第174話 令和元年10月27日(日)「文化祭の思い出1」原田朱雀

 あたしにとっての初めての文化祭は、とても良いことと悪いことの両極端の思い出が生まれるものになった。


 悪い方は、クラスの合唱だ。

 1日目は激しい雨の中、講堂内にまで届く雨音にかき消されるほどひどい有様だった。

 まるでその雨に打たれてずぶ濡れになったような惨めな気持ちだった。

 観客はさほどいなかった。

 それなのに、なんだよそれって感じのざわつきが聞こえてきたような気がした。

 最初のお化け屋敷という企画のまま変更せず、当日は一切関わらずに逃げ出しておけばよかったと後悔した。


 2日目は1日目よりはマシだった。

 たぶんこれがいまのあたしたちの実力なのだろう。

 もし例年通りにすべてのクラスが合唱を選択していたら、あたしたちのクラスの出来の悪さが目立っていたと思う。

 最後までクラスはまとまらず、バラバラだった。

 それで良い結果なんて出るはずがない。


 手芸部の展示は、客の入りは多くなかった。

 今年作ったばかりの部だし、知名度も実績もまったくない。

 夏休みにせっせと作ったものを展示しただけで、もっとアピールできるものがあれば良かったんだけど、何も思い付かなかった。

 それでも、1日目の午後に日々木先輩が見学に来てくれたのでそれだけで満足だった。

 先輩はニコニコしながら、あたしたちの制作の苦労話を聞いてくれた。

 あたしもちーちゃんもツーショット写真を撮らせてもらい、あたしは早速待ち受けにしている。


 そして、何よりもこの文化祭で楽しかったのはその日々木先輩のファッションショーだ。

 日々木先輩は出て来るたびに衣装が替わっていて、そのどれもがとても素敵だった。

 特に最後のきらびやかなドレス姿は、「光の女神様」と思わず手を合わせたくなってしまうほどだった。

 日々木先輩のキラキラ振りだけでなく、他のモデルの人たちも素晴らしかった。

 あたしと一歳しか違わないはずなのに、舞台の上を歩く先輩たちはとても大人っぽく見えた。

 日々木先輩のセンスの良さがあったからだろう。

 可愛いものはとことん可愛く、格好良いものはとことん格好良く、メリハリがすごくあったし、後半はとても個性的だった。


 しかも、しかも。

 途中の日々木先輩のMCで、協力者として手芸部の名前を挙げてくださった。

 あたしは飛び上がるほど嬉しかった。

 先輩の依頼で何点か刺繍などをお貸しした。

 そのうちの数点が実際に使われていた。

 自分が作ったものが、ファッションショーの場で使われているのを見て心が浮き立った。


 あたしの場合、これまで作ることが目的化していたところがあった。

 完成前に放り出したり、完成してもそのままほったらかしにしたりなんてことも多い。

 中には自分で使っているものもあるが、それだって最初から使う目的で作った訳ではなく、たまたま使い出したという感じだ。

 ちーちゃんが使ってくれているのを見て嬉しくなることはあったけど、今回はそれ以上に熱くこみ上げるものがあった。

 先輩に使ってもらったという喜びがあるし、こんな風に素敵に見えるんだという嬉しさがあった。


「ファッションショー、良かったねえ……」


 あたしは二日間のファッションショーの光景をうっとりと思い出しながら呟いた。

 金曜日に目にしてから何度呟いたか分からないくらい同じ言葉を繰り返している。


「祝祭だったね」


 家まで遊びに来てくれたちーちゃんが賛同してくれる。

 彼女もファッションショーに感動したひとりだ。


「毎日文化祭でもいいくらいなのに」とあたしが無茶を言うと、「神の秘蹟は稀有だからありがたいもの。でも、また見たい」とちーちゃんも本音を漏らした。


「来年もやってくれるのかなあ」と呟くと、「3年生は受験があるから……」と不安そうに彼女にしてはまともなことを言った。


「だよねー」とあたしは溜息をつく。


 目に焼き付けたとはいえ、あんな感動を二度と味わえないとしたら残念すぎる。


「すーちゃんの力で神の秘事を再臨しよう」とちーちゃんが真剣な眼差しをあたしに向けた。


「え! あたし?」と聞くと、ちーちゃんが頷く。


「手芸部だけじゃ絶対に無理だよ」


 手芸部は部として最低限の人数しかいない。

 ファッションショーをやるなんて到底無理だ。

 来年度に新入生を勧誘する気ではいるが、そんないっぱい入ってくれるとは考えにくい。


「神を崇める人々による有志連合なら……」


 ちーちゃんの言葉にあたしは考え込む。

 あたしたちと同じようにあのファッションショーに感動した生徒は他にもいるはずだ。

 日々木先輩が協力してくれるという前提があるなら、自分たちの手でファッションショーをやりたいと思う生徒はいるかもしれない。


「とにかく、日々木先輩が協力してくれるかどうかだよね」


 あたしがそう言うと、ちーちゃんが頷いた。


「火曜日に学校でお願いしてみよう」とあたしは決意を込めて言葉にした。


 善は急げだけど、ちゃんと面と向かってお願いしないといけないお話だ。

 もしオッケーしてもらえば、熱が冷めやらないうちに参加者を募りたい。


「合唱は失敗したけど、あたしで大丈夫かな?」と不安な本音が漏れた。


「すーちゃんなら大丈夫。わたしが信じているのだから」


 ちーちゃんの理由にならない理由に、あたしは微笑んだ。




††††† 登場人物紹介 †††††


原田朱雀・・・1年3組。手芸部部長。自分の好きなことのためなら突き進むことができるタイプ。


鳥居千種・・・1年3組。手芸部副部長。朱雀の幼なじみ。朱雀の背中を押すのが自分の役目だと心得ている。


日々木陽稲・・・2年1組。手芸部創部に協力した朱雀たちの光の女神。ファッションショーでは大活躍だった。

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