第336話 令和2年4月6日(月)「最悪のクラス」川端さくら

 ……うひゃあああああああ。


 マスクをしていたから周りには聞こえていないと思うけど、思わずそんな叫び声が漏れてまった。

密集しないように言われているが、新しいクラス名簿が貼り出された前には生徒の人だかりができている。

 それを見て悲喜こもごもの歓声が上がり、手を取り合ったり抱き合ったりする女子の姿も目立つ。


 学校は休校の延長が決まった。

 しかし、始業式と入学式は今日行われる。

 春休みはわずか1週間。

 それまでの休校期間が長かったのであっという間に感じた。


 そんなことより問題は新しいクラスだ。

 わたしは3年1組になった。

 心花みはなも同じクラスだ。

 3年連続、これは悪くない。

 だが、このクラスの名簿には恐ろしい名前がずらずらと並んでいた。


 男子すら手に負えないこの学校一の不良、麓たか良。

 その麓を顎で使うというこの学校の裏番、日野可恋。

 小学生時代に大のトラブルメーカーだった高月怜南。

 同じクラスになりたくなかった3人が揃いも揃って同じクラスになるなんて。

 呪われているんじゃないかと頭を抱えるほどだ。


 ……日頃の行いが良いとはお世辞にも言えないけどさ。

 これはあんまりじゃないか!


 もうひとり、この学校一の有名人、日々木さんも同じクラスだ。

 これで心花のボス陥落は決定だろう。


 その心花だが、今朝連絡があった。

 風邪を引いて熱を出し、学校を休むと。

 この時期に風邪なんてと心配に思い詳しく事情を聞いてみた。


 彼女は半身浴が好きなんだそうで、いつも温めのお湯に長時間つかっているらしい。

 昨日はお風呂の中で寝落ちして、気が付いたらお湯がすっかり冷めていたと怒りながら教えてくれた。

 なんで誰も起こしてくれなかったのとわたしに言われても……。

 それなのに新型コロナウイルスのせいだったらどうしようと心配している。

 いや大丈夫だと思うよ、と答えておいた。

 なんとかは風邪を引かないと言われているのに引いたから凶悪なウイルスが原因かもしれないけどね。

 そんな訳で心花は欠席だ。


 始業式は講堂で行われる。

 換気のため窓が全開なので結構肌寒い。

 生徒同士の間隔を空けているので尚更だ。

 一週間前の終業式の時は教室で放送を聞いているだけでよかったのにと思ってしまう。


 新しい校長先生が話し始めた。

 生徒のためにと言いながら、この休校措置への悔しさを滲ませていた。

 一刻も早い学校再開のために教育委員会と折衝していますなんて言われても生徒からすれば「知らんがな」という感覚だ。

 それよりも話が長い。

 こんな吹きっさらしに長時間いたらこっちまで風邪を引いてしまいそうだ。


 そんな空気が生徒の間に蔓延して私語が増えてきた。

 その時、見慣れないダサい赤のジャージ姿の教師が「そこ、静かにしなさい!」と怒鳴り声を上げた。

 ひっつめ髪の神経質そうなおばさんという印象だ。

 これまで怖い先生はいても、こんな風に怒鳴る先生はあまりいなかった。

 しいて挙げれば機嫌が悪い時の久保先生くらいか……。

 小野田先生は厳しかったけど決して怒鳴ることはなかったし……。


 ウンザリする長話が終わり、ようやく教室に向かう。

 3年1組ということで真っ先に講堂を出られてホッとする。

 しかし、背後から「そこ、ダラダラ歩かない!」と金切り声が聞こえてきて、わたしはげんなりしてしまった。


 教室の黒板には出席番号による座席表が書かれていた。

 どういう順番か分かりにくかったが、どうやら男女が前後左右に交互に並んでいるようだった。

 わたしの席は廊下側の最後方でラッキーと思って腰を下ろす。

 とはいえ廊下の冷気が入って来そうなのでちょっと寒い。


 登校している生徒は全体の三分の二くらいで、空席が目立つ。

 2年5組からこの同じクラスになったのは心花以外だと莉子だけか……とその姿を見つけて顔をしかめた。

 彼女も一応心花のグループだったが、男子の顔色ばかり見ているので女子から嫌われていた。

 いまも女子ではなく知り合いの男子を見つけて声を掛けている。


 人が集まっているのは日々木さんのところだ。

 最前列の窓際近くなので、ここからだと教室の対角線上に当たり詳しい様子は見えない。

 それでも登校している女子の半分くらいがそこにいるのだから、このクラスのカースト最上位なのは間違いないだろう。


 ……心花が来ていないことだし、わたしも日々木さんのグループに行こうかな。


 わたしとしては教室内で穏やかに過ごせる居場所さえあればいい。

 これまでは心花をうまく立てることで自分の位置をキープしてきた。

 でも、このクラスだと心花の方が地雷になるかもしれない。

 どうしたものかと考えているうちに先生が入って来て時間切れとなった。


 担任は藤原先生だ。

 1年生の時に国語を教えてもらっていた。

 若くて頼りないところはあるが親しみやすい先生だ。

 藤原先生に続いてダサいジャージの人物が教室に入ってきた。

 わたしは「ゲッ」と声を出してしまった。

 たぶんクラスの生徒全員が心中穏やかではないだろう。


「このクラスの副担任の君塚紅葉です。担当教科は英語です」


 えー! という声が上がりかけたが、君塚先生のひと睨みでかき消えた。

 1年2年の時は、英語は広田先生が全クラスを担当していた。

 優しい女の先生で、生徒からの人気が高かった。

 この先生が副担任というのも嫌だが、広田先生の授業を受けられないというのも残念に感じる。


 その後もどちらが担任か分からないほど、君塚先生が話を仕切る。

 休校中の登校日についてや、過ごし方を事細かに注意する。

 子ども扱いされているのが嫌でも伝わってくる話し方だ。


「そこ、ちゃんと話を聞きなさい!」と窓際に座る男子を君塚先生が注意する。


 君塚先生は眉間に皺を寄せ、「だいたいそのマスクはなんですか」と怒り出した。

 彼はグレーのマスクをしていた。

 白でないのがお気に召さないようだ。


「外しなさい!」


「先生!」と藤原先生が男子生徒に近づこうとする君塚先生を引き留めようと声を掛ける。


 しかし、君塚先生は一切聞こえていないように歩を進める。


「君塚先生!」と再度藤原先生が声を上げる。


 それでも君塚先生は止まらない。

 男子生徒に手が届く距離まで達したとき、「教育委員会に報告します!」と言って藤原先生が教室を飛び出した。

 生徒たちが呆然とそれを見送る中、君塚先生は「待ちなさい!」と言って慌てて追い掛けていった。


 教室の中は静まりきったままだ。

 どうしていいか分からない。

 5分ほどしてようやく別の先生が現れた。


「学年主任の桑名です。……連絡事項は済んでますよね?」と言って教室内を見回す。


 女性にしては大柄なその先生はわたしの斜め前に座った女子生徒を手招きして呼ぶと、いくつか質問をして席に戻した。

 それから、「大丈夫のようですね。今日はこれで解散とします。速やかに帰宅してください」と話し掛けた。


 すると、日々木さんが手を挙げた。

 それに気付いた桑名先生は「どうぞ」と頷いてみせた。


「色つきのマスクはダメなんですか?」


「いえ。こういう時ですからね。問題ありません」と桑名先生は安心させるようにニッコリと微笑んで答えた。




††††† 登場人物紹介 †††††


川端さくら・・・3年1組。勉強はできる方だが、運動、容姿、コミュ力などは平均点という自己評価。


津野心花みはな・・・3年1組。自分のこと以外に関心がないタイプ。これでも学校の成績は平均以上。


日々木陽稲・・・3年1組。校内で知らない人はいないくらいの美少女。(しかし、心花は知らなかった)


望月寿子・・・4月に赴任した新校長。「生徒のため」が口癖。これまで保護者からの支持は高かった。


藤原みどり・・・3年1組担任。国語担当。教師歴4年目にして初の担任と浮かれていたが……。


君塚紅葉もみじ・・・3年1組副担任。英語担当。アラフォーのベテラン教師。ジャージ姿がデフォルト。

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