第342話 令和2年4月12日(日)「物語」黒松藤花

「”空白の魔女”?」


 見上げるようにして希がわたしの顔をのぞき込む。

 それを見て、成り立ての小学2年生に「空白」はまだ分からないかと反省する。


「空白っていうのはね、真っ白でまだ描かれていない様子のことを言うの」と言って、机の上に白紙を広げる。


「ほら、こういうの」と言うと、「真っ白なんだね」と希は応じた。


 うまく伝わったかどうかは心配だが、いまはこれでいいだろう。

 それよりも希のキラキラした目の輝きと「真っ白」という言葉からひとりの少女の姿が頭に浮かんだ。

 わたしがお話を作るときによくモデルにする女の子。

 今回も彼女がヒロインのイメージだ。


「もういちど始めから話すね。――あるとき、この国が滅ぶとお告げがありました。そして、それに大きく関わるのは”空白の魔女”だとみんなに知らされたのです」


「その魔女って悪い人なの?」


 希の質問にわたしは微笑んで、「どうだろうね」と曖昧に答えた。


「その国の、ある町に、ひとりの女の子がいました。透き通るくらい白い肌、パッチリしたお目々、長いまつげ、小さく可愛らしいお口、フワフワした長い髪、ものすごく美しい女の子でした」


 彼女の姿を思いながら説明したのに、どうしても言葉だけでは伝え切れない。

 もっと表現力が欲しいと感じてしまう瞬間だ。


「その子が微笑むと、まるで一面にお花が咲いたかのように周囲は明るくなり、みんなも笑顔になるのでした」


 希もニコニコと微笑みながら聞いてくれる。

 この子の笑顔だって天使のようだ。

 身内という贔屓目があるとしても、希より可愛い子をわたしはひとりしか知らない。


「その子は見習いの魔女で、町の人のためにいろいろなお手伝いをしていました」


 お婆さんのお買い物の荷物を持ってあげたり、お爺さんのお話し相手になったり、子どもたちのお世話をしたり、とにかく困った人を見かけたらすぐに近づいていって助けてあげていたのよとわたしは説明する。


「彼女がこの街に住んでいたら、希のために来てくれたかもね」とわたしが言うと、「わたしにはお姉ちゃんがいるから、もっと困った人たちを助けてあげて欲しい」と真剣な顔で希はわたしに訴えかけた。


 天使のような妹にそんなことを言われたら、姉として感極まってしまいそうになる。

 泣かないように気を付けながら、「ありがとう、希。お姉ちゃん、嬉しいよ」とギュッと小さな身体を抱き締めた。


 わたしは希に絵本を読み聞かせることが好きだった。

 それが高じて、自分が考えたお話をこうして聞かせるようになった。

 わたし自身、絵本や童話が好きでよく読んでいた。


 お母さんは希を産んだ時に亡くなった。

 当時6歳だったわたしは死というものを理解していなかったと思う。

 それでもお母さんが帰ってこないことに毎日泣いて過ごしていた。

 救いはこの天使のような妹の存在だった。


 希が生まれて間もなく、わたしたちはこの町に引っ越した。

 お祖母ちゃんが住む家のすぐ近くのマンションに。

 お祖父ちゃんはわたしが生まれてすぐの頃に亡くなっていて、お祖母ちゃんは独り暮らしをしていた。

 お父さんはお仕事があるので、ひとりでふたりの娘を育てるのは難しかった。

 お祖母ちゃんの手を借りながら頑張ってくれていたのだけど、一斉休校の時にわたしたちはお祖母ちゃんの家に預けられることになった。


 お父さんはお医者さんだ。

 正確に言うと麻酔科医。

 感染の危険があるからと、無理して微笑みながらわたしたちに語った。


 希はそれから寂しいと口にしていない。

 わたしはお父さんの分まで希を守ってあげないとと思いながら過ごしている。


「ついにその女の子は一人前の魔女として認められました。そして、名前をもらいました。”空白の魔女”という名前です」


 楽しそうにわたしのお話を聞いていた希が一転して不安げな表情になる。

 ハッピーエンドまでちゃんとたどり着きたいと考えていたが、見習い時代の活躍を調子に乗って語り過ぎた。

 そろそろお買い物に行ったお祖母ちゃんが帰ってくる頃だ。

 そうしたら夕食作りのお手伝いをしないといけない。


「大丈夫だよ。これほどみんなに愛されている女の子が負けたりしないから」


 ネタバレだけど、わたしはそう言ってニッコリと笑う。

 希の頭を撫でてあげると、少し安心したようだった。


 予想より少し遅れてお祖母ちゃんが帰ってきた。

 少し疲れた様子だ。

 最近は宅配で済ますことも多いが、野菜や果物などは現物を見ないとダメねと言って買い出しに行く。


「お帰りなさい」とわたしと妹が玄関で出迎える。


「そこで近藤さんと会ってね」とお祖母ちゃんは遅くなった理由を教えてくれた。


 近藤さんというのはこの街に住むお祖母ちゃんの古くからの知り合いだ。

 わたしも何度か会ったことがある。

 とても厳しそうな印象のお婆さんだ。


「なんでも、知り合いの娘さんを引き取ったそうよ。中2だと言っていたから藤花とうかさんが知っている子かもしれないわね」


 わたしには心当たりがなかったので小さく首を横に振る。

 わたしは学校ではおとなしく、友だちが少ない。

 小学校時代はクラスメイトから無視されることがあって学校に居づらく感じたこともあった。

 中学ではあまり他人と関わろうとしないクラスだったので、ある意味過ごしやすかった。

 新しいクラスは始業式の日に顔を見た程度なのでよく分からない。


 そのあとは夕飯作りだ。

 希が手伝うと言うので、その相手をしていたらお祖母ちゃんのお手伝いができない。

 そんなわたしに構わず、お祖母ちゃんは淡々と料理を作り続けた。


 お祖母ちゃんは基本的にわたしたち姉妹にあまり干渉してこない。

 母親代わりだったこともあって希はとても懐いているが、わたしは希のように接することができない。

 祖母との関係なんていろいろな形があると頭では分かっているものの、少し寂しく感じてしまうこともあった。


 夕食のあとは希と一緒にお風呂に入ったり、お父さんにビデオメールを送ったりしているとすぐに就寝時間だ。

 お祖母ちゃんでは希と同じ布団で寝ている。

 希が寂しがるからと言い訳しているが、本当はわたしがひとりで眠れないからだ。


 お祖母ちゃんは高齢だし、お父さんはものすごく忙しく働いていて疲れているのが分かる。

 もし感染したら……。

 毎晩そんな恐怖が忍び寄ってくる。

 もしひとりだったら耐えられなかったかもしれない。


 ……日々木さんもこんな不安を抱いているのかな?


 ふと、そんなことを思った。

 彼女は同じ小学校出身で、1学年上だ。

 5年生の時に同じ図書委員だったので、2、3回話したことがある。

 見た目は超絶美少女なのにものすごく優しい人で、たったそれだけでわたしは救われた気持ちになった。


 現実で話すことができないから、わたしは自分が考えた物語の中で自由に動かしているのかもしれない。

 わたしは”空白の魔女”の続きを考えなきゃいけないと思いつつ眠りに落ちた。




††††† 登場人物紹介 †††††


黒松藤花とうか・・・中学2年生。病気がちで運動は苦手。小柄だが陽稲よりは背が高い。


黒松のぞみ・・・小学2年生。病気がちで運動は苦手。小柄。


日々木陽稲・・・中学3年生。見た目の印象と違い病気がちということはないが運動は超苦手。

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