第192話 令和元年11月14日(木)「ゆえ」日々木華菜
「可恋ちゃん、マジでヤバいんだけど……」
可恋ちゃんの報告書に目を通したゆえは呻くようにそう呟いた。
わたしも同感だが、可恋ちゃんだからと思ってスルーすることにしている。
今日は放課後、うちにゆえ、ハツミ、アケミがやって来た。
わたしたちが、というより、ゆえが積極的に進めているファッションショーの企画について話し合うためだ。
中学はいま期末テスト中だというのに、昨日妹のヒナ経由で可恋ちゃんから文化祭の報告書を受け取った。
A4サイズのコピー用紙にびっしりと印刷されたそれは、数十枚の厚みがあった。
いちばんページを割いているのはファッションショーで使った衣装やアクセサリーなどについてで、使われた全てのアイテムが事細かに記載されている。
誰から借りたものかといったデータはともかく、それをレンタルした場合の相場まで記されていて、とても参考になる。
他にも、舞台制作、演出、警備、モデルのトレーニング、宣伝などなど、ファッションショーのために行われた全ての準備について詳細が書かれていて、更に同じようなファッションショーを開催するためのアドバイスまであった。
「いちばんの問題は衣装かなあ」
すべてを読み終えたゆえが悩ましげに言った。
文化祭のファッションショーでは、ヒナとクラスメイトの松田さんが普通の中学生レベルでは考えられないくらい大量の衣装を持っていて、それが成功の最大の要因だと可恋ちゃんは分析していた。
すべてをレンタルした時の想定額を見ると、とても普通の学生が簡単に担えるものではなかった。
小物はヒナに借りることができるとしても、衣装をどうするかは難しい問題だ。
「演出なんかは会場次第だね」
ゆえ同様にファッションショーに前向きなハツミが口を開く。
ランウェイを諦めれば、ライブハウスや小劇場などを利用することで演出面の負担は軽減できるだろうと書かれていた。
横浜を中心にそういったスペースの利用料金も調べてあり、注意事項と一緒に記されている。
「それで、どんなファッションショーにするつもりなの?」
先日、可恋ちゃんは「ゴールが見えないと正しい道筋が描けません」と言った。
料理で言えば、何を作るか決めないままじゃ材料や道具の準備すらできないということだろう。
わたしの質問に、ゆえは腕を組んで考え込んでいる。
可恋ちゃんから言われて二週間経つが、いまだに決めかねているようだ。
キャシーや真樹ちゃんといった参加希望の子とも話をしていると聞いた。
やりたいこととできることの狭間で気持ちが揺れ動いているんだろう。
ハツミやアケミは心配そうにゆえを見ている。
「できるかどうかは別として、ゆえが本当にやりたいファッションショーってどんなものなの?」
折角みんな集まっているんだ。
まずは、ゆえに理想を語ってもらい、わたしたちがどんな協力をできるかを考えた方がいいと思った。
「ファッションショーで言えば、可恋ちゃんやヒナちゃんがやった中学校のファッションショーみたいなものだけど……」
ゆえは言葉を選びながら話し続ける。
「たぶん、わたしが本当にやりたいことはファッションショーそのものじゃないと思う」
「え?」とわたしは驚きの声を上げる。
ハツミやアケミも目を丸くしている。
当然だろう。
「ファッションショーをやりたい気持ちはもちろんあるの。ただ、本当にやりたいことは、みんなでひとつのことに向かって取り組むこと。そして、その中心にわたしはいたいの」
ゆえの言葉を聞いて、ゆえらしいと思った。
高校の文化祭でもゆえはなんだかんだと仕切っていた。
実行委員のような役職ではないにも関わらず、みんなが困っていると颯爽と現れて問題を解決していくような働きを見せていた。
可恋ちゃんのように率先してリーダーシップを発揮する訳ではないが、みんなで盛り上がることが好きで、そのための労は惜しまないタイプだ。
「純粋にファッションショーをやりたいって子には悪いと思ってる。わたしの我が儘だって分かっているんだけど……」
ゆえが顔を曇らせるのを見て、わたしは「そんなことないよ!」と声を上げた。
「だって、これはみんなでやりたいことをやろうっていう話であって、誰かが我慢してやることじゃないよ」
「そうだよ。義務じゃないし、犠牲とか必要ないよ」とハツミがわたしの言葉に続けて、ゆえを励ました。
アケミもうんうんと頷き、ゆえはわたしたちの顔を見回して「ありがとう」と微笑んだ。
場は和んだものの、ファッションショーについては一歩も前に進んでいない。
アケミがおずおずと「これからどうするの?」と切り出した。
ゆえは頭の回転が速いし、顔も広い。
お金の問題は残るが、小規模なファッションショーなら開けるだろう。
重要なことはそれで満足できるかどうかだ。
「一度、可恋ちゃんに相談してみない?」
わたしの提案にゆえは額を手で押さえて考え込む。
迷う気持ちは理解できる。
ゆえはプライドが高いしね。
「ハツミはどう思う?」とわたしは話を振る。
「うーん、話を聞くのは良いんじゃないかな。ゆえが中心でやっていくためのアイディアを出してもらえるかもしれないし」
「でも、彼女の負担にならないかな?」とアケミが心配した。
「そこは気を付けるよ。ただ色々と動き始めてから問題が起きて頼ることになった方が負担は大きくなると思うんだよね」
調理実習でよく解決が難しくなってから助けを求められることがある。
もっと早く呼んでよと何度思ったことか。
この話は料理とは無関係だが、事が大きくなってから手を借りようとすると可恋ちゃん負担はより増すだろう。
最後まで彼女の力を借りずに済めばいいが、キャシーや真樹ちゃんが参加する以上何かあればそうもいかないと思う。
わたしがそんな懸念を説明すると、ハツミやアケミは納得してくれた。
ゆえはまだ額に手を当てたままだ。
わたしが「いいよね?」と確認すると、「カナに任せる」とゆえは溜息をついてから言った。
わたしは料理の腕に関してだけは可恋ちゃんに負けていないと自負している。
だから、他の部分が負けていても素直に認められるのだろう。
ゆえは自分の強みのところで可恋ちゃんに差を見せつけられているから素直になれないのだと思う。
きっと、そこをフォローするのがわたしの役割だ。
わたしは空気を変えるように別の話題を口にする。
「キャシーのホームパーティだけど、何着ていく?」
ゆえがわたしの意図を酌んで、ニヤリと笑って「この前着ていたドレスじゃないの?」とツッコミを入れた。
可恋ちゃんの家で行われたホームパーティに着て行ったドレスの写真をハツミやアケミにも見せる流れになってしまい、わたしは顔が火照る。
それでも、いつもの和やかな雰囲気に戻ってホッとしていた……。
††††† 登場人物紹介 †††††
日々木華菜・・・高校1年生。趣味は料理。今日は昨日焼いたパンプキンパイを振る舞った。
野上
久保初美・・・高校1年生。趣味はファッション誌を読むことと動画鑑賞。
矢野朱美・・・高校1年生。趣味らしい趣味はない。勉強、家事の手伝い、妹の世話に明け暮れている。
日野可恋・・・中学2年生。趣味は読書。かなりの速読だが、時間の確保に頭を悩ましている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます