第246話 令和2年1月7日(火)「不似合いな言葉」本田桃子

 昨日のダンス部の練習で部長の言葉に感動して、アタシは涙を流した。

 円陣を組んだ時なんて、ドキドキして舞い上がっていたと思う。

 その盛り上がった気持ちが冷める前に、1年生で自主練をしようという話を聞いて、それに飛びついた。

 でも、友だちのトモとミキは宿題が残っているからと今日の自主練には参加しなかった。

 アタシもまだ少しだけ冬休みの宿題が残っていたけど、夜に頑張れば終わるかなと思ったのだ。


 あー、どうしようかなあ……。


 一日経つと冷静さが戻り、ひとりで自主練に行くことに躊躇いを感じてしまう。

 秋田さんや藤谷さんを除けば、ダンス部の1年生は割と仲が良い。

 それでもトモやミキがいないと、ひとりきりになるんじゃないかと心配する。

 昨日、自主練の話が出た時は1年生の半数以上が参加すると言っていた。

 行かなければ行かないで、取り残されるような気持ちになってしまう。


 副部長から教わったひとりでの自主練のメニューは冬休み中も続けていたが、アタシはいまもダンス部の中で下から数えた方が速い実力しかない。

 クリスマスのイベントでもいくつかミスをした。

 Aチームなんて絶対に無理だと分かっている。


 だけど、イベントは本当に楽しかった。

 人前で踊るなんてできない、失敗したらどうしようなんて不安に思っていたのに、蓋を開けてみればとにかく楽しかったという思い出しか残らなかった。

 みんなでやり遂げる一体感だとか、練習してきたことが形になる達成感だとか、これまで体験したことがない喜びがあった。

 またこんなことがやりたいと、生まれて初めて真剣に想ったのだ。


 3学期には小学生相手のイベントが予定されていて、そこではクリスマスイベント同様Bチームも参加することになっている。

 それはとても楽しみだった。

 しかし、チーム分けのためにソロで踊ると聞いて、もの凄く憂鬱になった。

 自分の下手くそなダンスをみんなの前で披露するだなんて。

 それも、ひとりで踊らなければならないなんて。

 イベントの時はアタシは目立たない場所で踊っていれば良かった。

 それなのに……。


 ぐだぐたと迷いながらもアタシは1年生の自主練に来てしまった。

 空はいまにも降り出しそうで、ジャージ姿ではじっとしていられないほど寒かった。

 集合時間ギリギリに到着したのに、昨日参加すると言った人数の半分ほどしか公園に集まっていなかった。


「寒いからアップ始めよう」と自主練の言い出しっぺであるあかりが声を掛ける。


 来ているのは1年生の中でも実力がある子ばかりで、アタシは場違いな存在という気がした。

 とはいえ来て早々に帰る訳にもいかず、アタシもアップを始める。

 雑談で居場所がないよりはマシかな。


 ようやく身体が温まってきたところで、「ほのかが前で踊るから、あたしたちは後ろで合わせよう」とあかりが言った。

 秋田さんが前に立ち、その後ろ姿を見ながらアタシたちは手足を動かす。

 最近はキツいことをあまり言わなくなった秋田さんだが、1年生の中で実力ナンバーワンという評判通り、すでにこのダンスをほぼマスターしているようだった。


 二度踊ったあと、「やっぱり難しいね。カウント取りながらもっとゆっくり踊ってくれる?」とあかりが秋田さんに頼み込んだ。

 秋田さんはかなり嫌そうに表情を歪めたが、「仕方ないわね」と引き受けてくれた。

 他の子たちが様になっているのに比べ、アタシはゆっくりでもダンスになっていない。

 手と足はバラバラだし、タイミングもつかめていない。

 アタシはいちばん後ろだから、気付かれずに済んでいるけど……。


 しばらくそれを繰り返したあと、秋田さんが「このテンポならあかりが前でやりなよ。できるでしょ?」と言った。

 そして、「私はみんなのダンスを見てるから」と言葉を続けた。

 アタシは焦った。

 口の悪い秋田さんにボロカスに言われるのは目に見えている。

 前に言われた時はトモやミキに庇ってもらったり、慰めてもらったりしたものの、いまふたりはいない。

 泣いて帰るハメになり、もうダンスを続けられなくなっちゃうんじゃないかと怖くなった。


 みんなが踊り始めても立ち尽くしてしまったアタシを、秋田さんが厳しい表情で見つめている。

 そして、あかりに何か耳打ちした。

 あかりはダンスを止めて、振り向いてこちらを見た。

 アタシの顔を見て、何かに気付いたように駆け寄ってきた。


「えーっと、ほのかには厳しく言わないように言ってあるから……。あ、直接言わない方がいいかもしれないね。アドバイスはあたしを通して伝えるようにするから」とあかりはアタシを安心させるように言った。


 あかりはアタシに両手を合わせて拝むようにする。

 そこまでされると嫌だとは断れない。

 アタシは硬い表情で少しだけ頭を下にさげた。


 秋田さんは特にアタシだけに視線を向けるでもなく、全体を眺めていた。

 そのため緊張はせずに済んだが、下手っぴなのは変わらない。

 何度か踊ったあと、秋田さんが他のメンバーにアドバイスをして回った。

 何を言っているかまでは聞き取れないが、かなり言葉を選んで伝えようとしているようだった。


 アタシへのアドバイスはあかりが伝えてくれた。


「パーツごとにしっかり覚えた方がいいんじゃないかって」


「パーツ?」と聞くと、「最初はステップだけ。それができたら上体だけね」とあかりが答える。


 アタシが頷くと、「他にもいろいろあるんだけど、いちばん大切なことは楽しんで踊れだって」とあかりは苦笑しながら言った。


「失敗してもいいから、楽しく堂々と踊った方が上達するらしいよ」


 そんなことを言われても……というのが顔に出ていたのか、「そう言われても困っちゃうよね」とあかりが笑う。


「たぶん、周りを見過ぎなんじゃないかな。周りの動きに合わせるんじゃなくて、自分のダンスを踊ることが重要だから……。あたしもできてないんだけどね」


 それからアタシは足の動きだけをひたすら練習した。

 周りが目に見えて上手くなっていく中で、ひとりだけこんなことをしていていいのかと思う。

 しかし、さっきまでの全部がバラバラよりはマシになったんじゃないか。


 休憩中も足を動かしていたら、「体力あるわね」と秋田さんから声を掛けられた。

 一瞬ビクッとなり、動きを止めてしまう。

 彼女は眉間に皺を寄せ、「驚かせる気はなかったのだけど……」と言い、「努力と根性があれば人並みには踊れるようになると思うわ」と続けた。


「努力と根性?」と聞き返す。


 彼女の言葉としては不似合いに感じたからだ。

 彼女から「才能の欠片もない」と言われたことはいまも忘れられずにいる。


「プロのトップレベルを除けば、ダンスの実力なんて練習量の差に過ぎないって分かったのよ。もちろん、練習の効率は大事だけどね」


 アタシが呆然としていると、「あなたが自分より上手いと思う人は、単純にあなたより練習を頑張っているだけ。下手なのは練習していないってだけの話よ」とアタシに厳しい視線を向けた。


「ほのか、言い過ぎだって」とアタシたちに気付いたあかりが秋田さんの口を手で塞いだ。


 秋田さんはその手を振り払い、「言い過ぎだったら悪かったわ」と言ってアタシのもとから去って行く。

 あかりは「ごめんね」とアタシに謝り、秋田さんを追い掛けていった。


 自分から努力しようなんて思ったことはないし、自分に根性があるなんて思ったこともない。

 秋田さん以上に、アタシにとって不似合いな言葉だ。


「努力と根性なんてアタシには無理だよね」


 アタシは自分に言い聞かせるように声に出して言った。




††††† 登場人物紹介 †††††


本田桃子・・・中学1年生。ダンス部所属。愛称はももち。トモやミキと仲が良い。ひかり先輩派。


辻あかり・・・中学1年生。ダンス部所属。1年のリーダー格。部長派。


秋田ほのか・・・中学1年生。ダンス部所属。1年で実力ナンバーワン。しかし、他の1年生部員に毒舌を吐いていたので嫌われている。


三杉朋香・・・中学1年生。ダンス部所属。愛称はトモ。早也佳先輩派。


国枝美樹・・・中学1年生。ダンス部所属。愛称はミキ。ひかり先輩派だが、ミーハーなので部長に対しても格好いいと憧れている。

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