第399話 令和2年6月8日(月)「美少女」黒松藤花
わたしの学校には妖精がいる。
白く透き通った肌、赤く豪華な長い髪、琥珀の瞳に通った鼻筋、薄紅の愛らしい唇。
この世のものと思えないほど整った顔立ち。
しかし、冷たい感じは微塵もなくて、人当たりの良い笑みをいつも浮かべている。
小柄で、軽やかで、みんなと同じ制服を着ているはずなのに、ひとりだけ輝いているように見えてしまう。
「藤花さんは女神様を知っているんだね」
長い睫毛が魅力的な鳥居さんがわたしに確認した。
あの人が別次元なだけで、鳥居さんだって誰の目にも美少女だと映るだろう。
世の中には自らの美しさをひけらかし、人の上に立ちたがる人が多い。
わたしの偏見かもしれないが、可愛い子が苦手だった。
……あの人は例外。
鳥居さんに対しても近寄りがたい印象を抱いていたが、同じクラスになって彼女の方から積極的に話し掛けてくれた。
わたしは空想に耽ることが好きで、どうしても周りから浮いてしまう。
親しい友だちができるなんて諦めていたのに、彼女はライトノベルやweb小説が好きだからわたしとお話がしたいと言ってくれた。
「同じ小学校だったの。だから、何度かお話ししたことがあって……」
今日は鳥居さんが同じクラスの山口さんと作っているマンガを見せてもらった。
わたしが好きな童話や児童文学とは少し違う感じだけど、異世界で冒険するファンタジーだそうだ。
主立った登場人物にはモデルがいて、主人公は鳥居さんの友だちの原田さん、冒険の目的は魔王に囚われた女神様の救出で、その女神様があの人――日々木さんだった。
「素敵だよね」と鳥居さんがうっとりした表情で語った。
わたしも即座に「うん」と同意する。
わたしは妹に聞かせるために物語を作っている。
そこで活躍する主人公のモデルはたいてい日々木さんだった。
なぜなら、彼女はファンタジー世界でこそ煌めきを放つと思うから。
「手芸部を作った時にもの凄く協力してもらったんだ。それ以来お世話になりっぱなしなのに、なかなかお返しができなくて……」
「わたしも助けてもらったことがあるの……」
わたしは小学生時代に周りから無視され学校に居づらくなったことがあった。
その時に日々木さんと同じ図書委員になって、それとなくわたしの気持ちに寄り添ってもらったことがあった。
向こうが覚えているかどうか分からないほど些細なものだったが、わたしにとっては大きな出来事だった。
同じ中学に進学し、姿を見かけたらラッキーくらいの思いでこの1年を過ごしていた。
学年が違えば見かける機会は本当に稀なのだけど、それでも視界に入ればすぐに見つけられるほど彼女には存在感があった。
特に運動会や文化祭の学校行事では妖精の御姿を拝見できて幸せだった。
ただ、遠くから眺めているだけで十分とも言えた。
もし話ができる機会があったとしても、何を言えばいいか分からず困り果ててしまうだろう。
同じ学校に在籍していても住む世界が違うと思っていた。
「あ、お返しじゃなくて、供物……貢ぎ物……お布施……女神様相手だと奉納かな」と言って目元を和らげた鳥居さんは「いっそ部長を召し使いとして贈るのが……いや、むしろご迷惑か」などと呟いている。
彼女と話していると何かにつけて幼なじみの名前が出て来る。
わたしには気のおけない友人がいないので、どうしても羨ましい気持ちが湧いてしまう。
1年の時は教室の中でひとりでいることが多かった。
その方が楽だと感じていた。
いま、こうして教室の中でお喋りしているとそれが強がりだったと分かる。
やはり寂しい気持ちがあって、それを誤魔化していたのだと。
でも、話し相手ができたのにそれだけでは満足できない自分がいた。
「どうかな、これ」とわたしと鳥居さんが会話をしている横で黙々と絵を描いていた山口さんが顔を上げた。
「さすが、みっちゃん」と鳥居さんが褒め称えた。
鳥居さんは表情を変えることはないし口調も落ち着いていることが多いが、いまはかなり大げさな声だった。
そう言いたくなる気持ちはわたしにも分かる。
山口さんが描いた女の子は生き生きとしていてとても可愛かったからだ。
「とても素敵。だけど、わたし、こんなに可愛くないよ」
オシャレに気を使う方ではないとはいえ、わたしだって女の子なので鏡くらいは見る。
髪型はそっくりだけど、10倍くらい美化していると思う。
「特徴を良く捉えているよ。クラスの他の子に見せても藤花さんだって分かるくらいには」
「それは髪型で分かるから」とわたしは鳥居さんに反論する。
このクラスにストレートのロングヘアはわたししかいない。
顔を消したってわたしだと判別できるだろう。
「でも、こうやって」と指で髪型の部分を隠し、「これでも藤花さんだと分かると思うよね」と鳥居さんは力説した。
確かに面影くらいはあるかもしれない。
しかし、わたしはそんなに美少女ではないと頑なに思っていた。
そんなわたしに、「ダメかな?」と山口さんが声を掛けた。
その不安そうな表情が、妹が寂しい思いを募らせている時の顔と重なって見えた。
わたしは慌てて「ダメじゃないよ!」と声を出す。
思った以上の大きな声に、わたしはハッとして周囲を見回した。
休み時間の教室は閑散としていて、わたしたちの方へ注意を払っているクラスメイトは見当たらなかった。
「可愛すぎると思っただけで、全然ダメじゃないよ」
そう言って、改めてその絵をジッと見る。
似顔絵ではなく、マンガのキャラクターと思えばこのくらいのデフォルメは当然なのかもしれない。
日々木さんはファンタジー世界の外見のまま現実世界に降臨しているが、ほかの人は容姿も内面も変換していると思えば否定しなくても良いと思えるようになった。
イラストを見ているうちにだんだんと愛着みたいなものも生まれてくる。
一生懸命可愛く描いてもらって文句を言ったらバチが当たるかもしれない。
「ありがとう。可愛く描いてくれて」とわたしは山口さんに笑みを向ける。
「そうやって微笑んでいるとそっくりなんだけど」と鳥居さんが言い、山口さんも微笑んだ。
わたしが絵を返そうとすると、「もらって欲しい」と山口さんに言われた。
驚いて「いいの?」と尋ねると、彼女はニッコリ頷いた。
わたしは感謝の言葉を述べ、大事にノートに挟んで鞄にしまう。
「気に入った?」と鳥居さんに聞かれ、わたしは「妹に良いお土産ができたから」と喜んだ。
今日、妹の希は小学校を欠席した。
熱はなかったが、朝から元気がなかった。
もともと病弱なので、季節の変わり目はよく体調を崩す。
学校が再開し、精神的な負担もあったのかもしれない。
それからひとしきり妹のことを質問攻めにされた。
優しく、おとなしく、可愛らしいと言うとふたりに羨ましがられた。
この大切な妹が誇らしかった。
幼なじみのことを話す時の鳥居さんもこんな気持ちなのかなとわたしは思った。
††††† 登場人物紹介 †††††
黒松
鳥居千種・・・中学2年生。手芸部副部長。ライトノベルやweb小説を読むのが好き。中二病っぽい話し方をすることが多い。
原田朱雀・・・中学2年生。手芸部部長。千種の幼なじみ。千種曰く、すーちゃんがいると藤花さんが引くから、分散登校で別のグループになったのは女神様の思し召しだねとのこと。
山口
黒松
日々木陽稲・・・中学3年生。ロシア系の血を引く日本人離れした美少女。妖精、天使、女神などに喩えられることが多い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます