第203話 令和元年11月25日(月)「オヤジ」野上月

「コツコツ真面目に働く奴が偉いなんて、馬鹿なことを言う大人を信用するな」


 それがオヤジの口癖だ。

 無自覚な奴隷と、それをこき使う奴らが好む言葉だからというのが理由だった。


 そんなオヤジは定職に就かず、最近は一年の半分を災害ボランティアとして各地を飛び回っている。

 残り半分はただブラブラしているだけのように見える。

 それなのに真面目に働いている母親の年収と変わらないくらいには、いやそれ以上に稼いでいるらしい。

 どうやって稼いでいるのかわたしも十分把握している訳じゃないが、多彩な人脈を使い、人と人とを引き合わせることで利益を得ているみたいだ。


 そんなオヤジをわたしは”自由人”と呼んでいる。


「金のために働かなきゃいけない時はある。だが、それを生きがいにするな」だとか、「他人のやることにケチをつけるような、ちっぽけな奴は相手にするな」だとか言いたい放題だ。


 極めつきは「若いうちに失敗しておけ。失敗しなきゃ学べないことは山ほどある。失敗したことがない奴はたいしたことはできない。そういう奴が失敗した奴を笑ったところでどうってことはない」という意見で、わたしが停学になった時には「そのくらいで停学なのか」と笑っただけだった。

 母親も「一週間も家にいて買い物もいけないんなら、お昼どうしましょう」と心配するところがズレている気がする。


 そんな両親だから、わたしも停学を深刻に捉えなかった。

 学校公認の休暇程度に思っていたが、恐ろしい量の課題が出て、それをクリアできなければスマホが使えないとなると死に物狂いで頑張るしかない。

 最後の方は寝ていても課題に追い立てられる夢を見て、最悪だった。

 二度と停学にはならないと心に誓うほど苛酷な一週間だった。


 スマホは学校との約束で停学処分が解けるまで親に取り上げられたが、停学祝いという訳の分からない理由でオヤジにノートパソコンを買ってもらった。

 課題に追われてほとんど触れなかったが、必要な連絡はこれで行えと言われていた。

 インターネットをろくに使えないオヤジにしては気が利いている。

 きっと、わたしの財産について気を遣ってくれたのだろう。


 オヤジを見て育ったせいか、わたしは人と人との繋がりを大事にしている。

 小学校の高学年の頃には同じ学年の生徒全員と挨拶できる関係にはなっていた。

 中学生になると、友だちの友だちといった伝手を利用して他校にもそれを広げていった。

 広く浅くの関係にはなってしまうが、それでも人を集めることができたので重宝されるようになった。


 今回補導されたのは、ミスキャンパスなどのイベントを開いた経験のある大学生から話を聞くために横浜に行った時のことだ。

 女にだらしない男性だったが、それだけにわたしの価値には気を遣ってくれて会員制のお店で会った。

 わたしの価値――例えばオシャレに興味のある女子高生を100人くらいならすぐに集められる力――は長い時間を掛けて築き上げてきたものだ。

 それを同世代、しかも歳下にあっさり上回られるとは思いもしなかった。


 今日は一週間ぶりに高校へ行き、土日に頑張った課題と反省文を提出した。

 それをチェックしてもらい、長いお説教をされてようやく放免となった。

 午前の授業が終わったタイミングで教室に戻り、多くのクラスメイトにいろいろ言われた。

 なぜかアケミが泣き出してオロオロしてしまったが、久しぶりにみんなの顔が見れてホッとした。


 放課後は出所祝いという名目でカナの家に集まった。

 出所じゃねえよとツッコミを入れつつ、カナが嬉しそうだからわたしも笑顔が浮かぶ。

 アケミやハツミの他に、陽稲ちゃんと可恋ちゃんが来てくれた。


 カナはわたしの謹慎中に悪口を言った生徒がいたことに憤慨している。


「ハツミに言われて、ゆえの敵か味方か確認していたのよ」


「わたしだって利用しているだけって友だちがたくさんいるからね。いちいち気にしなくていいよ」


「……でも」


「それより、こうして苦しい時に助けてくれたり、励ましてくれたりする友だちがいるってことが嬉しいから」


 わたしがそう言うと、カナの目も潤んできた。

 湿っぽいのはわたしの性分じゃないので、慌てて話題を変える。


「うちの父親は若いうちに失敗しておけって口癖のように言うから、停学はそんなに気にしてないのよ。だけど、ファッションショーのことは失敗することが怖くて決断ができないの」


 これまでわたしは様々なイベントに手伝いとして関わった経験がある。

 顔繋ぎの目的もあるが、そうしたことに携わる人たちの熱意が好きだった。

 わたし自身は合コンのセッティングくらいならしても、自分で大きなイベントを企画したり実行したりしたことはなかった。

 やってみたいという思いは抱いていた。

 ファッションショーはちょうど良い機会だと思った。


 しかし、失敗したっていいじゃないと普段思っているのに、今回ばかりは怖いと感じてしまう。

 オヤジならみんなで失敗を経験できるのだから気にするなと言いそうだが、何かを決めることがこんなに大変だとは思ってもみなかった。


「そうですね、どんなに準備を整えても失敗することはありますし、自分の間違った判断で失敗してしまうかもと思うことはあります」


 可恋ちゃんが淡々と話し始めた。


「私が重視しているのは修正力です。例えば、料理って意外と失敗するんですよ。味付けや焼き加減なんか」


 可恋ちゃんがそう言うと、カナがうんうんと頷いている。


「味見をして問題があった場合、初心者は慌ててしまって味を大きく変えようとしがちですが、上級者なら微調整をするとか、作るものを変えてしまうとか、いろいろな選択肢を頭に浮かべて判断します。そのための引き出しをどれだけ持っているかが腕の善し悪しと言えるかもしれません」


 可恋ちゃんはわたしを見てニコリと微笑む。


「多くの人が関わることなら料理以上に事前の予定通りになんかなりません。それをいちいち失敗だなんて思っていたら身が持ちませんからその都度手を打って修正していきます。対戦スポーツの基本に認知・判断・行動というサイクルがあるのですが、状況を正確に捉えること――楽観視しすぎず、悲観視しすぎず――ができて、素早く次の判断や行動に繋げることができればなんとかなりますよ」


 可恋ちゃんは簡単そうに言うが、わたしにそれができるだろうか。


「大失敗に繋がるのは認知が正しくなかったり、判断や行動が遅れたりすることが原因です。リーダーの役目は早め早めに手を打とうとすることで、打つ手に関しては周りに任せていいと思いますよ」


 わたしがカナやハツミたちの顔を見回すと、代表するようにカナが「わたしたちにどれだけのことができるか分からないけど、ゆえの力になれるように頑張るよ」と言ってくれた。


「それにしても、そんなに失敗したことがなさそうな可恋ちゃんがどうしてここまで分かるの?」


 わたしはふと思った疑問をぶつける。


「人類の歴史は失敗の歴史ですし、特に近年の日本経済は失敗のオンパレードですので学びには事欠きません」


「うちのオヤジ――あ、父親は失敗を体験しなきゃ学べないことはたくさんあるって言ってたんだけど、どう思う?」


「確かに体験を通さないと分からないことはあると思います。ただ知識が豊かならひとつの体験からより多くのことが学べます。私も試行錯誤はしてるんですよ」


 わたしははぁーっと溜息をつく。

 わたしの人脈は、歳上は大学生くらいまでしかいないが可恋ちゃんほど優秀な人は思い浮かばない。

 勉強のできる人、起業を目指す人、様々なイベントを運営する人、才能を感じる人も少なくはないがその中でも可恋ちゃんは異質だと感じる。

 ある意味、オヤジに似たタイプだ。

 わたしでは捉えきれない大きさを持つ人。


「そういえばさ、可恋ちゃん、うちに来た時、オヤジに会ったよね?」


「ほとんどお話はしていませんが、ユニークな感じの方ですね」


 ……ユニークか。


 ちなみに、オヤジによる可恋ちゃんの評価は「日本刀みたいな子」というものだった。

 ふたりをちゃんと引き合わせたら、可恋ちゃんはわたしよりもオヤジの持つノウハウを引き継ぐかもしれない。

 それが誰にとっても幸せになる道筋のようにも思える。

 そういう人と人との出会いを作り上げるのがオヤジの生き方なんじゃないかとふと思った。


 でも、悪い、もう少し待ってくれ。

 それがわたしの本音だった。

 これ以上、可恋ちゃんがわたしの手の届かないところに行ってしまうのは困る。

 もう少しわたしが力を付けるまで待って欲しい。


 わたしは心の中で手を合わせて可恋ちゃんに謝った。




††††† 登場人物紹介 †††††


野上ゆえ・・・高校1年生。深夜の繁華街にいたところを警察に補導され、その際に飲酒が発覚した。可恋たちによる中学での文化祭に触発されてファッションショーを計画している。


日々木華菜・・・高校1年生。ゆえの中学生時代からの友だちで、いまは親友と言える間柄。料理が得意で玄人はだしじゃないかと思うほど。


矢野朱美・・・高校1年生。優等生で真面目な性格。


久保初美・・・高校1年生。帰国子女の美女。以前は人と距離を置いていたが、夏休み以降この4人で一緒にいることが増えた。


日野可恋・・・中学2年生。趣味は空手と読書。理論の構築と実践はそれらの趣味を通して育まれた部分も。


日々木陽稲・・・中学2年生。彼女の場合、一発勝負のようなものに対して失敗を恐れてしまう。

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