第165話 令和元年10月18日(金)「リハーサル」須賀彩花
「凄かったね!」
「そうだね。一気に文化祭の雰囲気が盛り上がってきたね」
わたしが興奮気味に話すと、明日香ちゃんも笑顔で応えてくれた。
今日はロングホームルームを講堂でのファッションショーのリハーサルに充てたので、放課後の練習はない。
美咲はお稽古事があると言ってすぐに帰った。
優奈とひかりは合唱の練習に行った。
綾乃は珍しく家の用事があるからと先に帰った。
わたしも一緒に帰ろうかと思ったが、明日香ちゃんが残っているのに気付いて少し話すことにした。
リハーサルの興奮が冷めやらないからだ。
「男子、頑張ったんだね。あんなに舞台が綺麗に飾られるなんて思わなかったよ」とわたしが言うと、「キラキラしてたよね。意外と男子の方が可愛い飾り付けが得意なのかも」と明日香ちゃんが笑った。
実際、中学生の文化祭っぽいちゃちな感じはなくて、凄く良くできていて本当にびっくりした。
しかも、飾ったり、片付けたりする時のことを考えて作られているので、舞台作りも手際がよかった。
日野さんの号令の下、集団でキビキビと行動する男子の姿は普段教室で見るものとは全然違った。
「夏休みにファッションショーを見学に行った時はただただ凄いと思って自分がやるなんて全然想像できなかったのに、本当にあの舞台に立ったような感じだったものね」
「ただ歩くだけだと思っていたけど、あそこにお客さんが入ると緊張しちゃいそうだよ」
「そうだよねー」とわたしは彼女の言葉に同意する。
練習の成果でウォーキングの姿勢などはそれほど乱れた人はいなかったが、無意識のうちに早足になる子が多くて日々木さんが再三注意していた。
わたしも最初は舞い上がって、少しそうなった。
ダンスの時はみんなと一緒だったが、ファッションショーの舞台だとひとりひとりが注目されてしまう。
大丈夫かなと不安になる気持ちがないと言えば嘘になる。
「これで衣装を着て歩くとどんな感じなんだろうね」
明日香ちゃんの言葉にわたしも想像を巡らせる。
気恥ずかしくなって顔が赤く染まってしまう。
それでも、ワクワクするような楽しい気分になる。
「衣装合わせをしたら、もっとドキドキするのかな」
「彩花ちゃんはいつなの?」と聞かれ、「火曜日」と答える。
「週末はデートがあるんだよね?」と言われ、「日曜にね」と照れながら言葉を返した。
ファッションショーの気恥ずかしさとはまた違った恥ずかしさだった。
美咲とのデート。
小学生の時からの友だちなのに、ふたりだけで出掛けたことなんてほとんどない。
それに小学生の時だから、ふたりで出掛けたなんて言っても近くの公園までだ。
今回はわたしがプランを立てることになっている。
悩んだ末、横浜のテーマパークに行こうと決めた。
日曜だから混みそうだけど、こんな機会は二度とないかもしれないので、特別な場所にしたかった。
わたしが行き先を告げると、行ったことがあるという明日香ちゃんが見所や注意点を教えてくれた。
「いつも一緒にいるけど、いざデートとなると気合いが入っちゃうしね」と明日香ちゃんは色々と教えてくれる。
優奈や日々木さんからもアドバイスをもらっているが、こういう情報はとてもありがたかった。
「明日香ちゃんが計画するデートコースも楽しみだよ」
「ふふふ、任せて。計画を練っているから」
明日香ちゃんとのデートは文化祭直後になる予定だ。
ファッションショーの感想を語り合えそうでいまからとても楽しみにしている。
「明日香ちゃんの衣装合わせっていつなの?」と話を文化祭に戻すと、「明日」と彼女は嬉しそうに答えた。
「楽しみだね」とわたしも微笑む。
「日々木さんがどんな服を用意してくれているのかって思うと、とってもウキウキするよ」
やっぱり女の子だから可愛い服を着れるというだけでテンションが上がる。
「明日はわたしも手伝いに行くから、明日香ちゃんの衣装が見れるよ」
「彩花ちゃんに見られるのはちょっと恥ずかしいなあ」
「えー」とわたしが叫び、ふたりで声を上げて笑い合った。
「わたしは土日が衣装管理の手伝いだけど、火曜日も行こうかな」
衣装管理は千草さんが担当で、明日香ちゃんはそのサポート役だ。
「衣装っていっぱいあるんでしょ? 管理が大変そう」と言うと、「そうでもないよ。データベースがきっちりできているから、紛失したりしていないかの確認がわたしのメインの仕事かな」と答えた。
「十分大変そうだよ」
「彩花ちゃんの方がモデル管理で大変なんじゃない?」
わたしは美咲の手伝いだ。
主に楽屋を仕切る仕事で、各生徒の準備を整え、順番に舞台に送り出すのが役割だ。
自分の出番もあるので当日はバタバタすると思うが、まだどれだけ大変かはよく分からない。
「どうだろうね。水曜日から本番を想定した練習をするって日野さんが言っていたけど……」
「何かあったら、手伝うよ。成功させたいものね」
明日香ちゃんが真剣な面持ちで言った。
わたしは「うん」と頷く。
「あと1週間か……」とわたしは呟いた。
6月下旬から文化祭に向けて準備してきた。
こんなに長くひとつのことに取り組んだのは初めてだ。
文化祭が終わってもダンス部の活動などがあるので忙しいのは変わらないだろうが、ちょっとした寂しさのようなものは感じてしまう。
「よそのクラスはこの週末、かなり大変みたいよ」
明日香ちゃんは文化祭の準備をしている彼氏待ちだ。
土日も22日の休日も遊びに行けないと言われたらしい。
「うちは日野さんがいるから」とわたしは微笑む。
日野さんの指揮に従っていれば大丈夫という安心感がこのクラスにはある。
彼女に頼り過ぎと思う時もあるが、周りにも仕事を割り振るのでひとりで抱え込んでいるという印象はない。
「ホントそうだよねえ」と明日香ちゃんも同意する。
「彼が言うには、他のクラスは担任が全体の進み具合を見て遅れているところをサポートしたりするんだけど、先生によって取り組み方が違うし、クラス内の人間関係なんかをどこまで分かっているかで差が出ているんじゃないかって」
「よく見てるね」と明日香ちゃんの言葉にわたしは感心する。
「彼は一歩引いたところから見るのが好きなのよ」と言うので、「おー、惚気?」とわたしは笑った。
「でも、去年の合唱だと、ただ言われたことをやっていただけって感じだったのに、今年は自分たちでやったって気持ちになるよね」
「運動会も文化祭も1年の時とは全然違うよね」と明日香ちゃんが頷く。
わたしが「このクラスで良かったよ」としみじみ言うと、「わたしは彼と一緒が良かったんだけどね」と明日香ちゃんは笑ったあとで、「わたしも心からこのクラスで良かったといまなら言えるよ」とわたしの目を見て話した。
††††† 登場人物紹介 †††††
須賀彩花・・・2年1組。美咲のグループの一員。自分の平凡さにコンプレックスを抱いていたが、徐々に自信をつけた。運動会のダンスの練習をきっかけに明日香と仲良くなった。
塚本明日香・・・2年1組。別のクラスにいる彼氏と放課後は一緒に過ごすことが多い。女子特有の人間関係が苦手だったが、彩花とは急速に打ち解けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます