第221話 令和元年12月13日(金)「嫌いな冬を乗り切る方法」千草春菜
冬は嫌いだ。
私は女子の輪に入るのが苦手だったし、他人との間に壁を作る傾向にある。
冬の寒さは自分がひとりきりだということを突きつける。
去年こそ麓たか良に対抗するため一致団結して孤独を感じずにいたものの、1年の時の仲の良かったメンバーとはクラスが別れて当時と同じような関係を保つことはできなくなった。
いまでも話したりはするがどうしても距離を感じてしまう。
一方、いまのクラスにも友だちはいる。
しかし、親密な間柄だとは言えない。
明日香は彼氏が最優先だし、泊里もダンス部に入ってからはそちらにかかり切りだ。
元々寄せ集めのグループだったから仕方がないのだろう。
放課後、ひとりで教室を出る時、虚しさのようなものが心に宿る。
他の子が友だちと連れ添いながら帰る姿や教室に残ってお喋りに没頭している姿を見ると尚更だ。
私ひとりが取り残されたような気分になる。
学校と塾と家だけを往復する生活。
勉強だけに明け暮れる生活。
自分で選んだことだけど、本当にそれで良かったのかと頭をよぎることはある。
今日もまたひとりで教室を出た。
だが、向かう先は生徒会室だ。
日野さんに頼まれ、先月末の生徒会役員選のあとから手伝うことになった。
来年4月に新入生が入ってくるまでの期間限定で、塾のない日だけという条件だった。
それが、今日のように塾がある日も、塾に行くまでの時間を生徒会室で過ごすようになった。
「こんにちは、会長」と生徒会室のドアのまえで小柄な少女に声を掛ける。
ちょうど生徒会室のドアを開けるところだったようだ。
新会長に就任したばかりの山田さんは鍵を握り締めたまま、「ご足労いただき感謝致します」と私に挨拶を返す。
こうした堅苦しい言葉遣いは彼女なりのキャラ作りなのだそうだ。
それは自分の心を守るための壁の形だと言えるかもしれない。
生徒会長に続いて私も部屋に入る。
会長は鞄を置くより先にストーブの電源を入れる。
そして、ただひとつある事務机――会長の席に座った。
他は長テーブルにパイプ椅子なので、私はストーブの近くに腰掛けた。
「今日は……」と会長が私を見て言った。
「塾があるので、30分程度ですね」と私は壁に掛かった時計を見ながら答えた。
「では、これを」と机の上の書類ケースから紙を取り出す。
生徒会室は会長の机の上にパソコンが1台置かれているだけで、OA化とは無縁の世界だ。
電気ストーブが置いてあるだけでも他の部屋よりは快適だけど。
私は会長から資料を受け取る。
クセのある筆圧の高い文字で書かれた文章をコピーしたものだ。
「私が筆記した今年度の生徒会活動の内容です。学校行事に従事する際の留意点等、今後新規に生徒会に加入する生徒への伝達を目的に資料として保管しようと存慮しています。乱筆乱文ですが、校閲していただけると恐悦至極に存じます」
筆跡には性格が表れると言うが、なんとなく彼女の性格がその文字から分かる気がした。
自意識過剰だったり、自己顕示欲が強かったり……。
私とよく似ている。
新生徒会への引き継ぎが終わったばかりのこの時期は仕事が少ないらしい。
今日も来ているのは会長だけだし、いま私がやっている作業も急を要するものではない。
年が明ければ、卒業式や入学式の準備が始まるそうだが、「昨年、生徒会役員に選抜され喜び勇んで毎日生徒会室へ往来しましたが仕事が皆無で、職員室で用事がないかと待機していました」と私が手伝うと決めた時に教えてくれた。
従って、私も生徒会室に足を運ぶ必要はない。
来ているのは、短い時間ながら一緒に過ごせる相手がいるからだ。
しばらく、互いに黙々と自分の仕事をこなす。
会長は饒舌な方ではないし、私も同様だ。
必要な説明であれば過不足なく語ることができても、雑談はうまく言葉を返せずに気まずくなることが多い。
会長も指示は的確だが、そういった何気ない会話をする
書かれた文章も同様で、理路整然としていて間違いはほとんどない。
ただ全体に文章が硬く、いまの平均的な中学生では意味が通らないのではと思われる箇所がいくつかあった。
そこに私は赤線を引いていく。
分かりやすさだけを追求するなら、泊里に読んでもらって分からないところは全部書き直した方が良いだろうなんて失礼なことを考える。
それこそ全部赤線になってしまうかもしれない。
私はこっそり含み笑いをした。
私は一ヶ所引っかかるところがあって、席を立ち、会長の横まで足を運ぶ。
大人用のシンプルな事務机には不釣り合いな少女がこちらを見上げた。
学習机の方が似合っているよねと思いながら、手に持った資料を会長に見せた。
「こちら、記述が不明瞭ですね」
会長は私が指差した場所をサッと目を通して、「確かにそうですね」と答えると、欄外にスラスラと文字を書き加えた。
「これで如何でしょう?」とコピー用紙を返す会長は得意げに見える。
「良いと思います。……流石ですね」
書き直した文章の明晰さもさることながら、思考の速度に目を見張るものがあった。
私はニコリと微笑んで自分の席に戻る。
私が現生徒会長である山田さんのことを知ったのは1年生の時だ。
私は3組で、彼女は4組だった。
日々木さんとよく一緒にいて、可愛らしいふたりの姿は学校中の評判だった。
しかし、私が彼女を意識したのは試験の成績においてだ。
定期テストの結果は順位が発表される訳ではないが、おそらく張り合わせようという先生方の意図があるのだろう、私は何度か彼女との成績の差を告げられた。
先生の言葉が本当なら私は一度も彼女に勝ったことがない。
一度も会話をしたことがない相手だったが、その愛らしい姿とともに私の脳裏に焼き付いていた。
2年生になって日野さんという新たなライバルが出現し、一方で先生方から山田さんの成績について比べられることがなくなった。
それでも耳にする噂では山田さんと日野さん、そして私がほぼ満点で差がほとんどついていないようだ。
県の模試だと差が分かるんだろうが、さすがにその情報は私にはない。
30分なんてあっという間だ。
ほとんど会話することなくふたりだけの時間は終わりを告げる。
「そろそろ帰りますね」と私が切りの良いところで口にすると、「御苦労様でした。私も一緒に退出します」と珍しく仕事を切り上げた。
「もしかして私のために……」と驚くと、「今日は日野の自宅に招待されています。適当に時間を調整しようと考慮したまでです」と会長は答えた。
今日、日野さんは欠席していた。
日々木さんは今日のような寒い日は大事を取ることも必要なのと話していたので、体調には問題ないのだろう。
机の上を片付け、ストーブを消し、ふたりで部屋を出る。
鍵を返しに職員室に向かう。
「日野さんの家にはよく行くんですか?」と私が聞くと、「月に一度程度招致に応じます」と眉を顰めて会長が答えた。
しかつめらしい態度を装っているが、楽しそうに見えなくもない。
こうして誰かと一緒に帰ろうとしたり、友だちの家に寄り道したりするのは心浮き立つものがあるよね。
「私、雑談、苦手なの」と意を決して、タメ口でそう語ってみた。
「だから、無理に話そうとしなくていいから」と私は笑い掛けた。
山田さんは目を丸くしたあと、とても小さな声で「私も……」と呟いた。
それまでの自信に満ちた態度と一変し、儚げで頼りなさそうな姿に私は思わず抱き付きたくなった。
これがきっと素の山田さんなのだろう。
「改めて、よろしくね」と私が微笑みかけると、山田さんは蕩けるような笑みを浮かべて頷いた。
††††† 登場人物紹介 †††††
千草春菜・・・2年1組。学業優秀。1年生の時は学級委員を務めていた。
山田小鳩・・・2年4組。11月末から正式に生徒会長に。頭は良いが対人関係は苦手。
日野可恋・・・2年1組。生徒会改革の立役者。勉強は快適な環境で行うものというのが持論。
日々木陽稲・・・2年1組。1年時は小鳩と仲が良かった。彼女を可愛くコーディネートしたのが陽稲。
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