第245話 令和2年1月6日(月)「初練習」須賀彩花

 今日は今年最初のダンス部の練習だ。

 部員たちの間に新年の挨拶が飛び交う。

 年末に行ったイベントの興奮はまだ続いているのか、体調不良のひとりを除く全員が参加し、その表情は溌剌としているように見えた。


 前に立った優奈が「明けましておめでとうございます」と大声で頭を下げると、部員たちが負けないくらいの大きな声で「明けましておめでとうございます」と唱和した。

 圧倒されるような声に、思わずみんな元気だなあとおばさんくさいことを思ってしまった。


「15日に全員にソロで踊ってもらいます。それを見て、チーム分けをします」


 優奈はさらりとそう言った。

 しかし、一瞬で部員たちの空気が変わった。

 どよめきこそ起きなかったものの、さっきまでの和気あいあいとした雰囲気は消え去り、ぐっと張り詰めたものとなる。


 優奈はあえてそれに気付かないかのように淡々と「アップのあと、見本を踊るのでしっかり覚えてください。動画も上げますが、分からないところはどんどん聞くように」と声を掛けた。


「ほら、返事は?」とわたしが言ってようやく「はい」と部員たちが声を揃えた。


 自信のあるごく一部の部員を除いて、みんな不安そうな表情をしている。

 無理もない。

 Aチームに入れないと居場所がなくなってしまうんじゃないかと危惧する声はわたしの耳にも入っている。


「ダンス部発足の時にも言いましたが、実力で選びます。そのため、Aチームに選ばれなかったら悔しい思い、悲しい思いをする人もいるでしょう」


 優奈がひとりひとりに語り掛けるように話し始めた。


「みんな仲良くで良いという考え方もあると思います。しかし、アタシの代ではこれで行きます」


 部長の決意表明を、固唾を飲んでみんな聞き入っている。


「誰もがひかりのように踊るのは無理です。でも、やる気があって、正しい練習をすれば、アタシや彩花のように踊ることはできます。Bチームでも頑張っている人は手厚くサポートし、常にチャンスを与えます」




 この冬休み、美咲は年始回りや家族旅行で忙しくて会えなかったが、ほかの3人とは頻繁に会った。

 そこで話し合われたのが今後の部の運営についてだ。

 ダンス部は昨年10月にできたばかりで伝統もノウハウもまったくない。

 わたしたちが決めたことが伝統になっていくかもしれないのだ。


 実力優先はダンス部を始めた時から打ち出していた方針だったが、最初のチーム分けは実力だけで決めた訳ではない。

 優奈は「思っていたことと実際とは全然違った」と振り返った。

 これだけの人数をまとめることは想像以上に大変だった。

 初めは少数精鋭でもいいと話していた優奈だが、部員として、仲間として一度受け入れてしまうと簡単に切れなくなったし、みんなにダンス部で良い経験をして欲しいと思うようになった。

 わたしも同感だ。

 せっかくこうして同じ部活の一員になったのだから、素敵な思いを共有したい。


 しかし、実力によるチーム分けは部員に相当な負担を強いることになる。

 Aチームに入れなかったら大きなショックを受けるだろう。

 1年生の中にも実力をつけてきた子が増えた。

 いまAチームの2年生がBチームに降格すると部を辞めるんじゃないか。

 Aチームに入れそうにない1年生は続けられないんじゃないか。

 そんな不安が募り、わたしはしばらくの間チーム分けしなくていいんじゃないと提案した。


 部長の優奈は悩みに悩んだ。

 美咲や日野さんにも相談したそうだ。

 それでも自分で決断し、チーム分けを継続することを決めた。


「ふたりには正解はないって言われた。正解がないことを決めるのは難しいな」


 優奈はそう零した。


 わたしたちはまだ子どもだからか、どんなことにも正解があると思ってしまう。

 大人や周囲の顔色をうかがいながら、どれが正解かを探そうとする。

 失敗はしたくないから。

 これでいいよと誰かに言ってもらえれば安心する。


 いつもスパッと決断し、なんでも正解を知っているように見える優奈がこれほど苦しむんだ。

 冬休み中のそんな優奈を見てきたわたしは、「優奈がどんな決断をしても、わたしはついていくから」と伝えた。

 最後に決めるのは優奈だけど、わたしたちは優奈を支えようと結束を固めた。




「知っている人もいると思うけど、アタシは以前ソフトテニス部にいました」


 優奈が気負うことなく自分のことを語り始めた。


「そこでは一部の頑張っている人たちを大半の部員が冷めた目で見ていました。アタシはそういう空気が嫌で、このダンス部を作りました」


 ダンス部の部員たちは真剣な表情で優奈を見ている。


「実力重視で、頑張っている人を評価したいと、漠然とそんな風に考えていました」


 優奈は自分の後頭部に手をやり、頭をかいた。


「でも、ひとりひとりに事情があって、そんな単純な考えでは通用しないと分かりました」


 同じくらいやる気があっても、同じ結果を得られるとは限らない。

 同じくらい頑張っても、同じように上手くなるとは限らない。

 人によって得意なこと不得意なことは違う。

 練習時間だって塾や家の手伝いで忙しい子だと十分確保できないかもしれない。

 やる気があるといっても人によって温度差は違うものだ。

 やる気の多い少ないをどうやって計るのか。


「正直、このやり方が正しいかどうか分かりません。Bチームになる人のことを考えたら、本当に悩みました」


 そこで優奈は息を吐き、くっと顎を上げた。


「それでもぬるま湯で、なあなあでやるのは嫌だと思いました。切磋琢磨することで得られるものがあると思いました」


 優奈は一度唇を固く結び、それから絞り出すように声を出した。


「みんなには諦めずにこのダンス部のために頑張って欲しいと思います。どうかアタシについて来てください。お願いします」


 そう言って頭を下げると、「部長!」という声があちこちから上がった。

 涙ぐむ部員もいて、感情的な空気が渦巻いていた。


「円陣を組もう!」とわたしは提案し、優奈にイベントの時の掛け声をお願いする。


 本当は手を合わせたかったが人数が多すぎるので、代わりに優奈を中心に置いて周りを部員たちで取り囲んだ。

 もちろんその輪にマネージャーの綾乃も加える。


「大丈夫。アタシたちはできる。だから、顔を上げよう!」


 優奈の声に続けて部員全員で同じ言葉を繰り返す。


「大丈夫。アタシたちはできる。だから、笑顔になろう!」


 興奮して泣き出す部員が増えたが、それでも泣き笑いという感じでみんな微笑もうとした。


「大丈夫。アタシたちはできる。だから、楽しもう!」


 部員の声が綺麗に揃う。

 わたしは「最後、ダンス部ファイトで」とみんなに伝える。

 優奈が「ダンス部」と声を振り絞ると、「ファイト!」と黄色い声が体育館にこだました。




††††† 登場人物紹介 †††††


須賀彩花・・・2年1組。ダンス部副部長。こういう円陣を組むのはマンガやドラマで見て憧れだった。


笠井優奈・・・2年1組。ダンス部部長。美咲から「優奈がそれだけ悩んだことなら彩花たちは必ず支えてくれるはずよ」と言われて決断できた。


田辺綾乃・・・2年1組。ダンス部マネージャー。彩花がわざわざ引っ張って円陣に加えてくれたことに喜んでいる。


渡瀬ひかり・・・2年1組。ダンス部部員。問題は冬休みの宿題が全然終わっていないこと。

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