第217話 令和元年12月9日(月)「夕暮れ」辻あかり

「やっぱり部長カッコいいよね」


「ミキはひかり先輩派じゃなかった?」


「ひかり先輩もヤバいくらい可愛いけど、部長はカッコいいもん。どちらかを選ぶなんてできないよ!」


「まあミキに選んでもらったってしょうがないよね」


 更衣室ではミキとトモのかしましい会話があたしの耳に飛び込んでくる。

 こんな大声で話していたら、外に先輩がいれば丸聞こえだろう。


「アタシはひかり先輩一筋だよー」


「ももちはいつもそれだよね」と会話に加わってきたももちをトモがからかう。


「トモはどうなのよ?」とミキに問われたトモは「わたしは早也佳先輩かな。まだライバルいないし」と言って笑った。


 他の子たちも加わってお喋りに花が咲く。

 着替え終わったあたしは、「ほら、あんまり遅いとまた注意されるよ」と声を掛けた。

 練習後の更衣室の使用は1年生が最後なので急かされることはないものの、あまりに遅いと副部長や顧問の先生から注意されることがあった。


「はーい」と素直な返事がお喋りしていた子たちから返って来てあたしはホッとする。


 陰ではいろいろ言われているだろうと思うが、最近は他の1年生を注意する役をあたしが担っている。

 部長や副部長から頼まれているし、「部長のお気に入り」と見られていて他の1年生の輪に入りにくいという理由もある。

 藤谷さんや秋田さんがいなければ、あたしはもっとウザがられていただろう。


 ダンス部の練習では週末からちょっとした変更があった。

 これまでBチームの練習を熱心に見てくれた副部長がAチームの練習に専念し、顧問の岡部先生と部長の笠井先輩があたしたちBチームを指導してくれるようになった。

 次のイベント後はAチームのメンバーが交替でBチームの練習を見るようになるということも発表された。

 親しみやすい副部長を慕う1年生は少なくないので寂しい気持ちはみんなあると思う。

 それでも、憧れの部長に直接見てもらえることを喜ぶのは自然なことだろう。

 だから、このところ練習後の更衣室では部長の話で盛り上がることが多かった。


 他の1年生が更衣室から出たあと、忘れ物がないか確認した上で鍵を閉める。

 外には秋田さんがひとり立っていた。


「みんな薄情よね。待てばいいのに」


「いいよ、別に」


 ソフトテニス部にもああいう感じの子はたくさんいた。

 つき合いで一緒にいても愛想良く当たり障りのない言葉を交わすだけに終わってしまう。

 それが女子中学生の立ち回り方の正解なんだろうが、部活までそんな疲れることをし続けるのに嫌気がさしてダンス部に来たのだ。


 ……もちろん笠井先輩がいたからだけど。


 ソフトテニス部と違い、ダンス部はみんな真面目に練習に取り組んでいるし、少なくとも表面上はあたしの指示に素直に従ってくれている。

 そんなことを思いながら鍵を返そうと職員室に向かって歩き出すと、秋田さんがついて来た。


「どうしたの?」と思わず立ち止まって尋ねると、「歩きながら話す」とコンタクトから眼鏡に戻している彼女はそのフレームを触りながら答えた。


 しばらく無言で歩いていると、唐突に「明日、ヒマ?」と聞かれた。


「放課後?」と確認すると、彼女は頷いた。


「特に予定はないけど……」


「……自主練に付き合って欲しいのよ」


 あたしは驚いてまた足を止めてしまう。

 廊下の窓の外はかなり夕闇が迫り、窓は鏡のようにあたしと秋田さんの姿を映していた。

 彼女はその窓の方を向いて「そんなに驚くこと? 辻さんのことはそれなりに認めているわよ」と怒ったような口調で言った。


 少し俯いた姿を見て、彼女が言い慣れないことを言って照れているんだと気付いた。

 あたしは口元がほころぶ。


「いいよ。自主練、やろう」


 秋田さんのダンスの実力はいまも1年生ではトップだ。

 チームワークを乱すからという理由でBチームにいるが、そう遠くないうちにAチームに昇格するだろう。


 嬉しそうに顔を上げた彼女はすぐに仏頂面に戻る。

 他人を見下す発言を繰り返すため周りから避けられているが、そう言うだけの実力があるのだし、コミュニケーションの取り方さえ改善すればダンス部のエースになるはずだ。


「あたし、秋田さんほど上手くないからお手柔らかにね」と言うと、彼女は仏頂面のまま「前よりだいぶ上手くなったわよ」と褒めてくれた。


 相変わらず窓を向いたままだけど。


 以前、彼女に技術不足を指摘された。

 それは自分でも分かっていたことだった。

 なのに、ズケズケと本音を口にする秋田さんに苦手意識を感じていた。

 その彼女にこうして上手くなったなんて言われると、お世辞じゃないと感じる分余計に心の底から喜びが湧き上がってくる。


「ありがとう!」


 気持ちが抑えきれず、あたしは目の前の少女に抱き付いてしまった。

 秋田さんは驚いた顔で、こちらを見た。

 その顔は蛍光灯の下で赤みがかっていた。


「ちょっ! な!」と焦る秋田さんが可愛らしく思えてくる。


 あたしより少し小柄だけど、鍛えているのだから嫌なら簡単に逃げ出せるはずだ。

 それに、こうしてハグしていると自分の心が落ち着くのを感じた。

 あたしは友だちはそこそこいるものの、心を許せるような仲ではなかった。

 秋田さんは裏表がないと分かるから、あたしももっと本音をさらけ出していいのかもしれない。

 あたしは彼女が抵抗しないのをいいことに、強く強く抱き締め続けた。




††††† 登場人物紹介 †††††


辻あかり・・・中学1年生。ダンス部。元ソフトテニス部で優奈を追ってダンス部に入部した。


秋田ほのか・・・中学1年生。ダンス部。ダンスの腕も学校の成績もトップクラスだが、他の1年生を見下す発言を繰り返してBチームに降格させられた。


藤谷沙羅・・・中学1年生。ダンス部。1年生で唯一のAチーム。トラブルメーカーだが発達障害によるものと思われ、他の1年生からは離されている。


国枝美樹・・・中学1年生。ダンス部。ミキと呼ばれている。


三杉朋香・・・中学1年生。ダンス部。トモと呼ばれている。


本田桃子・・・中学1年生。ダンス部。ももちと呼ばれている。


笠井優奈・・・中学2年生。ダンス部部長。見た目はギャルだが、意外と熱血な性格。ダラダラしたソフトテニス部を見限りダンス部を創設した。


渡瀬ひかり・・・中学2年生。ダンス部。アイドルのような容姿と類い希なダンスの才能を持つ。


山本早也佳・・・中学2年生。ダンス部。優奈の以前からの友だちで面倒見がいい。


須賀彩花・・・中学2年生。ダンス部副部長。これまでBチームの指導をしてきたが自身のレベル向上のためにしばらくAチームでの練習に専念することに。

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