第394話 令和2年6月3日(水)「高校再開」日々木華菜

「もうね、合コンやってってそればっかなのよ!」


 うんざりした表情でゆえが嘆いた。

 その顔からかなり鬱憤が溜まっていることが伝わってくる。


 今日はほぼ2ヶ月振りとなる登校日だった。

 学校再開と言うものの、わたしたちの高校では今週は1日しか登校しない。

 それだってロングホームルームだけで終わりだ。

 そしてすぐに帰るようにと学校を追い出された。


 2年生の登校日だった今日は、出席番号によって午前午後に分散された。

 幸いなことに、わたしはゆえと同じ午後からのグループだった。

 学校ではゆっくり話すことができなくて、仕方なく少し離れた場所にある昔ながらの喫茶店に寄り道することにした。


「最近見つけた穴場なのよ」とゆえは話すが、最近は課題に追われていたのではなかったのか。


 それを指摘すると、「人生息抜きも必要よ」と彼女は開き直ってみせた。

 ゆえの勉強につき合っている身としては、その言い草はないだろうと顔をしかめてしまう。

 わたしの表情を見て、「ごめんごめん、冗談だって。最近よく連絡を取っている先輩から教えてもらったのよ」とゆえは詫びを入れた。


 穴場という言葉は確かだろう。

 住宅街の真ん中にあり、地元の人しか知らないんじゃないかと思う立地だ。

 店内は4人掛けのテーブルが3つあるこぢんまりとした造りで、わたしたちが入った時にお客さんは奥の席に新聞を読んでいるおじさんがひとりいただけだった。

 ゆえはメニューをサッと眺めただけでクリームソーダを注文し、わたしは一通り確認した上でアールグレイのアイスティーを頼んだ。

 それらが届き、一口味わったところでゆえが愚痴を零し始めたのだった。


「そんな通知が大量に来て、スマホを見るのも嫌になったくらい」


「大人気じゃない」とわたしはからかうが、「自分で幹事やればいいのに、ほんと他人に押しつけたいだけなんだよね……」とわたしの言葉は耳に入らないようだ。


 このわたしの親友は人脈作りが趣味という変わった女子高生だ。

 合コンの主催はその趣味のために自分の顔を売り込もうと率先して行っていた。

 休校中だってオンライン合コンを開催していたくらいだ。

 緊急事態宣言が解除され、溜め込んでいたストレスを晴らしたい陽キャの人たちが雪崩を打ってゆえのもとに押し寄せているのが現状なのだろう。


「ゆえへの信用があるから、みんなが頼ってくるんだよ」


 ゆえは可恋ちゃんの影響を受け、人脈作りを量から質へと転換させつつある。

 とはいえいままでの関係を疎かにするとしっぺ返しがありそうで怖い。

 もちろん、わたしが懸念することくらいゆえ本人だってとっくに気づいているだろう。


「信用ねえ……。便利だとか都合が良いだとか思われているだけのような気もするけど……」


「やけに落ち込んでいるね。何かあったの?」


「……ここ最近はコロナが終わったみたいに話す子がいたり、もう前と同じでいいんだって考えている子がいたりで、その感覚の違いが結構堪えるのよ」


「あー、なんとなく分かる」とわたしは頷く。


 わたしは緊急事態宣言の時も食料品の買い出しにスーパーマーケットへ行っていた。

 自粛中はみんなマスクをして入店する時に手を消毒していたのに、最近はそれをしない人をよく見るようになった。

 とりわけマスクをせずに大声で話す人を見るとドキッとしてしまう。

 見ず知らずの人の行動を制限する権利がないと分かっていても、人が多いところでの新しいマナーは守って欲しいと望んでしまう。


「わたしが注意しても、大丈夫大丈夫って軽く流されるとイラッとしちゃうのよ」


 ゆえの言葉に共感する気持ちがある一方で、一歩引いて見つめる視点もあった。

 わたしはゆえだからそれを口にする。


「学校帰りにこんなところでお茶しているわたしたちにも、非難してくる人がいると思うの。どこまでが平気かっていう線引きは難しいよね」


 ゆえは腕を組み、うーっと唸り声を上げる。

 考え方が人によって違うのは誰だって理解していることだ。

 ただ今回の新型コロナウイルスの騒ぎでは、自粛警察のように倫理観で他人を非難する行為が正当化されているように感じてしまう。


 わたしの身近では、家族も友人たちも似たような価値観を共有しているのでほとんど苛立つことはない。

 その中で可恋ちゃんはもっともリスクが高い障害を持ちながら、他人の行動に対しては意外なほど寛容だ。

 自分自身はしっかり対策をしつつ、重症化の可能性が低い若者は過剰に警戒しなくてもいいんじゃないかと言っている。

 怖くないのか聞いたところ、「私にとってはインフルエンザだって死を覚悟する病気ですから」と言われてしまった。


 ゆえは考え事をしながらメロンソーダの中に浮かぶアイスクリームをスプーンでつついていた。

 その様子をうかがいながら、わたしもアイスティーをストローでかき混ぜる。

 ゆえはボソッと「オヤジは他人の事なんて気にするなって言うけど、わたしはそこまで人間ができてないから……」と呟いた。

 店内は冷房が効いているので、飲むと冷たさが身体に染み込んでくる。

 ホットを頼めば良かったと後悔しながら、「まだ高校生なんだから仕方ないよ」とわたしは慰めた。


 あらかた飲み終えたゆえが「そういえばヒナちゃんはまだ可恋ちゃんのところなの?」と尋ねた。

 わたしは頷き、「お父さんは寂しがっているけど、お母さんはヒナの成長に繋がるからって」と答えた。

 お母さんはヒナのことを特別視しているように感じることがある。

 容姿を始めヒナは誰が見ても特別な存在なのだが、親として常識で縛らないようにかなり気を遣っているようだ。

 普通だったら友だちの家に何ヶ月も住まわせるなんてしないだろうが、可恋ちゃんとの出逢いも特別な巡り合わせだと信じているのかもしれない。


「カナも寂しがっているのにね」と笑ったゆえは、「可恋ちゃんと一緒にいたら成長しそうだよね。うちにも可恋ちゃんがひとり欲しいよ」と冗談めかした。


「でも、早寝早起きしなきゃいけないし、食事管理や運動もやらされるよ。ゆえにできる?」とわたしが冷静に告げると、ゆえは「うわ、無理」と即座に意見を翻した。


 可恋ちゃんは人を寄せ付けないところがある。

 長時間一緒にいるとこちらが気疲れしてしまいそうだ。

 ヒナほどのコミュニケーション能力がないと彼女の懐に飛び込むことはできないだろう。


「一家に一台は可恋ちゃんよりヒナちゃんだな」と宗旨替えしたゆえに、「わたしが許しても可恋ちゃんが許してくれると思う?」とわたしはツッコんだ。


 ひとしきり笑い合ったあと、ゆえは真っ直ぐにわたしを見た。

 人懐っこい彼女の目にわたしも吸い寄せられる。


「一緒に暮らすとしたら、カナがいちばんだな」


 まるでプロポーズのような言葉にわたしの胸はドキンと高鳴った。

 ゆえは微笑みながら「料理の腕は最高だし、家事も万能。こうして励ましてくれるし、課題も写させてくれるし、ガミガミうるさく言ったりもしない」と数え上げるように指を折っていく。


「待って。課題を写させるなんて言った覚えはないんだけど」


「バレた?」と相好を崩したゆえは、「カナにはいつも助けてもらっているからね。ありがとう、カナ」とさらりと言ってのけた。


 照れてしまったわたしは「……わたしも」と小声で返すのが精一杯だった。




††††† 登場人物紹介 †††††


日々木華菜・・・高校2年生。料理が趣味で、将来は調理師か栄養士の道に進みたいと考えている。ゆえは中学生時代からの友だち。


野上ゆえ・・・高校2年生。英語教育に重点を置く高校なので、本来であれば秋に海外への修学旅行が予定されていた。しかし、国内へ変更されてしまい、それも落ち込みの原因となった。


日野可恋・・・中学3年生。カナとゆえの間ではスーパー中学生として何かと話題になる。基本的に他人の感染症対策に口は出さないが、被保護者であるキャシーは例外。


日々木陽稲・・・中学3年生。華菜の妹だが彼女だけ祖父のロシア系の血を色濃く受け継ぎ目を見張るような美少女として育っている。

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