

 これまでわたしはグループを陰で支える立場だった。

 こんな風に自分で話題を振るんじゃなく、話が変な方向に進んだ時に軌道修正を図るのが役目だと認識していた。

 よく、つまんない話題を飽きもせずに出してくるなあと思っていたが、あれも才能の一種だったのかもしれない。


 結局微妙な空気のままチャイムが鳴ったことでお喋りは中断された。

 2時間目は授業そっちのけで次の休み時間の話題を考えた。

 だが、3時間目は君塚先生の英語で休み時間は予習優先となり、4時間目は体育でグループとして集まって話す機会がなく今日一日の学校生活を終えてしまった。


 ……はぁ。


 ぐったりと疲れて溜息を吐くと、「帰るよ」と心花が寄って来た。

 わたしが「怒ってる?」と尋ねると、「なんで?」と彼女は驚いた顔をした。

 その表情を見て、わたしは肩の力が抜ける。


 あくまで自分の居場所作りとしてやっていることではあるが、思っていた以上に心花の機嫌を伺っていたようだ。

 わたしは吹っ切れた顔で「帰ろう」と言って立ち上がる。

 ふたりで教室を出ようとしたら怜南がスッと近づいてきた。


「一緒に帰ってもいいよね?」と訊かれ、心花とわたしは頷く。


 本当は久しぶりに心花とふたりきりで面と向かって話をしたかったが、怜南の提案を断る理由を思いつかなかった。

 心花を挟んで3人が並んで歩き、怜南は熱心に心花に話し掛けていた。

 その様子を見て、「津野さんを取っちゃうわよ」という怜南の言葉を思い出す。

 外は朝から雨が降り続き、夏とは思えない肌寒さだった。

 心がざわつくのに、わたしはふたりの会話に割って入ることはできなかった。




††††† 登場人物紹介 †††††


川端さくら・・・3年1組。1年の時から心花と同じクラスで、同じグループに所属している。裏で心花を支える立場だと自認している。


津野心花みはな・・・3年1組。派手めな外見と女王様ぶった振る舞いでクラスの中心に君臨していた。


高月怜南れな・・・3年1組。さくらの幼なじみ。小学校高学年の頃は周りを唆していろいろとやらせていたが、中学に入りおとなしくなった。


元木莉子・・・3年1組。女子といるより男子といることを好むタイプ。恋愛経験は豊富だが長続きしたことはない。


大橋有加・・・3年1組。1年の時はクラスで浮いた存在だとさくらに認識されていた。


中崎結衣・・・3年1組。美術部。オタクっぽくはなく、容姿や性格はごく普通。

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