第166話 令和元年10月19日(土)「衣装合わせ」塚本明日香

 真白いブラウスに袖を通す。

 レースの飾りがたくさんついた少女らしい服装を纏うと、気持ちまで変わるような気がしてくる。

 スカートも膝下まであるふんわりとしたもので、花柄で少女っぽさが強調されている。


 わたしは小学生の頃は男の子と遊ぶことが多く、肩まで伸ばした髪しか女の子らしさはなかった。

 普段は男の子と見まがわれるような服装を好んだ。

 親も女の子だからこういう服にしなさいとは言わず、わたしが望む服を買ってくれた。

 中学生になり彼氏ができると。さすがにこれではダメだと女の子っぽい服装をするようになったが、それでもシンプルなものが多く、ここまで女の子であることを強調した服は着たことがなかった。


 来週に迫った文化祭のファッションショーのための衣装合わせ。

 日野さんのマンションの広々としたリビングの一角に衝立を置いてそこでわたしは着替えている。

 姿見もあって、そこに映る自分は何だか変な感じがした。

 自分らしくないよねと不安な気持ちで衝立から出ると、真っ先に彩花ちゃんが「可愛いよ」と褒めてくれた。


 にっこりと微笑んだ日々木さんが近付いてきて、わたしに大きなつばの麦わら帽子をかぶせる。

 更に、首元にオシャレなスカーフを巻き、可愛いポーチをたすき掛けに肩から掛ける。

 衝立のこちら側にも大きな姿見が用意してあり、いかにもこれからデートに出掛ける女の子といった感じに仕上がった自分の姿をじっくりと見た。


「どうかな?」と日々木さんに問われ、「なんだか不思議な感じ」とわたしは正直に答えた。


 日野さんからは「寒くない?」と心配された。

 いまは室内だから丁度いい感じだけど、これで外を歩くと少し肌寒く感じるかもしれない。


「外を歩くなら上に一枚欲しい感じだよね」とわたしが言うと、「そこは気合いで乗り越えて」と日々木さんが励ますように言った。


「無茶苦茶寒いって訳でもないから大丈夫かな」


「当日冷え込むようなら楽屋に携帯カイロや毛布を用意しないといけないね」と日野さんが頬に手を当てて呟いた。


「そういえば、楽屋での着替えってどうするの?」と質問すると、「今日みたいに衝立を用意するわ」と日野さんが答えた。


 男子禁制といってもやはりみんなの前で着替えるのは恥ずかしいので安心する。


「ただ着替えに手間取るようなら手伝ってもらうことになるから気を付けてね」


 日野さんの注意にわたしは頷く。

 本番では時間の制約があるし、化粧をしたり、ウィッグを付けたりすることも予定されている。

 普段着慣れない服を緊張感漂う中で素早く着るのは意外と大変そうだ。


「わたしたちがフォローするから大丈夫だよ」とわたしの不安を見越して彩花ちゃんが言ってくれた。


 モデル管理担当の松田さんのグループが着替えの手伝いもするらしい。

 今日来ているのは彩花ちゃんの他に松田さんと田辺さんで、日々木さんからさっきわたしが首に巻いたスカーフの付け方を教わっている。


 一方、わたしが担当する衣装の管理も大変な予感がしてきた。

 いまわたしが着ている上下一式だけでなく、帽子やスカーフ、ポーチ、靴下やいまは履いていないが靴もこれに加わる。

 最低でも15人分を2セット管理しなければならない訳で、紛失などに十分に注意しないといけないと気を引き締めた。


 二着目は最初の服装とはまったく異なるものだった。

 正直、着替えはしたものの衝立から出る勇気さえ持てない。


「マジでこれ着なきゃいけないの?」と衝立から顔だけ出して日々木さんに確認する。


「ニットのセーターとタイツなんだから恥ずかしがることないよ」と日々木さんが言うけど、「身体の線が滅茶苦茶出るじゃない」とわたしは抗議した。


 ほとんど全身タイツのようだ。

 テレビのコントで見るような。


「明日香ちゃんはスタイル良いから大丈夫だよ」と彩花ちゃんが言うが、そういう問題じゃないだろう。


「問題があれば不合格にするから、とりあえず見せて」と日野さんに言われ、渋々衝立から出る。


「似合っているよ」と日々木さんは言ってくれるが、「意外と胸大きいね」と彩花ちゃんに指摘され、再び衝立の奥に隠れたくなった。


 上下黒っぽいところに、蛍光色のような鮮やかな黄色の帯状の布を腰に巻かれた。


「ダメだよね?」と日野さんに尋ねると、「このくらいはいいんじゃない」と言われてしまった。


「えー!」と叫び他の人たちの顔を見る。


 日々木さんはニコニコしているし、松田さんも田辺さんも問題ないといった表情だ。

 ただひとり彩花ちゃんだけがわたしと同じ気持ちのように見えた。


「これ、着るのは勇気がいるような……」と彩花ちゃんが助け船を出してくれたが、「肌の露出もないし、特別扇情的って訳でもないから問題ないでしょ」と日野さんが一蹴してしまう。


「堂々としていれば大丈夫だよ」と日々木さんが言うものの、わたしは納得ができない。


「大丈夫じゃないよぉ」と心の底から叫び声が湧き出た。


「後半はみんな攻めた衣装だから、平気だって思えるようになるよ」と日々木さんは平和な顔で恐ろしいことを言った。


 わたしだけでなく彩花ちゃんの顔も引きつっている。


 この日はわたしの他に田辺さんと、美術部の活動の帰りに寄った高木さん、森尾さん、伊東さんの衣装合わせもした。

 彼女たちの服装を見て、なるほどと納得した。

 ファッションショーは可愛い服を着て楽しかったでは終われないのだと。


 高木さんが「これって中学生らしいって言えるんですか?」と日野さんに泣いてすがっていた。

 日野さんは「中二病って言うしね」と無表情で答え、高木さんはがっくりとうなだれていた。




††††† 登場人物紹介 †††††


塚本明日香・・・全身黒ずくめのタイツ姿を想像して。それでだいたい合ってるから。


須賀彩花・・・火曜日の自分の衣装合わせが怖くなってきた……。


日々木陽稲・・・前半が女の子同士のウキウキデートで、後半はその人の本質を服装で表現するってことで。


日野可恋・・・この程度で済むなら、好きにさせるよ。


松田美咲・・・心ここにあらず。


田辺綾乃・・・日頃から奇抜な服装を好むので全然問題ない。


高木すみれ・・・確かに中二病なのは間違いないですが、これってただのコスプレですよね?

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