第362話 令和2年5月2日(土)「対抗心」日々木華菜

『あー、負けた気分』


 LINEではなく電話してきたことから考えて、ゆえはその声音以上に落ち込んでいるようだった。

 そして、それはいつだって可恋ちゃん絡みだ。


『どうしたの?』と尋ねると、案の定『生徒が自主的にオンラインホームルーム開くとか考えられないよ』とゆえは悔しそうに呟いた。


 わたしとゆえの出身中学でオンラインホームルームが実施された。

 最初は学校によるテスト的な意味合いの強いものだったが、可恋ちゃんがそれを引き継いだ。

 それだけでなく他の3年生のクラスにも呼び掛けて、連休明けから他のクラスでも実施するらしい。

 テストの段階から可恋ちゃんは協力していたと聞いている。


『びっくりだよね。確かにホームルームくらいなら生徒だけでもできるだろうけど、普通はやろうとは思わないよ』


 黙り込んでいるゆえに、わたしは言葉を続ける。


『でも、ゆえだってやろうと思えばできるでしょ?』


『まあね。自分のクラスだけなら。だけど、クラスでって何か違う気がしない? 仲が良い子同士でなら分かるけど、高校だとクラス単位はどうかなって思うよね?』


 確かに中学の頃と比べるとクラスでまとまる機会は減った気がする。

 文化祭では割とクラス一丸になったけど、それ以外ではあまり一体感がなかった。

 クラス替えがあったばかりなので、いまは尚更そんな感じが強い。


『高校生なんだから規律正しく生活するかどうかなんて自己責任って感じだしね』とゆえは力説する。


『実際は高校生の方が乱れているんじゃない?』と指摘すると、『細かいことを親から言わなくなるとそうなるよね……』とゆえは唸った。


『カナはもちろんハツミもアケミも真面目だから生活のリズムを乱してないでしょ。むしろわたしの方がヤバいくらい』と笑ったゆえは、『だから、他人を助ける余力なんてないよ』と自嘲した。


 まあ、普通の中高生はそうだよね。

 自分と自分の親しい友だちのことで精一杯で、それ以上となるとよほど意識が高くないと無理だろう。


『あっちの方、忙しいんでしょ? だったら仕方ないじゃない』とわたしは慰めの言葉を掛けたが、ゆえは納得していないように『うーん』と声を絞り出した。


『ビデオチャットを使った合コンは問い合わせがひっきりなしだけどさ。わたしがやりたかったのはこんなことじゃないって叫び出したくなることもあるよ』


 一斉休校になった直後はまだ他人事という感じが強かった高校生たちも、緊急事態宣言が出て自粛ムードが高まると遊ぶことを控えるようになった。

 いまの学生たちは他人の目をもの凄く意識するので、ごく一部の例外を除けば真面目に自粛要請に従っている。

 SNSが普及しているので寂しさは感じずに済むが、新たな出逢いの機会はほとんどない。

 そこに、ゆえのオンライン合コンがヒットした。

 ある程度ゆえが身元保証をしているので、まったく見知らぬ怪しい相手ではない点が好評を博しているそうだ。


『こっちはさ、信用できる相手かどうか苦労して確認しているのよ。なのに、友だちだからって怪しげな奴を呼んだりするの。信じられる?』とゆえは憤慨する。


 参加ルールを守らない人が男女問わず一定数いるそうだ。

 遊びだからと軽い気持ちでルールを破ってしまうのだろうが、個人情報の流出などシャレでは済まない事件が起きるかもしれないとゆえは心配している。

 それはゆえ自身の信用問題にも直結するだけにかなり神経質になっているようだ。


『顔は広くなるけど、欲しい人脈とは違うかなって思っちゃうんだよね』とゆえは嘆く。


 人脈作りが趣味だと標榜するゆえだけに切実な問題なのだろう。

 可恋ちゃんをライバル視しているだけに尚更だ。


『人脈と言えば……』と口に出してから、これを言えばゆえが更に落ち込むかもしれないと気づく。


 言い淀んだわたしに、ゆえは『何?』と続きを促す。

 失敗したと思ったが、言い始めたからには最後まで言わないとゆえは納得しないだろう。


『お母さんが申し込んだオンラインの英会話スクールの講座が休講になっちゃったのよ』


 講師の外国人が在宅勤務を希望したのに認めなかったとかでトラブルが起きたそうだ。

 お母さんのようにこの機会に英会話を学びたいという需要は多いのに講師が確保できずに一部の講座が続けられなくなったと聞いた。


『ハツミも言ってたね。困ってるって』


『うん。それを可恋ちゃんに言ったら講師を紹介してくれたの。キャシーのご両親の知り合いなんだって』


 函館で観光アドバイザーをしているアメリカ人の女性で、転職のために勉強するかたわらアルバイトで英会話を教えてくれることになった。

 互いに短期集中型で行いたいという希望が合致し、とんとん拍子に話が進んだ。

 アルバイトなのにきっちりと契約書を作成し、キャシーのご両親と可恋ちゃんが間に入って事細かな条件を決めたそうだ。


『毎日課題がたくさん出て、お母さん、ヤバいくらい真剣に勉強しているよ』


 お母さんは家にいると言っても遊んでいる訳ではない。

 百貨店は休業中だが、仕事は結構あるそうだ。

 それでも代休や有休を組み合わせながら時間を作り、大量の課題をこなしながらオンライン授業に挑んでいる。

 わたしが高校入試の受験勉強をしていた時よりもはるかに熱心に見える。


『リサに頼むことは考えつくけど、リサの両親に頼むという発想は出て来ないな』


 リサはキャシーの姉で、ゆえはいまも連絡を取り合っている。

 家族ぐるみの付き合いでなければ、友だちの親を利用するという考えは出て来ないだろう。


『可恋ちゃんは大人相手でも対等な感じがするものね』


『なに食ったらああなるのかな』とゆえは冗談めかすが、羨望する気持ちが垣間見えた。


『ゆえだって経験積めば追いつくんじゃない』


『その頃には手が届かなくなってそうだけど……。って、愚痴っても仕方ないか』


 吹っ切るように言ったゆえに、『そうだよ』とわたしは後押しする。


『みんな頑張っているんだし、わたしたちも負けないようにしないとね』と言ったわたしに、『頑張ってない奴も多いけどね』とゆえは茶化すように答えた。


『課題だけやってる子が大半で、課題すら手をつけてない子もいる。家庭環境だとか周りの友だちの影響だとか、そういう差が大きいっぽい』


 わたしよりずっと顔が広いゆえは多くの高校生の現状を知っている。

 ゆえの沈んだ声に、わたしは『そっか』と返した。


『受験生は青い顔してるし、新入生はどうしたらいいか分からないって顔してるし、この時期の過ごし方で大きな差ができそうだね』


 ニュースを見てそういった現実は知っていたけど、ゆえに言われるとそれが実感となって伝わってくる。


『恵まれているんだね』と声に出すと一層その気持ちが膨れ上がった。


『このままでいいのかな?』と思いが口を衝いて出る。


 可恋ちゃんの活動を知らなければ、こんな気持ちにならなかったかもしれない。

 他人のためになんて自分の柄じゃないような気もする。

 それでも……。


『ま、わたしたちにできることがないか考えてみようか。可恋ちゃんとは違う、高校生に合ったやり方をね』


『そうだね』とわたしはゆえの言葉に同意する。


『頼りにしてる』と軽い口調で言うゆえに、落ち込んだ気配はもうなかった。




††††† 登場人物紹介 †††††


日々木華菜・・・高校2年生。料理が好きなだけの普通の女の子と自認しているが、ゆえからの評価はもっと高い。


野上ゆえ・・・高校2年生。普段は飄々としているが譲れないことに対しては熱くなるタイプ。


日野可恋・・・中学3年生。ゆえからライバル視されていることは自覚している。だからといって態度が変わることはない。

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