第205話 令和元年11月27日(水)「山田小鳩の憂鬱」山田小鳩
信任投票となり、私が新生徒会長に選任された。
過去には他の生徒会役員も教師の推薦で立候補していたが、現在は会長以外の役職は存在しておらず、会長の推挙等で役員を採用している。
前生徒会長他三年生の役員は正式に引退したが、一、二年生の役員は全員継続して活動してくれることになった。
新年度を迎え新入生が入学するまではこの構成で生徒会を運営していくことになる。
晩刻には日野から電話があった。
「ひぃなから聞いた。信任おめでとう」
「恐悦至極」
日野はこの学校の生徒会の
教師から付与された仕事を処理するだけだった生徒会が、生徒間の問題に積極的に尽力するようになった。
それはまさに私が切望する生徒会の姿だった。
私には不可能だった変革を日野は簡単にやってのけた。
本来ならば生徒会長を担うべきは日野だ。
だが、彼女は他にやりたい事柄があると言及した。
その内容は一学校に収まるものではなく、生徒会活動と兼務できるものではないと私は納得した。
「当面は生徒会に振る仕事はないと思うから、のんびり頑張って」
校長主導による文化祭改革では、日野の提案に従事し、文化祭実行委員会とともに活動した。
校内へのスマホ持込の案件は現在意図的に進行を遅延させているが、このままいけば生徒会による大いなる成果となるだろう。
「了解した」と返答する。
役員にはこれまで過去にない激務を要求してきた。
年が明ければ、卒業式や入学式の準備がある。
それまでは過度の仕事を負担する必要はない。
そう思案していた私に日野が忠告した。
「そうね、トップの大事な役割を教えてあげるわ。それは後継者を育てることよ。1年後には嫌でも引退するのだから、早めに考えておくといいわ」
彼女の助言は当然の話だ。
勿論一年の期間があるのだから、時間をかけて念入りに見極めればいい。
ただそのような視点を意識して有することは大切だろう。
「忠告痛み入る」
暫時雑談を交わして日野は電話を切った。
私は三人の1年生役員の顔を思い浮かべる。
1年生にはもうひとり男子がいたが夏休み前に退任した。
残る三人は全員女子である。
能力だけで判断すれば、田中七海さんが適任だ。
学業が優秀で、仕事も言われたことは確実にこなす。
性格的には積極性が欠如し、人見知りの傾向がある。
後継に指名すれば承諾してくれるだろうが生徒会の改革は挫折する可能性が高い。
そのクラスメイトの鈴木真央さんはソフトテニス部と兼務する開放的な性格の持ち主だ。
周囲の適切な補助があれば生徒会長の任も担えるとは思う。
文化祭の活動では大いに貢献してくれたが、雑務は手を抜くことがあり、文化祭終了後は生徒会活動への意欲が低下しているように見受けられる。
あとひとり、井上菜々実さんは性格に難がある。
皮肉屋で口が悪く、弁は立つが行動に移さない。
鈴木さんとは犬猿の仲といった状況で、生徒会室の空気を悪化させる要因となっている。
注意しても聞くのはその時だけで馬耳東風の
これまでは人望があった前生徒会長の下で均衡を保っていたが、人間関係を不得手とする私に現状を維持できるだろうか。
その不安は今日の放課後早くも顕在化した。
「あの……、お話があります」
生徒会室には私と田中さん、鈴木さんがいた。
1年生は並んで私の前に立つ。
話を切り出したのは田中さんだった。
私が続きを促すと申し訳なさそうな顔で田中さんが謝罪した。
「一度は続けるとお返事しましたが、生徒会を辞めようと思います」
衝撃を受けてふらつきそうだったが、なんとか耐えた。
しかし、感情を態度に表出させたくなかったが成功しなかっただろう。
「申し訳ありません」と田中さんは深々と頭を下げた。
頭を抱えてしゃがみ込みたい。
それを必死に思いとどめて、言葉を振り絞る。
「えーっと、その……、理由を聞いていいかな?」
田中さんは押し黙ったままだ。
この狭い空間に気まずい空気が充満する。
私はそっと鈴木さんを見遣ると、彼女は困惑したように首を横に振った。
仕方なく、私が口を開く。
「えー、分かりました。おそらく先生からも聞かれると思います。正式な退任は先生との面談のあとになります」
田中さんは何度も頭を下げ、「すいませんでした」と繰り返して部屋を出て行った。
私は顔をしかめて立ち尽くす鈴木さんに視線を向ける。
聞きたくはないが、聞かない訳にはいかないだろう。
「鈴木さんはどうするのですか?」
鈴木さんは右手を自分の後頭部に当て、「うーん」と唸った。
「あたしまでいま辞めたら大変だと思うんでもう少し続けますけど……」
そこで鈴木さんの言葉が途切れる。
だが、彼女の意思は伝わった。
私は今度こそ頭を抱えてうずくまった。
どうすればいいのか皆目分からない。
泣き出すのはなんとか堪えたが、気持ちを整理するために時間が必要だった。
「大丈夫ですか?」と鈴木さんに気遣われた。
全然大丈夫ではないが、これ以上の醜態を後輩の前で晒すことはできない。
私は立ち上がり、「今日は仕事はないので帰ります」となんとか言葉にする。
誰かより先に生徒会室を出るなんて年に1回あるかどうかだ。
しかし、私ひとりで解決できるとは思えなかった。
こんな時こそ日野の出番だろう。
これまで力を貸してきたのだから、借りを返して欲しいと虫のいいことを考えた。
実際は互いに利があるからやっていたことだ。
それを理解していても藁にもすがる思いで、学校の敷地を出ると日野に電話した。
だが、留守電だった。
日々木にLINEで確認すると、日野は病院で検査があり帰るのは夜だという。
私は焦る気持ちに追い立てられるように校舎に戻り、ある教室を目指した。
もう帰っている可能性が高いと知りつつも、あと頼ることができる人物がいるとすればこの人だけだという思いで足を進める。
果たして、その人はいた。
教室で友人と歓談していた。
歓談というより、一方的に話し掛けているように見えたが。
相手の女性がそれほど迷惑そうにしていなかったから問題ないだろう。
「……会長」
私はつい古い役職で呼んでしまった。
彼女――前生徒会長の工藤先輩――は私を見て驚きの顔を浮かべたが、すぐに優しい笑みを向けてくれた。
「どうしたの? 小鳩姫」
††††† 登場人物紹介 †††††
山田小鳩・・・中学2年生。キャラ作りとして難解な語を使うが、精神状態が不安定な時は継続できない。
日野可恋・・・中学2年生。この学校を裏から支配する魔王だと一部で囁かれている。本人はこんな学校に支配する価値なんてないと考えている。
日々木陽稲・・・中学2年生。小鳩の友人。この学校で生徒会長より知名度が高い。
工藤悠里・・・中学3年生。前生徒会長。人当たりの良い優等生という外面だが、実はロリ萌え。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます