第173話 令和元年10月26日(土)「ファッションショー」醍醐かなえ

「桜庭が見ていたら、日々木さんを中学生ファッションデザイナーとして売り出したいと言い出していたかもしれないわね」


「ありそう」


 私の呟きに、隣りにいる本庄さんが頷いて苦笑した。

 見学に着た日々木さんたちのファッションショーがたったいま終わった。


「それにしても、負けた気分だわ」と私が零すと、「本当によくできていたね」と本庄さんも同意した。


 7月の終わりに手弁当で開催した若手デザイナーのファッションショーとどうしても比較してしまう。

 もちろん会場の差や演出面などは予算の壁があるので太刀打ちできていないが、それでも精一杯作られているのが伝わって来る。

 問題は観客に向けた姿勢というところで負けた気分になってしまったことだ。

 あの時参加したデザイナーの大半が自分の服を見せることしか考えていなかった。

 エンターテイメントとして観客を楽しませることを軽視し、素人同然のモデルを多用したり、全体のコンセプトを無視したひとりよがりな作品を提示したりとプロ意識の欠如を指摘されても仕方がない内容だった。

 それに対して、この中学生の手作りのショーでは、モデルはしっかり練習を積み重ねているのが分かったし、テーマも観客にとって身近なもので同世代の女子は興味を引かれただろう。


 後半は日々木さんの独創性を前面に押し出したものだった。

 オリジナリティを示そうとすれば、誰もが奇をてらったものを作りたがる。

 しかし、気のてらい方はいくつかのパターンがあり、ほとんどがそのパターンの範疇から脱することができない。

 人間の独創性なんてたかが知れているのに、若いうちは自分は違うと思いたがるから仕方がない。

 それに比べると日々木さんの気のてらい方はユニークだった。

 一見、統一感がなさそうなのに、通して見るとまとまりを感じた。

 モデルも生き生きとしていた。

 中学生だからまだ我が強くないだけかもしれないが、若手デザイナー特有の自己顕示欲の強さはなかった。


「自分が舞台に立ちたいと思うショーはそうはないもの」


「そこまで言うの!」と私は驚いた。


 世界で活躍するトップモデルがそこまで評価するとは。


「少なくとも、日々木さんがどんな服を着せてくれるのかは楽しみだと思うもの」


 微笑んでそう語る本庄さんだが、そんなに冗談を言うタイプではないだけにかなり本心なのだろう。

 正直嫉妬してしまう。

 しかし、彼女がどこまで成長するのか見てみたいという気持ちも強く抱いた。

 親子ほどとまでは言わないが一世代以上歳の差が開いているし、私はデザイナー一本で食べている訳じゃないから競争相手という意識は低い。

 この世界、そんな嫉妬をパワーに変えられるような人でないとやっていけないのだろうが……。


「モデルはどうだった? プロの視点から見て」と私は少し話題を変える。


「質を揃えるという意味で全体によく訓練されていると感じたよ。普通の子たちをここまで鍛えたことに感服するよ」


 自分の中学時代、運動会の組み体操など教師主導でやらされたことはあったが、これは生徒主導で行われたと聞いている。

 組み体操でも嫌だったのに、モデルなんて絶対に拒否したに違いない。

 今日の舞台に上がったモデルはみんな楽しそうにしていた。

 それだけでもたいしたものだ。


「プロで通用しそうな子はいた?」と質問すると、「誰だって努力と根性があればプロの端くれにはなれるよ。そこから先は才能や運といったものに左右されるだろうけどね」と本庄さんは真剣な眼差しで語った。


 今の時代はプロになること自体はハードルが下がっている。

 それはデザイナーの世界もそうだ。

 その先の困難さはライバルが増えた分、昔以上かもしれない。


『やあ! サツキ、カナエ』


 ショーが終わり、観客のほとんどが席を立った。

 私と本庄さんはまだ椅子に座っていたが、周りの人がいなくなったことでキャシーに発見された。

 彼女の周囲には日本人、外国人合わせて10人くらいの集団ができていた。

 だから、こちらからは声を掛けなかったのだ。


『お久しぶりね』『こんにちは』


 本庄さんと私が相次いで挨拶を返す。

 キャシーは身長180 cmを越える黒人女性だが、まだ14歳だ。

 表情豊かで表裏のない性格に見えるのでとても魅力的だ。


『ワタシも出たかったよ! サツキもそう思うだろ』


『そうね』と本庄さんが笑って肯定すると、気を良くしたキャシーは『次はワタシとサツキを出すようにカレンとヒーナに言ってくる』ときびすを返そうとした。


『もう聞いたからその必要はないわ』とキャシーたちの背後から日野さんが日々木さんと一緒にやって来た。


「わざわざ来ていただきありがとうございます」と日野さんと日々木さんが私と本庄さんに頭を下げて挨拶する。


「こちらこそ良いものを見せてもらったわ。ありがとう」と私が言うと、本庄さんも「素敵だったよ。出たかったというのはお世辞じゃないよ」と言って微笑んだ。


 日野さんがキャシーやその周囲の女の子たちに挨拶する間、日々木さんが私たちの相手をしてくれた。


「後半のチョイスがとても面白いと思ったわ」と私が言うと、「ありがとうございます! 可恋の圧力に負けずに頑張った甲斐がありました」と日々木さんはニッコリと微笑んだ。


「圧力があったの?」と本庄さんが尋ねると、「中学生らしさだとか、肌色の比率だとか、いろいろ規制されたんですよ」と日々木さんは顔をしかめて答えた。


 中学校の学校行事なのだから当然だろうと思うが、本庄さんは真剣な顔で「どんな舞台でも様々な制約はあるものよ。その中で最大限いいものを作るのがプロの仕事よ」と語った。


「可恋にも似たようなことを言われました。そこで、前半は可恋の言う通りにしつつ、後半は粘り強く交渉して半分なし崩し的ですが比較的自由にやらせてもらったんですよ!」


「凄いね」と私は率直な感想を漏らした。


 デザイナーの仕事に限らないが、制約と自分の希望との差があるのは当然だ。

 そこで単に制約に従うだけなのか、自分の希望を押し通すのか、それとも両者の間を調整していくのか。

 当然最後の選択が理想だが、決して容易ではない。

 たいていは愚痴を零しながら制約通りの仕事をする。

 強引に希望を押し通しても信頼を失うだけという結果がほとんどだ。

 今回は調整相手が日野さんという身近な存在だからできたことだったのだろうが、この経験は次に繋がるだろう。


 日々木さんとひとつひとつの衣装について語り合っているうちに日野さんが戻って来た。

 一通り話し終えた日々木さんが交代でキャシーたちの方へ向かった。


「桜庭が見ていたら、日々木さんを中学生ファッションデザイナーとして売り出そうとしたんじゃないかって話していたのよ」と私が日野さんに言うと、「ありそうですね」と日野さんは笑った。


「桜庭とはいろいろと話しているんでしょ?」と質問する。


 詳しい話までは聞いていないが、桜庭から日野さんと連絡を取り合っていると聞いていた。


「桜庭さんが帰国したタイミングでNPOを立ち上げることになっています」


「そこまで話が進んでいるんだ」と私が感心すると、「どういった活動なの?」と本庄さんが尋ねた。


「中高生くらいの年頃の女性アスリートを支援する活動です」と日野さんが答えると、「彼女、そんな方面にまで手を広げているんだね」と本庄さんは驚いていた。


 実業家で様々な活動をしている桜庭がキャシーに興味を抱いたことがきっかけだった。

 キャシーの空手を指導していた日野さんが、キャシーを格闘家としてプロモートすれば面白そうと話していた桜庭のことを聞いて、私が引き合わせることになった。

 桜庭は7月のファッションショーの主催者だったので、それ以前にもふたりは面識があったが、それ以降頻繁に連絡をする関係になったそうだ。

 彼女も今日来たがっていたが、仕事で海外に行っている。


「モデル、見事だったよ」と本庄さんが日野さんを褒める。


「ありがとうございます」と日野さんは頭を下げた。


「でも、それ以上にこのファッションショーをここまで作り上げたことが素晴らしいと感じたわ。他人を動かす才能に長けているのでしょうね」


 本庄さんは日野さんのその才能を高く買っているようだ。

 桜庭もいつの間にか他人を巻き込み自分の思いのまま動かすことがある。

 日野さんはもっと理詰めな感じがするが、こういうのって教えられてできることなのだろうか。


「才能があるかどうかは分かりませんが、人間必死になればなんとかなるものですね」


 少しだけ考えてから日野さんはそう答えた。

 それを聞いた本庄さんの表情が険しくなった。


『カレン、サツキ、カナエ、みんなで写真を撮ろう!』


 少し離れたところで盛り上がっていたキャシーがこちらに声を掛けた。

 本庄さんは何か言い掛けようとしていたが、日野さんは「行きましょうか」と先んじて言った。


 写真撮影のあとは彼女たちの親を紹介されたりして、ふたりと個別に話す機会はなかった。

 本庄さんの仕事の関係で、私たちは先に学校を後にすることになった。

 門の前まで見送りに来てくれた日野さんと日々木さんは口々に「今日はありがとうございました。またお会いしましょう」と言った。

 私たちも近いうちの再会を約束して彼女たちと別れる。


 大通りでタクシーを捕まえ、東京に戻る。

 車中、考え込む本庄さんを気遣って、私は桜庭に送るメールを書いていた。


「……何を急いているのかしら」


「え?」


 本庄さんがボソッと呟いた言葉に驚いて聞き返そうとしたが、彼女は「ごめん」と言って首を振った。


「今回は色々とありがとう。本当は食事でもしたかったんだけど仕事だからね、ごめんなさい。また時間を作るからその時に」と本庄さんはタクシー代を出して降りていった。


 私は近くの駅までタクシーで行くとそこからは電車で帰ることにする。

 節約というより、日常に戻るための儀式のような感覚だった。

 電車の車窓から自宅の最寄り駅の光景を見ると、帰って来たなという感慨に包まれる。

 中学生の手作りのファッションショーだったのに、そこは十分に異世界だった。

 エンターテイメントに満ちた刺激的な世界。

 才能を持ったその作り手たち。

 私には手が届かなかった羨ましい場所。


 ……自分が主役になれなくても、脇役として彼女たちの物語に関わっていけたら十分に楽しそうだけどね。


 私は自宅にたどり着くとそう囁いた。




††††† 登場人物紹介 †††††


醍醐かなえ・・・OL兼デザイナー。デザイン業はWeb上で行っている。7月のファッションショーでは広報や事務など裏方の仕事を担った。


本庄サツキ・・・世界で活躍するファッションモデル。桜庭の友人で7月のファッションショーには友情出演をした。


桜庭・・・7月のファッションショーの主催者で実業家。自称何でも屋で、雑貨輸入以外にも手広く仕事をしている。


日野可恋・・・中学2年生。文化祭のファッションショーを企画し、開催までこぎつけた。


日々木陽稲・・・中学2年生。将来の夢はファッションデザイナー。ファッションショーでは全ての服装を彼女が選んだ。


キャシー・フランクリン・・・14歳。G8。7月に来日して以来、可恋から空手の指導を受けている。

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