第296話 令和2年2月26日(水)「魔法少女」原田朱雀

「魔法少女が欲しいな」


 昨日の部活中にちーちゃんがポツリと呟いた。

 4月に新入部員を獲得するため部活紹介で手芸部のアピールをしなければならない

 あたしたちは手作りの衣装で着飾る予定だ。

 それに向けて、あたし、ちーちゃん、まつりちゃんの3人はコツコツと作業をしている。

 ちーちゃんはあたしが着る衣装作りの真っ只中のはずだが、編み物をしているのは分かっても何を作っているのかは定かではない。


「ちーちゃんが魔法使いじゃないの?」とあたしは尋ねる。


「魔法使いと魔法少女は全然違うよ」と普段温厚なちーちゃんが怒ったようなもの言いをした。


「……そうなんだ」


 あたしには訳が分からない。

 彼女は普段から中二病的な言動を繰り返しているし、ツッコんだら負けだろう。


「まつりちゃんは?」と提案すると、ちーちゃんはまつりちゃんの方に一度目をやり、それから再び手元に視線を落とした。


 どうやらお気に召さないようだ。

 まつりちゃんはそんなちーちゃんの態度になぜかホッとしていた。


「みっちゃんは?」とここにいない友だちの名前を挙げる。


「みっちゃんは吟遊詩人」とちーちゃんが即答した。


 みっちゃんと仲良くなってから、ちーちゃんは一緒にマンガを描いている。

 ちーちゃんがお話を考え、美術部のみっちゃんが絵を描くという役割分担だ。

 そのお話の中で、あたしが光の女神様を助け出すために魔王を倒そうとしている勇者兼竜騎士で、ちーちゃんが魔法使いというのは何度も聞かされていた。

 吟遊詩人と言われてもピンと来ないけど、ちーちゃんの頭の中ではみっちゃんが語り部なのだろう。


 その話を思い出したのは、いま目の前の女の子が魔法少女っぽく見えたからだ。

 メガネっ娘でマスク姿なので顔はハッキリとは分からないが、小柄で可愛らしい美少女って感じだ。

 目つきがキツく、メインヒロインというより主人公のライバルあたりにいそうなタイプかなと思ってしまう。


「わたしの友だちのももち。ダンス部で、あとのふたりも同じダンス部の1年生」とまつりちゃんが紹介する。


 今日の昼休み、手芸部の部室である家庭科室に3人がわざわざ来てくれた。

 魔王、もとい”怖い先輩”との交渉に協力してくれるそうだ。


「1年3組の原田朱雀です。手芸部の部長をやっています。こちらはあたしの幼なじみで副部長の鳥居千種」と自己紹介をすると、3人のダンス部員で真ん中に立つ女の子が「5組の辻あかりです。よろしく」と頭を下げた。


 辻さんは真面目そうな普通の女の子で、まつりちゃんの友だちは失礼ながらダンス部っぽくない垢抜けない感じの子だった。

 そして、もうひとりが……。


「秋田ほのかよ」とぶっきらぼうに名乗った。


 いかにもキャラを作っていますって雰囲気で、なんだかニヤけてしまう。

 チアっぽい衣装より魔法少女コスの方が絶対に似合うよね。

 そんな妄想に耽っていると、脇腹をちーちゃんに小突かれた。

 いけない、いけない、本題に入らないと。


「1年同士だからため口でいいよね」と断ったあと、「例の、日野先輩からは放課後なら話を聞くと了解を取れたので、いつがいいかな?」と話を振った。


「行動が速いね」と辻さんが驚いていた。


 フフンと誇らしげな顔をすると、ちーちゃんが「猪突猛進だから」とあたしを指差して言った。

 それはともかく、月水金はダンス部の部活があるのでそれ以外という要望が出て、明日か来週の火曜日で調整することになった。


「バレンタインデーにチョコレートの持ち込みを許可してもらうってことでいいんだよね?」と確認を取って話し合いは終了となった。


 すぐに帰ってしまいそうな3人を引き詰めるために、あたしは大きな声で呼び止めた。


「ほのかちゃん、魔法少女にならない?」


 ダンス部の3人はポカンとしている。

 目が点というのはこういう表情なのだろう。


「えーっと……」


 説明しようと思うものの、何を言っていいのやらよく分からない。

 彼女はダンス部だから手芸部の部活紹介を手伝ってもらう訳にはいかないだろうし、そもそもいまから魔法少女のコスチュームを用意できるかどうかも難しい。

 そもそも、ちーちゃんが「魔法少女が欲しい」と言ったのはマンガに登場させたいという意味だろう。

 本人の許可を取るべきだが、この件は手芸部――というか、あたし――とは一切関係がない。


 あたしは困った時のちーちゃん頼みで横にいる彼女の顔を見た。

 しかし、ちーちゃんもあたしの発言の意図が分からないのか首を傾げていた。


「いや、ほら、ほのかちゃん、可愛いから、魔法少女が似合うかなって……」


 あたしのしどろもどろの説明に、ほのかちゃんは冷え切った視線を投げつけてきた。

 これは”怖い先輩”で慣れていなかったらビビって怖じ気づいてしまったところだ。


「あー、この子、ちーちゃんがマンガを描いていて、そこにモデルとして登場させてもいいかな? なんて……」


「絶対嫌よ」とあたしの言葉を遮って、ほのかちゃんが言い放った。


「馬鹿にしてるの!」と怒るほのかちゃんを辻さんが「まあまあ」と宥めている。


 呆然と立ち尽くすあたしに、ちーちゃんが真剣な顔で「すーちゃん、謝ろう」と促した。

 謝らなきゃいけないようなことは言っていないじゃないと一瞬思ったが、ちーちゃんの顔を見て、反論をグッと堪える。

 そして、ほのかちゃんの方を向き、「気に障ったらごめんなさい」と頭を下げた。


 その後も彼女は「何様のつもりよ!」などと罵詈雑言を並べ立てた。

 辻さんは「あとはあたしがどうにかするから」と言って、強引にほのかちゃんを連れて家庭科室を出て行った。

 廊下でもふたりは大声を出し合い、それがあたしの耳にも入ってくる。

 ようやくそれが聞こえなくなって、あたしはふーっと大きな溜息をついた。


 あたしは空気を読むのが得意じゃない。

 ちーちゃんからは距離を詰めすぎとよく指摘される。

 教室では気を付けるようにしているが、ホームであるこの家庭科室だとつい気が緩んでしまう。

 他人との距離感なんて、みんなどうやって学習しているんだろう。


 抱き合うように震えていたまつりちゃんとそのお友だちもようやく落ち着いたようだ。

 3組だと時々起きるけど、キレた子が近くにいると怖いよね。

 涙目のまつりちゃんを支えながら、その友だちはニッコリ微笑み、「秋田さんはキツいところがあるので、気にしないでね」とあたしを慰めてくれた。


「ありがとう」とあたしも笑顔を返す。


 まつりちゃんたちも教室に戻り、家庭科室にはあたしとちーちゃんが残された。


「……難しいな」と零したあたしに、ちーちゃんはハンカチをくれた。


 目元をそれで拭い、「洗って返す」と言ったのにちーちゃんはあたしの手からハンカチを奪い取った。

 そんな何気ない行為に心が落ち着きを取り戻す。


「すーちゃんは倒されても斬り殺されても前を向いて立ち上がるから勇者なの」


「……死んだら立ち上がれないって」とツッコんだ時にはだいぶ気持ちは軽くなっていた。




††††† 登場人物紹介 †††††


原田朱雀・・・1年3組。手芸部部長。愛称はすーちゃん。1学期に千種と手芸部を設立した。


鳥居千種・・・1年3組。手芸部副部長。愛称はちーちゃん。美少女だが、中二病的発言を繰り返して変人扱いされている。


矢口まつり・・・1年4組。手芸部。引っ込み思案な性格で、かなり強引に朱雀に入部させられた。クラスではももちと仲が良い。


山口光月みつき・・・1年3組。美術部。愛称はみっちゃん。クラスでいじめられていたが、現在は朱雀や千種と仲良く過ごしている。


辻あかり・・・1年5組。ダンス部。1年生部員のまとめ役。ほのかと仲が良い。


秋田ほのか・・・1年2組。ダンス部。1年生部員の中では実力トップだが口が悪い。


本田桃子・・・1年4組。ダンス部。愛称はももち。


”怖い先輩”・・・中学2年生。手芸部やダンス部と関わりが深い。魔王や裏番など呼ばれ方は様々。

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