第378話 令和2年5月18日(月)「3年3組のオンラインホームルーム」須賀彩花

『それでは、教えて小鳩会長! のコーナーです』


 わたしが元気にそう言うとジャジャーンとジングルが鳴った。

 テレビのバラエティ番組などでよくあるやつだ。

 このために綾乃がわざわざ用意してくれた。


『最初の質問は国語の課題プリントから。傍線部の動作主は誰かという問題。ちゃんと主語を書いておいてよって思うけど古典だと書いていないことが多いよね。小鳩会長に聞いてみましょう』


 わたしが話を振ると、小鳩さんが少し考え込んでから口を開いた。


『前後の文章を読解することが肝要。その上で場面を類推し行動の主体を確定する』


『えーっと、前後をしっかり読んで、どんなシーンかイメージすればその行動をした人が分かるってことだね』とわたしが通訳すると小鳩さんが『然り』と頷いた。


 オンラインホームルームではクラスごとにいろんな企画を行っている。

 1組は生徒が短時間の授業を行っているそうだし、アンケートなどをしているクラスもあるようだ。

 3組では生徒会長にして学年トップの成績を誇る小鳩さんに勉強の分からないところを聞こうという企画を進めている。


『課題の文章では』と説明し始めた小鳩さんの言葉をわたしは真剣に聞き入る。


 なぜなら翻訳をしなければならないからだ。

 彼女は独特の言い回しを多用するので初めて聞いた時はちんぷんかんぷんだった。

 正直この企画は失敗だと思ったくらいだ。

 ところが、わたしが必死に小鳩さんの言葉を噛み砕いて伝えると、みんなから好評のコメントがLINEで寄せられた。


 ちなみに綾乃も成績は優秀だが、なぜそうなるのか深く考えなくても分かるようで、人に教えるのが苦手だ。

 綾乃に教わりながら、こんなことを言っているんだろうなと推理するクセが身についていたので、それが今回は役に立った。


『今日もご苦労様』とホームルームが終わったあとビデオチャットでわたしは小鳩さんを労った。


 美咲は優奈を助けるために4組のホームルームに出席している。

 代わりにわたしが司会進行を務めることになった。

 1年前だったら絶対に無理だと投げ出していただろう。

 ダンス部で副部長に就任し、みんなをまとめる経験がこんなところで活きた。


『須賀の厚恩に感謝する』と小鳩さんは恐縮した顔を見せた。


『認識しやすい語彙を使用すべきだと理解はしているが容易ではない。本来生徒会長の私が層一層関与せねばならないのに日野や須賀に依託しすぎだと心苦しく恐懼している』


 わたしは小鳩さんの言葉をじっくり聞いてから口を開く。


『気にしなくていいよ。クラスのことなんだからクラスみんなで協力しないと』


 3組は幸い全体的にみんな協力的だ。

 全員出席とまではいかないまでも、出席できる子は極力出席しているし、LINEの感想でも表立って批判するコメントは来ていない。

 教えて小鳩会長のコーナーでも最初の数回はわたしが質問を考えていたが、いまは毎日いくつか届くようになった。


『須賀は凄いな』と珍しく砕けた感じで小鳩さんが呟いた。


『そんなことないよ。小鳩さんは勉強ができるし、生徒会長の務めも果たしているじゃない。美咲や優奈のようなリーダーシップがある訳じゃないし、綾乃や日々木さんみたいに人を癒やしたりもできないし……』


『日野のような傑物は別として、すべてにおいて突出した才能を呈示することは無理だ。弱点を克服する努力は必要だが、卑下することはない。生徒銘々に配慮する姿勢は切に見倣いたい』


 小鳩さんの言葉に綾乃もこくこくと頷いている。

 わたしは自分のことを”普通”だと思っているが、成長した自覚はある。


『ありがとう』とわたしは微笑み、『協力してくれるみんなのお蔭だよ』と言葉を続けた。


 それにしても、とわたしは思う。

 いま画面に映っているふたりは甲乙つけがたい美少女だ。

 優奈が冗談で、女子の可愛さだけなら3組が優勝じゃねと話していた。

 可愛いこのふたりに美人の美咲を加えた3人は学年でもトップクラスだろう。

 日々木さんは可愛いというより人間離れした造形だから別枠だけどね。


『疲れた?』と気遣うように綾乃が語り掛けた。


 さすがにふたりの顔に見とれていたと答えることはできず、わたしは慌てて笑顔を作り、『ごめん、ちょっとボーッとしただけ』と答える。

 癒やしにはなるものの、油断すると不審者扱いされちゃいそうだ。


『須賀の負担軽減のために私に出来ることがあれば表明してほしい』と小鳩さんが言う。


 そんなに気にしなくていいのにと思うが、頑張っているのは事実だし少しくらいならお願いしてもいいかなとわたしは頬に手を当てて考え込んだ。

 綾乃も『私も彩花のためなら何でもするよ』とつぶらな瞳で言ってくれた。


 癒やしと言えば、休校になってから綾乃と会えず、触れ合うことができていない。

 冬場はよく綾乃をハグしてあげていた。

 彼女が落ち着くからだったが、いまにして思えばわたしもそれで気持ちが和んでいた。


 その時の温もりを思い出すと、急に寂しくなった。

 こうして顔を見ることはできても、あの温もりを感じることはできない。

 人恋しさが募り、胸が詰まる。


 泣き出しそうになるのを笑顔で誤魔化し、『休校が終わって日常が戻って来たら、ぬいぐるみみたいにギュッてしたいな』とわたしは希望を口にした。

 綾乃は『私はいつでもいいよ』と即答したが、小鳩さんは画面の向こうで凍りついていた。


『無理はしなくていいからね』とそれを見てわたしはフォローしたのに、『否、それが須賀の願望ならば拒否する理由はない』と引きつった顔で彼女は答えた。


 いまのこの生活にもずいぶん慣れた。

 しかし、やっぱり元の暮らしに戻りたい気持ちは心の奥底にあって、ふとしたきっかけでこうして顔をのぞかせる。

 完全に元に戻るまでは長い時間が掛かるだろう。

 だけど。

 教室で他愛ないお喋りをしたり、体育館でダンス部の練習をしたり、一緒に手を繋いで帰ったり。

 それらがどれほど貴重なものだったのか、失って初めて気がついた。


 涙を見せることなくチャットを終えると、すぐに綾乃からLINEのメッセージが届いた。


『大丈夫? 私はいつも彩花のそばにいるよ』




††††† 登場人物紹介 †††††


須賀彩花・・・3年3組。ダンス部副部長。個性的な美咲グループの中で劣等感を抱いていたが1年間で大きく成長した。


山田小鳩・・・3年3組。生徒会長。小学生時代にいろいろあって学区外のこの中学校へ進学。陽稲との出逢いをきっかけとして生徒会に入ることに。


田辺綾乃・・・3年3組。ダンス部マネージャー。彩花を慕っている。休校になって以降、母親から外出を許されず家に引き籠もった状態が続く。


松田美咲・・・3年3組。彩花の幼なじみでお嬢様。多様な経験を積むため公立中学校に通っている。


笠井優奈・・・3年4組。ダンス部部長。美咲の親友。口は悪いが仲間思い。


日野可恋・・・3年1組。中学生離れした思考と能力の持ち主。ただ彼女をよく知らない人からは恐れられている。


日々木陽稲・・・3年1組。ロシア系の血を引く美少女。妖精や天使に喩えられることが多い。

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