第377話 令和2年5月17日(日)「相談」近藤未来
私がムッとした声で『何の用よ』と詰問すると、電話の相手は『どうせヒマでしょ』と見透かしたように答えた。
呼気をゆっくり吐き出してから『ヒマじゃないわ。課題も多いし』と反論するが、『
ひどい言い草だ。
しかし、事実でもあった。
大量の課題は計画通りに進めていて、それ以外にも自主的な学習を続けているのにまだ時間に余裕があった。
ほかにやることと言えば亜砂美に勉強を教えることくらいだ。
『わたしは高校の友だちがたくさんできたけど、未来はひとりもいないでしょ』と自慢げに工藤が話す。
『休校じゃなくても友だちを作る気がないからどうでもいい』と心底どうでもいい気分で私は言い放った。
『ダメよ! もうわたしという友だちの味を覚えたんだから、ひとりは寂しいわよ』
『誰が友だちよ』と冷たく返すと、『そんなことじゃ後輩の子に相手にしてもらえなくなるわよ』と痛いところを突いてくる。
卒業式の日に生徒会長に亜砂美のことを頼んだ。
その場に工藤がいたため、私と亜砂美との表面上の関係を説明した。
生徒会長は額面通りに受け取ってくれたと思うが、工藤は含み笑いを浮かべながら聞いていた。
私が口を閉ざしてしまったため、工藤は『コミュ力を鍛えないと人は離れて行くものよ』と説教を始めた。
この前生徒会長は裏表のある性格だが、表の顔はコミュニケーション能力に優れ多くの生徒に慕われていた。
裏の顔は可愛い後輩を姫と呼んでいちゃつこうとする変態だったが……。
いつもなら『興味がない。用がないなら切るよ』と一蹴するところだ。
だが、この2週間で亜砂美と距離ができつつあると感じていた。
友だちのいない私には人間関係で相談できる相手がいない。
人間観察は趣味だが、実際に自分で実行するとなると容易ではない。
『工藤に話すのは癪に障るので誰か紹介して欲しい』と本音を漏らすと、『何よそれ』とさすがに怒った声を出したが、すぐに『良いわよ。誰を紹介するか考えるから相談内容を教えて』と愉快そうな声を発した。
工藤のほくそ笑む顔が浮かぶ。
弱みを握られる気がして私は眉をひそめた。
『それでどうしたの?』と彼女は興味津々といった態度を隠すことなく尋ねた。
私は覚悟を決めて話し始める。
ここで止めたら工藤はしつこく問い質すだろう。
私だけでなく亜砂美にまで聞くかもしれない。
『私が祖父母と暮らしていることは話したよね。そして、亜砂美を引き取ったことも』
私は相づちを待つことなく言葉を続ける。
『先日、亜砂美の身にちょっとしたトラブルがあってそれを祖母が解決したの。それ以来、亜砂美は祖母にべったりくっついて離れようとしないのよ』
『アサミちゃんをお祖母様に取られて悔しいってことね』と工藤は笑いながら要約した。
だから、言いたくなかったのだ。
私は『別に悔しい訳じゃないわ。ただ勉強よりも祖母から家事を習うことに時間を取られているから心配しているだけ』と説明したのに、『なるほど。寂しいのね』と工藤は聞く耳を持たない。
私はわざとらしく溜息をついて、『もういいわ』と電話を切ろうとする。
『ごめんごめん』と済まなそうに思っていない声で工藤が引き留めた。
それでも『簡単な方法を教えてあげるから』と言われると無碍にできない。
私は見えないと分かっていても思いっ切りしかめ面になって、『それで』と続きを促した。
『毎日耳元で「好き」「愛してる」って囁くの。ね、簡単でしょ?』
グツグツした感情が胸の辺りからわき上がってくる。
あまりのことに言葉が出て来ない。
私の沈黙を良い方に解釈した工藤は得意げに鼻歌をうたう。
『工藤。……こんなに殺意が湧いたのは久しぶりよ』
『なんで怒ってるの? これをすればアサミちゃんはイチコロよ』
イチコロにしてやりたいのはお前の方だ。
もちろん”殺す”的な意味合いで。
『できる訳がないじゃない!』という私の怒声にもまったく気にした素振りなしに『どうして?』と聞いてくる。
『べ、別に好きって訳ではないし、あの子をつけ上がらせるだけでしょ』
工藤はいかにも演技したという感じで『べ、別にアンタのことなんて好きじゃないんだからね!』と言った。
私が『何よ、それ』と聞くと、『ツンデレのテンプレよ。知らない?』と笑いながら教えてくれた。
『それはともかく、好きかどうかなんてどうでもいいの。未来は力で相手を支配しようとするけど、こっちの方が効率良いわよ』
これが仮面女子の本性かと思いながら、『工藤は演技派だものね』と揶揄する。
可愛い顔で外面が良く、多くの友だちがいる工藤だ。
笑顔で人を操ることなんて簡単なのだろう。
『演技じゃないよー。未来のことも愛しているよ!』とふざけた工藤は、『でも、誰もがするような処世術に過ぎないよ。みんな本心は見せないもの。上辺だけかもしれないけど、みんなで仲良くしていた方が楽しいじゃない』と真面目な声で語った。
『そういうのが煩わしいから人と距離を置いているのよ』
『だけど、アサミちゃんは近くに置いておきたいんでしょ? だったら、アサミちゃんに対してはそういうやり方をしなきゃいけないじゃない』
こんな奴に説得されそうなことが無性に腹が立つ。
なんとかマウントを取り返そうと必死で頭を働かせるが、『未来ならもっと良い方法を考えつくかもしれないけど、その時にはアサミちゃんが遠くに行っちゃってたなんてことがないといいね』と追い討ちをかけられてしまった。
『学校が始まったら一緒に暮らしていても会う時間は減っちゃうよ。アサミちゃんは未来と違って友だちいるでしょ?』
私と違っては余計だが、工藤の言う通りだ。
高校生活が始まれば時間的余裕は失われるだろう。
亜砂美も日常が戻れば、頼りにならない私を相手にしなくなるかもしれない。
これまでは私だけが彼女の救いだった。
だから亜砂美は私の無理難題をすべて受け入れた。
失いかけてからその価値に気づくとは私もまだまだ子どもということだ。
『工藤のことは人間の屑だと再確認できたけど、参考にはなった』
『ひどいなー。未来は他人に夢を見すぎだよ。純真無垢なのはわたしの知る限り小鳩姫くらいだよ』
工藤は生徒会長のバトンを受け渡した相手の愛らしさを褒め称える。
私ならそれを自分の手で汚してしまいたいという思いに囚われるが、工藤は侍らせるだけで満足するそうだ。
工藤のことを人間の屑だと言ったが、私は汚物以下だと自認している。
こんな私を慕う子なんて二度と現れないだろう。
『いまも毎日こんな風にメールで愛を叫んでいるのにちっとも振り向いてくれないのよ。どうしてだと思う?』と逆に相談された私は『毎日迷惑メールを寄越される生徒会長が可哀想だわ』と答えてほんの少し溜飲を下げた。
††††† 登場人物紹介 †††††
近藤未来・・・高校1年生。神奈川県下で最難関の公立高校に進学した。両親は離婚し、母方の祖父母に育てられている。
工藤悠里・・・高校1年生。中学時代は生徒会長を務めた。意図的に少しランクを落とした高校に進学した。
久藤亜砂美・・・中学2年生。自堕落な母親とふたり暮らしだったが、2月下旬に近藤家に引き取られた。
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