第193話 令和元年11月15日(金)「少しずつ前へ」笠井優奈

 三日間の試験が終わった。

 前回の中間テストは運動会の創作ダンスに夢中でかなりピンチだった。

 今回の期末テストは文化祭とその後のダンス部の立ち上げに追われて、勉強が手につかなかった。

 しかし、部長として不甲斐ない成績を残す訳にはいかない。

 いままでは一夜漬けでなんとかしてきた。

 それだけではダメだと思い、文化祭が終わった頃から高校生の彼氏に勉強を見てもらい、なんとか面目は立てられたんじゃないかと思う。

 それに、いまのままじゃ彼氏と同じ高校は絶対に無理だし……。


 ホームルームが終わって、アタシがすっ飛んでいったのは日野の席だった。

 迷惑そうな日野に構わず、アタシは口を開く。


「ひかりと三島、大丈夫なのか?」


 明後日の日曜日にふたりのご褒美デートが予定されている。

 ひかりにはアタシとのデートの時に三島には気を付けるように口酸っぱく言い聞かせたが、ひかりが覚えているとは思えない。

 最近はあまり構ってあげられていないし、ダンス部でもひかりと三島が一緒にいることが増えてきた。


「そんなに心配ならついて行ったら」と日野は投げやりに言葉を返す。


 アタシは腕を組んで日野を睨みつける。

 できることならアタシだってそうしたい。

 だが、さすがにそれは……と思ってしまう。


 元々は1年生の時にアタシがひかりを孤立させたのが原因と言えば原因だ。

 当時は美咲を独占するためにそれが最善の策だと思った。

 そんなひかりを三島が合唱部に誘い、顧問の谷のお気に入りとなっていった。

 依存心が強く、相手を疑わないひかりは、谷や三島に言われるままに悪事にまで手を染めた。


 そんな経緯があったから、ひかりはアタシを恨んでいると思っていた。

 盗撮の対象にしたのも、その意趣返しからだと。

 その想像は完全に外れていた。

 ひかりは谷に言われるままに盗撮しただけだった。

 その後、ひかりを救済する形でうちのグループに入れ、話をするうちに彼女の性格というか問題点が分かってきた。

 信頼した相手の言いなりになってしまうという酷い問題が。


 そんなひかりのことをよく知る三島は警戒対象だ。

 キャンプのあと、ひかりは三島ではなくアタシや美咲を信頼し、ベッタリと依存するようになったが、三島は諦めていないと思う。

 文化祭の有志による合唱の練習で夏休み中はひかりと一緒にいる機会が多かったし、ダンス部にもひかりを追って入部した。

 脅してでもやめさせたかったが、日野から釘を刺された。

 つまり、ひかりが三島になびいたとすれば、その責任の一端は日野にもあるということだ。


「どうすんだよ。三島と元の鞘に収まったら」


「別にいいじゃない」と日野は取り合わない。


「何でだよ!」と思わず怒鳴ってしまった。


「渡瀬さんが三島さんの言うことしか聞かなくなれば問題だけど、ダンス部がある以上あなたの言うことを聞かなくなるとは思えないわ。あとは、あなたと三島さんが協力し合えばいいだけよ」


 三島と協力という言葉に顔をしかめる。


「そんなに渡瀬さんを独占しないと気が済まないの?」と嫌味を言われて、アタシは顔を赤らめて「そんなんじゃねえよ!」と怒鳴り散らした。


「三島さんも後悔はしているんじゃないかな。一度話し合ってみたら? いまは部長と部員の関係なんだし」と日野は真面目な顔でアタシに言った。


 合唱の練習で一緒にいることは多かったが、三島とはろくに口をきかなかった。

 いまも無視はしないが、挨拶以上の会話はしていない。

 だが、部長のアタシが部内で波風を立てるのは問題だ。

 一度はちゃんと話をするべきなのだろう。

 日野に言われてというのは腹が立つが……。


 アタシは日野に「考えとく」と答えて、教室を出て行った。

 今日はダンス部のミーティングがある。

 彩花たちは先に行っているので、早足で空き教室に向かった。

 最初はグラウンドでする予定だったが、寒いからと彩花と綾乃が教室を押さえてくれたのだ。


 教室に入ると、制服姿の部員が勢揃いしていた。

 肌寒い廊下と比べると、室内は部員たちの体温でかなり暖かく感じる。

 体調が悪いひとりが大事をとって帰宅した以外は全員集まっているとマネージャーの綾乃が教えてくれた。

 この中には1年生の秋田と藤谷の姿もあった。

 藤谷は窓際のいちばん前に座り、秋田は教室後方の扉のところに立っていた。


 アタシは教壇に立ち、「ミーティングを始めます」と宣言する。

 それまであったざわめきがピタリと収まり、静かになる。

 ミーティング中もお喋りが絶えないソフトテニス部と比べてつい苦笑してしまう。


「アタシたちの当面の目標は12月下旬のイベントです。ショッピングモールで行われるダンスパフォーマンスはアタシたちのデビューの場です」


 アタシはそこで一度口を閉ざしてみんなの表情を見回す。

 ワクワクした顔、不安そうな顔、思い詰めた顔、やる気に満ちた顔、そこに浮かぶ部員たちの感情をアタシは心に留めた。


「Aチームはソロや少人数でのダンスも披露してもらいます。練習は大変ですが頑張っていきましょう」


「頑張ろうね」とひかりが楽しそうにアタシに言った。


 そこは他のAチームの子に言ってやれよと思うが、ひかりだしね……。


「Bチームにも踊ってもらうので、練習にしっかり取り組むように」


 今度は彩花が1年生たちに向かって「頑張ろうね」と声を掛けた。

 打ち合わせをしていた訳ではないが、最近の彩花は本当に頼もしい。


 その後は練習の日程や注意事項を伝達してミーティングを終了する。

 最後に彩花が、全員の前で秋田が部活に復帰することを告げた。

 当面はBチームの練習に参加することも発表された。

 秋田のことは彩花と綾乃に全面的に任せることになっている。

 藤谷の方は顧問の岡部先生と部外者だが美咲がこまめに連絡を取ってくれている。

 アタシは自分がやるべきことに専念しないといけない。

 三島と話すこともそのひとつだろう。


「みんなの前で格好良く踊って、楽しくダンスをするために、いまは練習を頑張ろう!」


 アタシの呼び掛けに、威勢の良い「はいっ!」という返事が部屋中に轟いた。




††††† 登場人物紹介 †††††


笠井優奈・・・2年1組。ダンス部部長。ひかりが指名したご褒美デートは、普段遊びに行くコースと何ら変わらずデート感がゼロだった。


日野可恋・・・2年1組。明日高木さん指名のご褒美デートに参加する。まだ陽稲の分と麓さんの分を残している。


渡瀬ひかり・・・2年1組。ダンス部。周りの思いを他所に、楽しくダンスができればいいとしか考えていない。


三島泊里・・・2年1組。ダンス部。デートのことに頭がいっぱいで試験は全滅……。デートは答案を返してもらう前だから大丈夫。


須賀彩花・・・2年1組。ダンス部副部長。既に美咲、明日香ちゃんとのデートを終え、次の日曜の綾乃とのデートを残すのみ。ただダンス部のことで忙しく、準備はすべて綾乃任せになっている。


田辺綾乃・・・2年1組。ダンス部マネージャー。デートは女性同士の恋愛を描いた映画にしようかと考えたがR-15だと知り断念。日々木さんからアドバイスを受けているが……。


秋田ほのか・・・1年2組。ダンス部。1年生の他の部員の自分より優れたところを見つけるという課題は藤谷以外をなんとかクリアしたので練習参加にこぎ着けた。


藤谷沙羅・・・1年1組。ダンス部。病院に行くように言われたが、意味が分からない。どこも悪くないのに。それでも、岡部先生や担任の先生、保健の先生などが最近あたしの話をよく聞いてくれるので気分が良い。

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