第220話 令和元年12月12日(木)「グループ」笠井優奈
「あんな間抜け面の日野は初めて見た。ホント、みんなにも見せてやりたかったよ」
アタシが昨日のことを思い出してゲラゲラ笑うと、彩花が「そういう言い方は良くないと思うよ」と注意してきた。
「それって、本来は優奈が注意しなきゃいけなかったんだし」
彩花は日野に恩を感じているので、いつも日野の肩を持つ。
まあ言っていることは間違っちゃいないが。
「そうですね。わたしも言い過ぎだと思います」と美咲にまで言われてしまってはアタシは返す言葉がなくなってしまう。
「ワリぃ……」とアタシは肩をすくめた。
「でもさ、日野でもあんな表情するんだなって。ロボットかAIなんじゃないかって思うような奴だし」と言い訳するが、美咲も彩花も厳しい視線をアタシに向けたままだ。
昨日の部活中、見学に来ていた日野が少し注意しただけで1年生が泣き出した。
さすがの日野も渋面を作って困惑していた。
アタシが散々からかったのは言うまでもない。
アタシはもう一度肩をすくめ、「分かった、分かった。この話は終わり」と大きな声を出した。
短い休み時間、みんなを不快にさせて終わりというのは避けたい。
あとで麓でもつかまえて、この話で盛り上がろうと考えていると、美咲が躊躇いながら話を切り出した。
「みんなはクリスマス、どうします? よければうちで……って考えているのだけど」
「わあ、いいね!」と真っ先に声を上げたのは彩花だ。
その歓声に美咲はホッとした表情を見せた。
「24日の終業式のあとでいいかしら?」
「わたしと綾乃は夕方から塾だけど、それまでだったら……」と彩花が答えた。
「あ、わたし、その日、無理!」と叫ぶように言ったのはひかりだ。
「泊里とカラオケに行くの」と嬉しそうに語る。
「三島とかよ」とアタシが睨んでも、まったく気にした素振りがない。
最近アタシが構ってあげられる時間が減っている分、三島との仲が戻りつつあった。
日野は「悪い男に引っかかるよりマシじゃない」と言うが、三島には前科があるのでアタシは信用していない。
楽しげなひかりから視線をアタシに移した美咲は「優奈は?」と聞いてきた。
「その日は家族と……」とアタシは誤魔化す。
それだけで彩花や綾乃は気付いただろう。
クリスマスイヴは彼氏とデートの予定だ。
勉強を見てもらったり、相談に乗ってもらったりしているのに、最近は友だちや部活優先でデートも碌にできていない。
さすがにその日は一日彼に付き合おうと決めている。
彩花からは「美咲にもちゃんと言った方がいいよ」と何度か言われた。
アタシがいまの彼氏と付き合い始めたのは中1の時で、なんとなく言いそびれてしまった。
たぶん、デレた自分の姿を美咲に見られたくなかったのだと思う。
それに当時はいまほどの信頼関係があった訳じゃない。
美咲に気を使わせたくなかった。
騙すとかじゃなくて、言わなくてもいいかなくらいの軽い気持ちだった。
「じゃあ25日にしましょうか」と美咲が言った。
平静を装っているが、落胆しているのは伝わって来る。
「悪いね。25日ならダンス部の練習のあと、みんなで行けるしね」とアタシはあえて明るく答えた。
「いまはわたしが学級委員だから、クラスの他の子たちも誘った方がいいのかしら……」
「そこまで気を遣う必要はないよ」とアタシは美咲の危惧を笑い飛ばした。
「でも、美咲が誘いたい奴がいるなら誘ってみたら? 日々木さんとか」
アタシは自分の席で日野と談笑している日々木さんに視線を向けた。
いまのクラスになってすぐの頃は、美咲はよく彼女を見ていた。
最近はそういう素振りがなくなったが、彼女と話す時の美咲はいつもより楽しそうに見えてしまう。
美咲は頬に手を当て少し考えたあと、「いいえ、今回はわたしたちだけで親睦を図りましょう。最近はなかなかゆっくり話せないですし」と上品に微笑んで答えた。
アタシだけでなく、彩花や綾乃も「そうだね」と頷いた。
ダンス部発足以来、いや、二学期になってからは忙しくてなかなかこのグループだけで集まる機会がなかった。
美咲との関係がぎくしゃくした時もあった。
いまも以前とまったく同じかと問われたら違うと答えるだろう。
良くなったのか悪くなったのかは中にいると分からない気がする。
ただ、大きく壊れることなくこの人間関係が続いているだけでも凄いことなんじゃないかって思うようになった。
「プレゼント交換しよう! そうだなあ……ひとり二千円以内でいちばん評価が高いプレゼントを持って来た人には何かご褒美」
アタシが元気にそう言うと、「ご褒美って?」と彩花が話に乗ってきた。
アタシは腕を組んで頭を捻る。
「うーん、他のメンバー誰かひとりになんでもお願いを聞いてもらえるとかどう?」
このメンバーならそう無茶なお願いをしないだろうと思い、そう提案する。
「お願いかぁ……」と呟く彩花の横で、綾乃が絶対に優勝するぞという顔をしている。
「いいよね?」と確認すると、美咲は「そうですね」と微笑み、ひかりは「うん」と威勢よく頷いた。
22日にダンス部のイベントがあり、24日のイヴにデート、25日にみんなでパーティと慌ただしい日々となりそうだ。
でも、どれもとても楽しみだ。
アタシはワクワクした気持ちを抑えられず、ニッコリと笑った。
††††† 登場人物紹介 †††††
笠井優奈・・・2年1組。美咲のグループの一員。ダンス部部長。日野には頭が上がらないことが多いだけに今回は鬼の首を取ったように喜んだ。
松田美咲・・・2年1組。美咲のグループの一員。由緒ある家柄の資産家の娘。年末年始は海外へ行く。
須賀彩花・・・2年1組。美咲のグループの一員。美咲の小学校からの友人だが以前は影が薄かった。
田辺綾乃・・・2年1組。美咲のグループの一員。夏から彩花にアプローチをかけているがいまだに気付かれていない。
渡瀬ひかり・・・2年1組。美咲のグループの一員。6月のキャンプのあとにグループに加わった。周囲から将来絶対に悪い男にひっかかると予想されている。
日野可恋・・・2年1組。ダンス部のアドバイザー的な役割を務めている。
日々木陽稲・・・2年1組。可恋がまたダンス部の1年生を泣かせたと知り、再び笑顔の練習をさせた。
三島泊里・・・2年1組。ダンス部ではひかりのサポートをしている。ふたりの関係は以前とはかなり異なる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます