第263話 令和2年1月24日(金)「もうすぐ……」日々木陽稲

「もうすぐだね」


 手元のスマホに視線を落としていた可恋に声を掛ける。

 放課後、いつものように立ち寄った可恋の自宅。

 彼女は顔を上げると、「そうだね」と同意した。


「……もうすぐ節分だね」


「違う!」とわたしは頬を膨らませる。


 可恋が分かっていないはずがない。

 わたしは「もっとあと!」と大きな声を出した。


「ああ、学年末テストね」と可恋はニヤリと笑う。


「分かっているくせに……」とわたしが拗ねてみせると、可恋は肩をすくめた。


「バレンタインは縁がなかったから」


 確かに冬場にこれだけ学校を休んでいたら、バレンタインで盛り上がるなんて経験はしていないだろう。

 月曜日に今年初めて登校した可恋は、火曜日は学校に来たが、水曜木曜と欠席した。

 寒そうだから休むという理由に、以前ならズルいと感じたが、いまだとそれも仕方ないと思ってしまう。

 一度体調を崩すと回復するまでに時間が掛かるし、悪化しないかと心配になる。

 今日は登校したが、当分の間はこんなペースが続きそうだ。


 それに。

 自分から口にすることはないが、可恋に学校の授業は必要ないと思う。

 すでに高校レベルの勉強を自習している。

 学校を休んだ日の方が、確実に勉強は捗っているし、その合間には仕事もしているのだから、可恋の場合は登校するメリットが希薄だ。

 週末のセンター試験を実際に解いてみて、もう高校へ行かずに大学受験でも良さそうなんて言っていたから、勉強のことだけだったら飛び級した方がいいかもしれない。


「今年は可恋のために最高のバレンタインデーにするからね」とわたしが胸を張ると、「学年末テストが近いからほどほどにね」と可恋は微笑んだ。


 わたしは筋力がない。

 可恋のメニューに従って体幹を中心に筋トレを続けているのに、もともと体力がなかったことや筋肉が付きにくい体質のようで、劇的には改善していない。

 握力なんかは弱いままだし、重いものを持ち上げるのは苦手だ。

 料理は意外と体力や筋力を使うので、少しずつできることは増えているもののまだまだといった状況だった。

 お菓子作りもお姉ちゃんからいくつか教わったが、力が必要なものはうまくできないでいた。

 その点、チョコレート作りはそこまで筋力を必要としないのでわたしでも素敵なものを作れるんじゃないかと思っている。

 いまから、ああでもないこうでもないと世界一素敵なチョコレートを作るために計画を練っている。


「それで、どんなチョコレートが欲しいの?」


 わたしは可恋にあげることばかり考えていたが、可恋もわたしにプレゼントしてくれるようだ。

 それはまあ当然のことだけど……、いや、ちょっと待って!

 可恋が本気を出せば、どう考えてもわたしより凄いものを作ってしまいそうだ。

 それは、なんというか……、負けた気になる。


「あー……、無理しなくてもいいよ」と答えたが、「お菓子作りはあまり経験はないけど、ひぃなのためなら頑張るよ」と可恋は意欲を見せた。


「あー……、ほら、体調も心配だし、作らなくても……、買ったものでいいよ」


「そう? じゃあ、そうだね。世界最高のチョコレートっていまからでも予約できるか交渉してみようかな」


 ……いやいやいや。


 可恋は普段は倹約家だが、必要だと思ったらお金に糸目をつけないことがある。

 それに目的を果たすためには人脈をフルに使ったり、タフな交渉をやってのけたりしそうだ。

 英語も堪能なので海外から取り寄せることだってしかねない。

 そんな可恋にどうやって太刀打ちすればいいのか……。


「えーっと……、中学生なんだし、ほどほどでいいと思うの……」


「そう?」と少し残念そうに可恋は答えた。


 可恋から最高のチョコレートをプレゼントしてもらったら最高に嬉しいだろう。

 しかし、バランスは大切だ。

 勝ち負けじゃないにしても、釣り合いの取れるお返しができないと素直に喜べない。


 と、考えていたら、恐ろしいことに気付いた。

 わたしの誕生日は3月末だ。

 きっと可恋はお祝いにプレゼントをくれるだろう。

 そして、可恋の誕生日は4月初めだと聞いている。

 当然わたしも可恋にプレゼントを贈るが、見劣りしないものを贈れるだろうか。


 可恋は「気持ち」の問題と言うかもしれないが、贈るわたしの「気持ち」が負の感情になってしまってはその後にも悪影響を及ぼしてしまうかもしれない。

 そう、自信を持って、最高のプレゼントを贈らなければ。


「ひぃなは他の子にはプレゼントするの?」


 わたしがこっそり決意を込めていると、可恋が質問した。


「家族や純ちゃんにはちゃんとしたものを贈っているよ。あとはもらった人へのお返しで小さいのを渡すくらいね」


「そうなんだ。いっぱいもらうんだよね?」と可恋が笑う。


 小学校ではチョコレートの持ち込みは禁止だったが、いまの中学では大目に見られている。

 これもいまの校長先生になってからだそうだ。

 わたしは3年生に人気があったので、かなりの数をいただいた。

 3年生はちょうど高校入試の時期だったから、バレンタインどころじゃなかったはずなんだけどね……。


 わたしがそう説明すると、「今年は下級生からいっぱいもらうんじゃない?」とからかわれた。


「そうかなあ……。部活に入っている訳じゃないから、そうでもないんじゃない」


 手芸部の原田さんたちには慕われているが、他の下級生とはあまり接点がない。


「可恋こそ……」と言い掛けて口を閉ざす。


「私にプレゼントしてくれる勇気のある1年生がいたら褒めてあげるよ」と可恋が苦笑する。


 可恋は”怖い先輩”として1年生の間で有名になってしまった。

 可恋自身がそれを広めた節もある。

 少なくともそんな噂が流れるのを止めようとしなかった。

 歳下で可恋を慕うのは、うちの中学ではないが、神瀬こうのせ結さんしか浮かばなかった。


「その分までわたしが素敵なチョコレートを贈るから」と笑ってみせた。

 その傍ら、チョコ本体であっと言わせることができないのなら、演出その他でどうにかカバーしなきゃとわたしは死に物狂いで考え始めた。




††††† 登場人物紹介 †††††


日々木陽稲・・・中学2年生。学校の勉強、家のお手伝い、ファッションの勉強、髪や肌のお手入れ、筋トレやジョギング、料理の勉強、可恋からの課題とやることがいっぱい!


日野可恋・・・中学2年生。学力は高校生から大学生並だが、財力は普通の社会人に勝るとも劣らない。

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