第414話 令和2年6月23日(火)「グループ」日々木陽稲

「何かあったらすぐに言ってね。困ったことがあったら阪本さんや高木さんを頼ってね」


 わたしが母親のように念を入れて純ちゃんに言い聞かせると、彼女はこくりと頷いた。

 感情をまったく表に出さないのでどの程度理解したのかわたしでもつかみ切れない。

 不安な思いを残しつつ純ちゃんを2組の教室に送り出した。


「大丈夫だって」とそのやり取りを見守っていた都古ちゃんが明るい笑顔を向けてくる。


 わたしと純ちゃんが別のクラスになったのはこれが初めてだ。

 小学校の頃からずっと同じクラスだった。

 彼女はわたしを騎士のように守ってくれた。

 一方、わたしは無口な彼女が不利益を被らないように何かと世話を焼いた。

 そのせいで余計に純ちゃんは周りとのコミュニケーションを取らなくなったのかもしれない。

 いつか離れ離れになる時のために、自分の力で周りとの意思疎通ができるようにしないとと思っていた。

 なのに、これまでわたしは問題を先送りしていた。


「スイミングクラブでは普通にできてるんだよね?」


「普通ってほどではないけど、それなりにやれているみたい」


 純ちゃんが通うスイミングクラブを見学したことがある。

 積極的に会話する場面はなかったが、孤立しているだとか困っているだとかは感じなかった。

 彼女なりに周りの人たちとの関係性を構築できているようだった。


「陽稲ちゃんは心配性だから」とからかう都古ちゃんと自分の教室に入る。


 1年生の時はわたし、純ちゃん、都古ちゃん、小鳩ちゃんの4人で一緒にいることが多かった。

 3年生になって都古ちゃんと再び同じクラスになり、小鳩ちゃんを除く3人でいる機会が増えた。

 その小鳩ちゃんとも生徒へのアンケートのことで最近よく話している。


 席に着くとすぐに都古ちゃんや山本さんたちが集まってきた。

 都古ちゃんも山本さんも可恋からわたしを気にかけるようにと頼まれている。

 可恋が欠席の時は、クラスメイトではこのふたりか麓さんと一緒にいるようにとわたしは強く言われている。

 可恋はわたしよりも心配性だから……。


「パッとしない天気だよな」と山本さんが外を見ながら腕をさすった。


 上がブラウスだけなので、少し肌寒そうだ。

 わたしと恵藤さんはカーディガンを着込んでいるが、都古ちゃんは制服が洗濯中ということで薄手のTシャツ1枚だった。


「寒くないの?」と聞いてみたが、「えー、寒くないよ」とあっけらかんと答えた。


 クラスの女子はこの集団のほかに、津野さんのグループがある。

 あちらの方が人数が多く、昨日はこちらをちらちらとうかがうことが多かった。

 あとはひとりでいる女子だけなので、どうしても意識してしまう。

 わたしとしては向こうのグループともうまくやっていきたいと思っている。


「津野さん、またこっち見てるね」と不安そうに恵藤さんが言った。


「気にすることないよ」と山本さんが答えるが、わたしも気になって見てしまう。


 可恋に突っかかったことが印象深い津野さんは強気な性格そのままに勝ち気な顔立ちをしている。

 わたしは自分に対する悪意や敵意に敏感なので、彼女とうまく関係を築けるか不安だ。

 本来であれば彼女と距離を置くだけで済む話だが、昨日わたしは学級委員に選ばれた。

 担任の藤原先生が可恋のお願いを聞いた形だが、可恋なりの考えがあっての判断なのでそのことに否応はない。

 ただ津野さんを始め関わらずに済ませたい何人かとまったく交流を持たないという選択肢は採れなくなった。

 それがわたしの気を重くする原因となっていた。


「澤田さんって都古とも話したりしないの?」


「陸上部でもひとりで黙々と練習してるね。さすがに千愛ちゃんとは話してるけど」


 山本さんの質問に都古ちゃんが回答した。

 これまで分散登校だったので、わたしとは別のグループの様子は山本さんの口から聞いた分しか知らない。

 出席番号偶数の女子グループは山本さんと恵藤さんのコンビを除いて会話らしい会話がなかったそうだ。


「何度か声掛けたのに無視されてあたしのハートはズタボロよ」と山本さんが大げさなポーズでのたうち回る。


「陸上部は仲間意識が低いって千愛ちゃんが嘆いていたからなあ」と語った都古ちゃんが「人のことは言えないんだけどね」と自分の後頭部に手を当てた。


「陸上部の3年はかなり期待高かったんだよね。大会中止が相次いで残念だね」と山本さんが顔をしかめると、「仕方ないよ」と都古ちゃんは笑顔のまま肩をすくめた。


「高校でも陸上は続けるつもりだし、高校は別になってもいつかどこかで会えるよ」


「さすが陸上部のエース。良いこと言うね」と山本さんがおだてると、都古ちゃんは大げさに鼻高々といったポーズを取った。


「ダンス部は一応全国大会出場が目標だったけど、部ができたばかりであんまり実感がなかったから。大会中止でもまあいいかって感じだよ」


 山本さんの言葉に同じダンス部の恵藤さんも頷いている。

 わたしが「高校でも続けるの?」と聞くと、「どうだろ。ダンス部があるかどうかも分からないし、あったとしても続けるかどうかは気分次第じゃないかな」と山本さんは答えた。

 彼女の言葉からはダンスそのものよりも仲間と一緒に何かに打ち込む楽しさを大切にしていることが伝わってきた。


「陸上は大会すべてが中止って訳じゃないからね。ただ目標がなくなってガクッと落ち込んでいる子はいると思うから……」


 都古ちゃんが澤田さんの方を見てそう口にした。

 今回のコロナ禍で多くの生徒児童が大なり小なり影響を受けた。

 それを自分の心の裡でうまく消化できた子ばかりじゃないだろう。


「気をつけて見ておくね」とわたしは都古ちゃんに話す。


 わたしができることなんてたかが知れているかもしれないが、こうしてクラスメイトになったのだから力を貸す場面があれば惜しむ気はない。

 山本さんは「遊びに行けないことがこんなにストレスになるのかって思ったね。死ぬんじゃないかって」と湿った空気を振り払うようにおどけてみせた。


「まだ学校に来れない日野さんなんて凄くストレスが溜まっていそう」と恵藤さんが呟いた。


「可恋は……そういうストレスは皆無かも」と答えると、恵藤さんが「そうなの?」と不思議そうな顔をする。


 ここにいる面々は活動的な可恋のイメージが強いかもしれないが、実際は意外と出不精だ。

 遊びやイベントの精神的効果を高く評価している割に本人はそういうものを必要としていない。


「時計の針のように毎日正確に行動して、時間があればソファやベッドに寝転んで読書するのが楽しみって子だから」と可恋の真実の姿を語るとみんな目を丸くしていた。


「休日のオトンって感じだな」と山本さんが笑う。


「それが365日続いても飽きないって感じなのが可恋なのよ」


 学校に行かずマンションに引き籠もっていられる理由ができてラッキーくらいに思っていそうだった。

 行動は制約されているものの、元々感染症対策はしっかり行っていた。

 むしろ世間が可恋の日常に近づいたと言えるのかもしれない。


 可恋のマイナスイメージを広げるのも良くないと思い、「ゴロゴロしていても格好いいんだけどね!」と言うと、3人は微妙な表情になった。

 ……むむむ。


「えー、凄く素敵なんだよ! きっと世界の真理から人々の救済のことまで考えているに違いないよ! つい見とれちゃうくらいだよ!」


 わたしが力説しても3人は子どもを温かく見守るといった顔つきになってしまっている。

 これこそが真実なのに、どうして分かってくれないの!




††††† 登場人物紹介 †††††


日々木陽稲・・・3年1組。学級委員。これまでの学校生活では誰とでも仲良くする一方で一定の距離を取ることが多かった。


安藤純・・・3年2組。陽稲の幼なじみ。競泳選手。


宇野都古・・・3年1組。陸上部のエース。


山本早也佳・・・3年1組。ダンス部。役職はないが3年生部員のまとめ役。


恵藤和奏・・・3年1組。ダンス部。


澤田愛梨・・・3年1組。陸上部。


阪本千愛・・・3年2組。陸上部女子の部長。面倒見が良い。


日野可恋・・・3年1組。予定が狂うことが嫌い。

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