第174.3話 令和元年10月27日(日)「文化祭の思い出2」藤原みどり

「ファッションショーにあなたも参加するんですってね」


 田村先生からそう問われたのは文化祭の数日前のことだった。

 その顔付きからは非難の色は見えなかったが、それでも私は用心深く答えた。


「女子の人数は奇数じゃないですか。ペアで歩くようなので人数合わせに必要だと説得されまして……」


「そう。それで、ちゃんと指導はしているの? 中学生らしい服装になった?」


「え、あ、それはもう……。まだ全部は確認していませんが、きっと大丈夫です」


 正直なところ、どの辺りまでがオッケーかという線引きは難しい。

 私の感覚というだけでは日野さんを納得させることができないからだ。

 私が教師の強権を発動したとしても、小野田先生が出て来てひっくり返される可能性が高い。

 誰が見てもこれはダメでしょってものなら却下できるが、そこまでひどい衣装は私の元には示されていない。


「しっかりやんなさいよ」とだけ言って田村先生はこの話を打ち切った。


 私は中学生の分際でファッションショーだなんてとずっと思っていた。

 ファッションにうつつを抜かして、勉強が疎かになってはいけない。

 いまは校則が緩く、指導が必要そうな生徒をちらほら見掛けるのに何も言えないことにフラストレーションを感じていた。

 私の学生時代は厳しかったから、自分が教師になった暁にはしっかりと指導しなきゃいけないと思っていただけに、ファッションショーなんて風紀の乱れを引き起こす元凶だと反発していた。


 しかし、常に私の前に立ちはだかったのは日野さんだった。

 彼女を中心にクラスはまとまり、成績は他のクラスを大きく上回り、文句の付けようがなかった。

 運動会の創作ダンスでは見事な演技を披露し、副担任の私まで良い指導をしましたねと多くの先生方から褒められた。

 2学期になり担任業務の多くを任されることになったので、文化祭の準備に立ち会う時間は減ったが、準備は滞りなく進んでいった。

 本当に私が文句を言う隙がなかった。

 あるとすれば、私の頭越しに小野田先生や校長先生と話を進めてしまうことくらいだ。


 いつの間にかなし崩し的に私も参加することになり、衣装合わせにも呼ばれた。


「それって子どもっぽくないかしら」


 最初に用意された衣装は中高生が着るようなものだった。

 童顔だと言われるが、これでも25歳。

 普段は極力大人っぽく見える服装を選んでいた。


「お似合いですよ。それにもう1着は大人っぽいものですから」と日々木さんが微笑んだ。


 不承不承その可愛い服を着てみると、そこにいた全員から「可愛い、素敵!」と絶賛された。

 それでも、「大人なんだから……」と不満を零すと、「大人だからこそ幅広く着こなすことができるんじゃないでしょうか?」と日々木さんに言われ、「男性は若いほど惹かれると言いますしね」と日野さんはボソリと呟いた。


「仕方ないわね」と言いつつ、撮影された自分の画像をもらった。


 自分ではよく分からないので、信頼できる友人に判断してもらおう。

 そう思い、あとで見せたところ、「普段肩肘張っているように見えるから、こういう服の方があなたの良さが引き立つわよ」と言われた。

 腑に落ちず、「子どもっぽくない?」と聞いたら、「最初はそう感じるかもしれないけど、よく見るとアクセサリーなどでバランスが取れているから、分かる人には分かるわよ。むしろ、みどり自身が分かるようにならなきゃね」とやぶ蛇をつつくことになった。


 二着目は意外とカジュアルなものだった。

 ニットのセーターにタイトスカート。

 色も落ち着いていて、確かに大人っぽくはある。

 ただ他の生徒たちのキラキラした衣装に比べると地味だ。

 それが顔に出たのか、日々木さんが「カジュアルですが、素敵な20代女性の日常をイメージしてみました。みんな憧れると思いますよ」と説明した。

 そう言われると、高級感があり、ドラマやファッション誌に出て来そうな気もしてくる。


 これもあとで友人に見せた。

 彼女は「これをコーディネートした子を紹介して!」と食い付いてきた。

 彼女曰く、ファッションショーに合うかどうかは分からないけど、これを普段着として着こなしていれば多くの女性に一目置かれるだろう、とのことだった。

 その言葉に私はファッションショーが待ち遠しくなったのは言うまでもない。


 そして迎えた文化祭当日。

 初日は台風の影響による大雨で開催も危ぶまれ、私は保護者からの連絡などの対応に追われた。

 他の先生方も大変忙しく、ファッションショーを覗きに来た人は数えるほどだった。

 二日目は保護者や地域の方々などに学校が開放されるため、その対応があって教師は忙しい。

 ショーを観覧する余裕のある教師は少ないと思っていたが、評判を聞いたのか予想以上に姿を見せていた。


 一日目はダンス部の登場というサプライズがあったが、二日目は正装姿の小野田先生と校長先生が登場してランウェイを歩くというサプライズがあった。

 今回開催したファッションショーの最大の功労者として紹介され、驚く観客を尻目に堂々と歩いていた。

 小野田先生をエスコートする校長先生はとてもダンディで、歳上も悪くないなと思ったのはここだけの話だ。


 履き慣れないパンプスでよろめきそうになったことなどを含め、良い思い出ができた。

 二日目のショーのあとでは他の先生方から褒められて鼻高々だった。

 運動会と文化祭で、私の指導力の評価はうなぎ登りになっている。

 実情を知る田村先生からは、「馬子にも衣装とはよく言ったものね。それはそうと、指導力に関しては日野さんから学びなさい。さもないと、彼女が卒業したら化けの皮がはがれるわよ」と忠告された。

 人が良い気分の時にわざわざ水を差さなくてもいいのに思うが、それが学年主任という彼女の仕事だから仕方がない。


 私は日野さんが苦手だ。

 彼女は運動会や文化祭でクラスをまとめ上げ、成功に導いた。

 中学生とは思えない大人びた態度で、時に私を見下しているように感じることもある。


 私は日野さんが苦手だ。

 それでも来年度彼女は私のクラスに必要だ。

 そう、私の初担任を成功させるために。




††††† 登場人物紹介 †††††


藤原みどり・・・2年1組副担任。教師歴3年目。大人なんだから打算くらいするよ。


田村恵子・・・2年の学年主任。口にこそ出さないが、最近の若い教師は……と頭を抱えている。


小野田真由美・・・2年1組担任。可恋が校長先生にファッションショーへの参加を要請した際に、小野田先生も参加するならと条件を出された。そのため断り切れなかった。


日々木陽稲・・・2年1組生徒。これまでその容姿で全校生徒に知られる存在だったが、そのファッションセンスの良さが女子の間に定着することになる。


日野可恋・・・2年1組学級委員。3年時に藤原先生のクラスに陽稲と一緒になることが彼女の思惑のひとつ。

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