第211話 令和元年12月3日(火)「家出」原田朱雀
昨日の2時間目の授業中にあたしとちーちゃんが担任の先生に呼び出された。
授業中だよ?
休み時間に職員室に呼び出されるだけでも滅多にないことなのに、わざわざ授業中にということでいったい何があったんだろうと不思議だった。
ちーちゃんと一緒だから家族に何かがあったとも考えにくい。
担任にはスマホを持って来るように言われたけど、これも謎。
あたしたちは他のクラスが授業を行っている横の廊下を狐につままれたような気分で歩いて行った。
着いたところも職員室ではなくその近くにある会議室だった。
あたしはその部屋に入学して初めて入った。
あ、違う。
文化祭の打ち合わせで一度ここに来たっけ……。
そんなことを考えながら入室した。
中には副担任や学年主任、生徒指導の先生が並んで座っていて、みんな難しい顔をしている。
あたしとちーちゃんは先生たちが居並ぶ前の席に座るように言われた。
何の話なのか、いよいよもって分からない。
そんなふたりに向かって話を切り出したのは生徒指導の先生だった。
「君たちのクラスの金田さんが先週の土曜日に家出をした。最近、君たちと仲が良かったようだね。何か聞いていないかい?」
まったく予想外の出来事ではあったけど、心当たりがなかった訳ではない。
あたしたちが何も答えられずにいると、その先生は言葉を続けた。
「彼女は金曜日の夜にご家族と口論になり、翌土曜日の昼に『もう帰らない』と書き置きを残して家を出て行ったそうだ。娘が帰宅しないことを心配したご両親が警察に捜索願を出し、学校にも連絡が入った。彼女の交友関係についてはご家族も学校側も把握できていなかった。そこで今朝クラスの学級委員から君たちが最近よく話をしていたと聞いて、何か知らないかとわざわざ来てもらったんだ」
生徒指導の先生は「把握できていなかった」と話す時にチラッと担任に向けて視線を送った。
責める意図はあたしにさえ伝わったのに担任は気にした素振りがなかった。
このクラスには数多くの問題があるが、この担任が元凶のひとつなのは間違いない。
「あたしが……、ひどいことを言ったせいかも……」
あたしは意を決して口を開いた。
先生たちはじっとあたしの発言を待ってくれる。
「彼女、他の人とトラブルを起こすことが多くて、この前もケンカになりかけて、あたしが止めに入ったんです」
あたしは10日ほど前に起きた出来事とそれからの彼女とのやり取りを思い返しながら話した。
「金田さんはウザがられて友だちがいなくて……。それでもクラスの雰囲気を少しでも良くしたくて、あたしとちーちゃん――鳥居さんで友だちになれないかと思って声を掛けたんです」
あたしは横に座るちーちゃんの顔を垣間見る。
ちーちゃんはあたしの方をじっと見ていて、一瞬だけど視線が合った。
「LINEで新しいグループを三人で作ったんです。金田さんは嬉しかったのかすごくいっぱい書いて来て……。でも、レスが遅れたりしたら怒ったり拗ねたりして……」
あたしは溜息を漏らす。
「なだめたら図に乗るし、注意したらわめき散らすしで、先週はずっとそんな状態が続いて……。疲れてしまって金曜日にもうLINEやめるってあたしがキレてグループを削除してしまったんです」
土日で頭を冷やしたあたしは週明けに謝るつもりだった。
しかし、金田さんは欠席で、あたしはホッとするような気持ちと、もしかして不登校になったんじゃないかという不安があった。
だから、インフルエンザにでも罹ったんだと思い込もうとしていた。
「たぶん、あたしのせいで……」と言ったあたしの声はいまにも泣き出しそうだった。
「いや、ご両親からお話を伺ったが、君たちのことは直接の原因ではないと思う」
生徒指導の先生がとても落ち着いた声であたしに告げた。
プライベートなことなので詳しくは話せないと言いながら、かなり深刻な口論があったことを教えてくれた。
あたしの心は軽くはなったけど、あたしの言動が彼女の家出にまったく影響がなかったとは言えない。
もっと信頼できる関係を作れていれば、悩みを打ち明けてくれたかもしれないし、何か手を貸すことができたかもしれない。
正直な話、あまり関わりたくない子ではある。
だけど、関わろうとした以上はあんなに簡単に見切らなくてもよかったんじゃないか。
そんな後悔の念が押し寄せてきた。
先生たちの前で彼女から連絡が来ていないかスマホを確認させられた。
2日も家に帰ってきていないのだから、家族は心配しているだろう。
やはり、彼女からの連絡はなく、あたしたちは解放された。
しかし、時間が経つにつれ、あたしの罪悪感は募っていった。
休み時間にはトイレにスマホを持ち込み、メッセージを送ったり、返信がないか確認したりした。
電話にも出ないし、何か犯罪に巻き込まれたのではといった悪い想像ばかり浮かんできてしまう。
見かねたちーちゃんが日々木先輩に相談しようと提案した。
こんなことで先輩にご迷惑を掛けるのは心苦しいが、他に相談できる人がいなかった。
あたしたちはホームルームが終わると2年生の教室に急いだ。
慈悲深い日々木先輩は快くあたしの話を聞いてくれた。
先輩はもしあたしが家出の原因なら、あたしに向けて何らかのメッセージを残すんじゃないかと言った。
当てつけがましい彼女なら確かにそうするのが自然だと思う。
後輩のこんな話に親身になって付き合ってくれて、日々木先輩はまさに女神だ。
「心配する気持ち、不安になる気持ちはよく分かるよ。でも、待っている人間はその人の分まで日常を大切に過ごすことが大切なんじゃないかな」
まるで自分のことのようにそう助言してくれた。
あたしは将来後輩ができたら、日々木先輩のような先輩になりたいと心から願った。
今日も休み時間のたびにスマホのチェックをしていた。
家出のことはまだクラスメイトに公表されていないけど、公表されたとしてもいったい何人が彼女を心配するだろう。
せめてあたしとちーちゃんだけは、彼女を心配してあげたい。
そんなことを思いながら今日の授業が終わった。
ホームルームのあと、廊下で担任の先生を呼び止めた。
何か動きがなかったか知りたかった。
「金田? ああ、昨日見つかったぞ」
「え!」とあたしが驚くのも無理はない。
「なんだ、心配していたのか」
本当にこの担任は最悪だ。
こんな大人にだけはならないとあたしは心から誓った。
††††† 登場人物紹介 †††††
原田朱雀・・・1年3組。手芸部部長。正直、自分とその周囲さえ平和であればいいと思っているが、周囲の範囲がちーちゃんひとりから手芸部、クラスへと時間とともに広がっていった。
鳥居千種・・・1年3組。手芸部副部長。朱雀の幼なじみ。
日々木陽稲・・・2年1組。手芸部設立を手伝った。そのため朱雀たちからは女神様扱いされている。
金田歩美・・・1年3組。
* * *
す「日々木先輩にすぐに知らせに行かないと」
ち「これもきっと神の御威光のお蔭だね」
す「そうだね! ありがたや、ありがたや……」
ち「ありがたや、ありがたや……」
す「うちのクラスが平穏をなんとか保っているのはあの担任の力じゃなくて怖い先輩のお蔭だけど、久藤さんたちが先輩のことをこの学校の裏番って言ってたの。日々木先輩がそんな人と一緒にいるのって、もしかして騙されたりしてないかな?」
ち「魔王が女神をたぶらかして捕らえるのは物語の王道だね」
す「もしそうなら助けないと!」
ち「すーちゃんはまだ駆け出し冒険者だからレベルが足りないよ」
す「それってちーちゃんのマンガの話でしょ! でも、レベルが足りないのは間違いないね……。頑張らないと」
ち「この世界では魔王もガンガンレベル上げしているから気を付けてね、すーちゃん」
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