第222話 令和元年12月14日(土)「祝勝会」日野可恋
『明日インターナショナルスクールのオープンハウスがあるのよ。私が招待してあげるわ』
その自信満々な口振りに私は苦笑する。
『オープンハウスなら招待がなくても入れるでしょ?』
『なによ。この私が直々に招待してあげるのよ。感謝しなさい』
電話だというのに、相手がふんぞり返って話している様子が見えるようだ。
『随分急な話ね』と答えると、『キャシーが話していると思っていたのよ。なのに、昨日聞いたら誘っていないって言うし……』と急にしおらしくなった。
そのキャシーは私の目の前にいて、私が英語で話していることに興味を持ち、『誰から?』と何度も聞いてくる。
それが耳に入ったのだろう、『そこにキャシーがいるのね!』と通話の相手が叫んだ。
私はキャシーに『シャロンよ』と教え、シャロンにも『いまキャシーと一緒よ』と返答する。
しかし、これで静かになると思いきや、キャシーは自分も話したいと言い出すし、シャロンもキャシーのことをガーガーとがなり立てる。
やれ子どもっぽいだの、やれすぐに暴力を振るいそうになるだの、キャシーについての苦情を私に言われてもね……。
『あー、ふたりともうるさいわ。都合がついたら行くから』と私も負けずに怒鳴ると、『午後にゴスペルのコンサートがあるの。私も歌うから聴きなさい』と最後まで命令口調でシャロンは電話を切った。
シャロンがこれだけキャシーのことを話すということは、スクールで会話する機会が増えているからだろう。
感謝祭のパーティ以来、少しは状況が改善されたと考えて良さそうだ。
キャシーはそういうこと――自分の弱みになることを話さないから分からなかった。
『シャロンからオープンスクールに誘われたわ。ひぃなと行ってシャロンたちと楽しんでくるわ』とキャシーに向かって言うと、『ワタシも行くぞ!』とキャシーが拗ねたように大声を出した。
『さっき、冬休みが始まって学校に行かなくて済むことを喜んでいたじゃない』とからかうと、『いや、行く』と私にしがみつこうとする。
こんな巨体にしがみつかれるとたまったものではないので、『はい、はい』と軽くあしらってこの話題にけりを付けた。
「ううう……わたしも参加したいです……練習さえなければ……」と本気で涙ぐんでいるのは
今日、彼女の姉の舞さんが先週の全日本で優勝したことの祝勝会が身内だけで開かれている。
大々的なパーティは正式に東京オリンピック日本代表に選出された時に行われるそうだ。
今日は彼女の実家の空手道場での開催で、身内だけとはいえ参加者はかなりの人数だった。
広いスペースで立食パーティ形式だが、とても賑わっている。
私は結さんからかなり強く誘われ、ひぃなとキャシーを連れて参加した。
「練習も大事だよ」と私は結さんを慰める。
彼女は運動部系に力を入れる私立中学の空手部に所属している。
今日のように何かと口実を見つけて休みをもらってる印象だが、そういつもいつもは休めないのだろう。
「オープンスクールかぁ……。何着ていこう」と目を輝かすのはひぃなだ。
今日はあまり目立たないようにという私の意見を採り入れ、よそ行きといった感じの茶系のワンピース姿だ。
広い襟周りに白の付け襟でお嬢様風に着飾っている。
私は深みのある紺のスーツ姿、キャシーの衣装は姉のリサに頼んでセーターとスラックスという無難なものになった。
臙脂のセーターはともかく、スラックスが迷彩柄なのは何とかして欲しかったが……。
「私たちはお客さんだからね」とひぃなに釘を刺すが、浮き浮きした表情で私の言葉が耳に入っている様子はない。
彼女を思いとどまらせる方法を考えていると、いつも周囲に人だかりができていた今日の主賓の舞さんが私たちのところまで来てくれた。
「今日は来てくれてありがとう」と舞さんが晴れ晴れとした笑顔で歓迎してくれた。
「優勝おめでとうございます」と私とひぃなが声を揃えて挨拶する。
それを見て、キャシーも『おめでとう、マイ』と陽気に声を掛けた。
すぐに、『私と戦おう』と言い出したが無視して話を進める。
「今日はお招きいただきありがとうございます」と私が丁寧にお礼を言うと、舞さんはいたずらっぽい表情になって、「そんなことより、試合見に来てくれればよかったのに」と言った。
「東京なら観戦したかったんですが」と言い訳すると、「前橋なんて近いじゃない。結の時は札幌まで行ったんでしょ」と言われてしまった。
結さんの時は夏休み中だったからという更なる言い訳は口にせず、「オリンピックの時は必ず」と約束する。
舞さんは真剣な眼差しで頷いた。
それから二三会話を交わし、「楽しんでいってね」と告げて私たちの前をあとにした。
以前にお会いした時よりも舞さんは気力が充実しているように見えた。
五輪ではメダルは確実と言われ、優勝も期待されている。
相当なプレッシャーがあるはずだ。
一方で、奇跡的な幸運でもある。
空手がオリンピック種目として採用されるのは最初で最後かもしれないのだ。
このタイミングで世界の頂点に立つ実力を持つ。
その巡り合わせは努力だけではなし得ないものだ。
もし私が彼女以上の実力を持っていたとしても今回は年齢制限で出場できないし、次のチャンスが訪れるかどうかは未知数だ。
他の競技でも自分の実力のピークとオリンピックのタイミングが合うかどうかは難しい問題だ。
ましてや……。
オリンピックに過度な価値を見出すべきではないと思う。
しかし、その注目度は高く、マイナーな競技ほど重要性は高まってしまう。
うちの師範代はパリの次の2028年ロス五輪で空手の復活を目論んでいる。
14歳の私からすれば9年後というのは遥か遠い未来のように思えてしまう。
私の場合、生きていられるかも定かではないけどね。
私は頭を振ってマイナス思考を振り払う。
こんな祝いの席で暗いことを考えても意味がない。
「ねえ、結さんとキャシーで組み手の試合をしない? サプライズイベントってことで」
キャシーがそろそろ退屈し始めたのを見て、私はそう提案した。
結さんは少し渋っていたが、「勝った方には私からクリスマスプレゼントをあげる」と言うと、一転して乗り気になった。
英語でキャシーにも説明すると、当然彼女はすぐに賛成した。
いまはいまを楽しもう。
自分の届かないところまで手を伸ばすことはできないのだから。
††††† 登場人物紹介 †††††
日野可恋・・・中学2年生。幼少期から空手を始めた。形の選手。神瀬舞は憧れの存在。
日々木陽稲・・・中学2年生。何を着ても目立つし、わたしだってTPOくらいわきまえているよと言っても可恋から信頼されていない。
キャシー・フランクリン・・・14歳。G8。今年7月に来日して以来空手を始めた。身長180 cm台半ばの黒人の女の子。
シャロン・アトウォーター・・・13歳。G8。キャシーが通うインターナショナルスクールの生徒。黒人の女子グループのボス。
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